筍提督と僻地の泊地 (12)

家族を失ったイージス提督・筍の、終わりのない闘いの日々を綴る日記。(完結済み)
2
前へ 1 2 ・・ 104 次へ
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

扉の前で振り返る<りゅうかく>に軽く詫びて、共に執務室に入った。机の上には北一中佐ともう1人の公民が待機している。 私は椅子に座って切り出した。 『わざわざ来てもらってすまなかった。単刀直入に言って、お前には鳳翔の身の回りの世話を頼みたい』 #僻地の泊地日記

2018-02-15 00:15:25
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

『記憶の何処から何処までが無くなっているかはまだ分かっていない。もしかすると生活に支障が出るレベルかもしれん。定期的な問診は明石がやるが、それ以外の時の面倒を見てほしいんだ』 「私が責任者ということですか?」 『悪いがそういうことだ。俺は警戒されている』 #僻地の泊地日記

2018-02-15 00:17:47
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

今朝、開口一番に馴れ馴れしく声をかけたのがいけなかった。制服から私が艦隊司令官であることは伝わったと思うが、それ以上のことを詮索する目で見詰めてきた彼女は、私から物理的な一定の距離をとり続けた。尤も、私にとっては不可抗力以外の何物でもなかった訳だが。 #僻地の泊地日記

2018-02-15 00:21:26
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

「畏まりました。それで、私1人ですか?」 『勿論俺もやれることはやるし、艦娘の手伝いも好きなように募ってくれ。ただ、この件は公民にも手を貸してもらおうと思っている』 「公民、ということは――」 私が肯いたのと、机の上の公民が一歩前に出たのが同時だった。 #僻地の泊地日記

2018-02-15 00:24:44
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

『内閣官房長官の片山君だ』 黒いスカートスーツが映える女性公民が上品に頭を下げる。その肩書は、公民立法議会の議員であることをも表している。 『内閣府の外局として、鳳翔の処遇につき企画、審議を行う機関を置く。片山君にはその発足を手伝ってもらう』 #僻地の泊地日記

2018-02-15 00:31:43
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

「行政庁として、ですか……」 『鳳翔と親しい艦人達と頭の回る官僚達の合議体だ。知恵は多い方が良いだろう。鳳翔の精神的な面に関わるから、厚生省にも根回しをしておく』 「分かりました。……あの……」 言いづらいのですが。そんな言葉が後に続きそうな声だった。 #僻地の泊地日記

2018-02-15 00:37:59
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

『何だ?』 「……いえ、何でもありません。失礼致します」 <りゅうかく>は頭を下げて踵を返した。片山官房長官はヘリに乗り込み、彼女と合流すべく窓から出て行く。 彼女が最後に言いたかったことが分かった気がした。それは北一も同じだった。 #僻地の泊地日記

2018-02-15 00:40:29
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

「艦長――<りゅうかく>はおそらく、行政庁として発足させることの是非を……」 『そうだろうな……』 彼女はきっとこう言いたかったのだ。「鳳翔さんのために行政機関を立ち上げるのですか?」と。他意は無かっただろうが、批判の色を含むことに気付いて呑み込んだに違いない。 #僻地の泊地日記

2018-02-15 00:43:19
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

彼女が発言を取り下げなくとも、私なりに答えは出していた。 『鳳翔が特別だからじゃない、心因性の障害を抱えた艦娘が特別だから決めたことだ』 否、これを答えと胸を張って言えるほど、私の心は安定していない。 『……そう自分に言い聞かせないと、自分を抑えられないんだ』 #僻地の泊地日記

2018-02-15 00:50:28
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

「我々は外局発足の決定に異議はありません。ご自身の決めたことを信じてください」 『ありがとう』 北一の声が温かい。こういう時、嫌に冷えた肌に誰かの温もりが欲しくなる。 次は<しょうかく>との対談だ。だが、その前に溜まったメールを読まなくては。 #僻地の泊地日記

2018-02-15 00:54:13
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

間もなく<しょうかく>が来た。今度も前置き無しで本題に入る。 『お前には<みずほ>の後任を頼みたい。つまり、新海軍総司令官と第11艦隊司令官の兼任だ』 「……責任重大ですね」 <しょうかく>は落ち着いた声で答える。その落ち着きを私は求めていた。 #僻地の泊地日記

2018-02-17 00:05:00
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

『ああ。だが、お前なら任せられると信じている。何せ、お前は翔鶴型“姉妹”の中で最も早く着任しているし、それだけ長く見てきたからな』 実際には、1人目の「瑞鶴」も彼女のすぐ後にこの司令部に来たのだが、今は<ずいかく>として第12艦隊司令官をやっている。 #僻地の泊地日記

2018-02-17 00:09:43
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

「分かりました。謹んでお受け致します」 辞儀をする彼女に先ほどの<りゅうかく>の姿が重なった。 『ありがとう。早速だが、明日の会議に一緒に出てもらいたい』 「どなたとの会議でしょうか」 『海軍省と空軍省との臨時会議だ。俺が招集した』 #僻地の泊地日記

2018-02-17 00:14:42
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

『まずアンダマン海で起きたことを共有する。それから、進行中の計画やまだ着手していない計画で変更や中止が必要そうなものについて議論する。俺からも幾つか提案したいしな』 話している途中で彼女の表情が変わった。おそらくアンダマン海という単語に反応した。 #僻地の泊地日記

2018-02-17 00:17:23
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

『場所はここじゃなく上の会議室だ。お前は、そうだな、俺が新しい司令官として紹介するから、後は話を聴いて内容をざっと頭に入れてくれればそれで良い』 「了解致しました」 もう一度頭を下げた彼女に引き継ぎの話をしようとしたところ、彼女が恐る恐る話題を替えた。 #僻地の泊地日記

2018-02-17 00:23:02
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

「あの……私に出来ることがあったら何でも仰ってください。その、鳳翔さんの記憶が戻るまで、出来る限りのことはしますから」 思いがけない申し出に瞼が上がる。眉を八の字にして話す彼女の温かい声が、眼差しが、大きな穴の空いた胸に沁みる。 #僻地の泊地日記

2018-02-17 00:29:47
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

『ああ……ありがとう。暫く甘えさせてもらうかもな』 顔の熱に気付かれないよう受話器に手を伸ばしながら言って、そのまま<ゆら>に繋いだ。新時代寮にある彼女の部屋の電話機で軍政総省とも通話出来るよう改修してもらうためだ。彼女が「辞令」を受け取った場合は頼むと伝えていた。 #僻地の泊地日記

2018-02-17 00:34:28
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

<ゆら>への依頼が済むと、今話せることは無くなってしまった。 『じゃあ、早ければ明日の会議が終わったら早速仕事だ。秘書艦室が使えるかもしれんし、別に部屋を用意するかもしれん。それは追い追い決めよう』 「分かりました。では、失礼致します」 #僻地の泊地日記

2018-02-17 00:39:59
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

執務室を出る彼女の背中を見送る。揺れる銀髪が脳裏に残響を聴かせた。 ――私に出来ることがあったら何でも仰ってください。 『「翔鶴」は何処行っても「翔鶴」か……』 新米幹部として横須賀に配属された頃の面映ゆい記憶が暫し心の穴を埋め、私は独り佇んでいた。 #僻地の泊地日記

2018-02-17 00:45:44

夏見中佐の約束

筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

恐ろしく狭い空だった。 E-2Dが最初に探知した敵機の数は40機だった。現代戦ではまず見ない数字だった。いや、そうだと思っていた。 多めに上げていた直掩機でさえ足りないことは明らかで、直ちに母艦は増援の発艦を開始した。 #小さな翼の記録

2018-02-17 01:00:28
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

艦上機とは思えない大きな反応があった。おそらく陸上機。Su-33について来られる速さから言ってTu-22系統であると予想された。FA-14DとFA-18Eがメインとなって空へ上がり、俺たちF-35C隊もすぐ発艦できるようコックピットルームに待機していた。 #小さな翼の記録

2018-02-17 01:04:50
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

すぐに俺たちにも出撃命令が下りた。敵の波状攻撃が探知されたからだ。 ローテーションのため一部部隊を残して、空母航空団の大部分が展開した。艦隊の先頭にいた<おおよど>は震えた声を通信に乗せた。「私が全て引き受けます」と。 #小さな翼の記録

2018-02-17 01:09:27
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

だが、敵の大編隊の狙いは、イージス艦でも、まして汎用駆逐艦でもなかった。 数で押してきた敵はその大半を撃墜されながらも、幾つかの敵機は直掩隊の防空網をかいくぐり、何発かのミサイルは電子戦の妨害網を、そして艦隊の防空網をすり抜けた。 #小さな翼の記録

2018-02-17 01:15:38
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

それが母艦を食い、俺たちの帰る艦を奪った。戦闘中にその報告を聴いた俺は、少しの間、操縦を忘れた。敵機編隊が撤退しつつあったのを見計らって俺たちも戦闘空域を離れた。まもなく、<おおよど>から正式に帰投命令が下りた。 #小さな翼の記録

2018-02-17 01:17:55
前へ 1 2 ・・ 104 次へ