筍提督と僻地の泊地 (12)

家族を失ったイージス提督・筍の、終わりのない闘いの日々を綴る日記。(完結済み)
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喪失

筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

「解離性健忘と思われます。家族を喪ったという事実が大きなストレスとなったことが原因でしょう。とても耐えられないようなストレスを受けた時、人は通常と異なる方法で物事を記憶すると言われています。今回のケースも、それに該当するのではないかと……」 #僻地の泊地日記

2018-02-13 00:04:21
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

明石の声が遥か遠くから聞こえるような気がする。 『何処から何処まで忘れてるんだ?』 「さあ、それは何とも……しかし、提督のお話を聴くに、その……」 『良いから、はっきり言ってくれ』 「は……少なくとも、家族に関することは、全て……」 #僻地の泊地日記

2018-02-13 00:07:34
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溜め息と同時に胸がまた熱くなる。それを私は覚られぬよう押し殺した。 『治療法は無いのか?』 「無いことはありませんが、今は困難です。そもそも情報が足りません。まずは問診を続けて、健忘の程度や正確な心理状態を把握しなければなりません」 #僻地の泊地日記

2018-02-13 00:13:23
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

「それに、解離性健忘は、ストレスの原因となる記憶を別の場所にしまい込んで自分自身を守っている状態です。提督や<しき>さんのことだけを思い出させるのはほぼ不可能でしょうから、自ずと<みずほ>さんの記憶もついてきます。今は抑鬱の兆候もありますから、下手をすると――」 #僻地の泊地日記

2018-02-13 00:16:31
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

『もう良い』頭を横に振る。『充分だ』 「あ、すみません……」 『いや、謝ることは無い。参考になった。ありがとう』 椅子から立とうとするも脚に力が入らずよろめき、明石に支えられた。 「しっかりしてください」 『出来りゃ苦労せんよ』 #僻地の泊地日記

2018-02-13 00:22:50
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

言い終わらないうちに咳が出た。肺がむず痒い。海軍の学校に入ってから一度肺炎に罹ったが、その時と似たような感覚だ。 『いつでも良いから杖と風邪薬を頼む』 「提督もちゃんと診察しなきゃ駄目ですよ」 『今度な』 「もう……お大事に」 #僻地の泊地日記

2018-02-13 00:26:13
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

入渠棟を出る。正面口の脇で<しき>が待っていた。昨夜、建造棟でそうしていたように。 開口一番、唾が飛ぶ。 「何て言ってた!?」 『俺達家族に関する記憶はほぼ絶望的……だな』 「そんな……」 一転、<しき>は肩を落として俯く。「お袋……そんなのってありかよ……」 #僻地の泊地日記

2018-02-13 00:29:39
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

――どちら様ですか? 今朝起床した時、鳳翔は既に私達に関する記憶を失っていた。 彼女は旦那に向かって誰何するような冗談は言わない性格だから、私が気付き、そして私を傷付けるにはあの一言だけで充分だった。いや、心当たりはもう一つあった。 #僻地の泊地日記

2018-02-13 00:33:44
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

『昨夜、あいつが言ってたこと、覚えてるか?』 「……あんまし覚えてねぇな。俺も泣いてたから」 『「何もかも忘れてしまいたい」と、そう言った』 「じゃあ、その通りになったってことか……」 『なったと言うより、あいつ自身がそうしたんだ』 #僻地の泊地日記

2018-02-13 00:35:31
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

『明石によると、あいつの記憶喪失は、記憶を普通とは違うところにしまって自分自身を守ってる状態らしい。<みずほ>のことを思い出さないようにするため、俺達との記憶も道連れにされたんだろう』 「理屈は分かる。けどよ――」 <しき>がその目を潤ませる。 #僻地の泊地日記

2018-02-13 00:41:58
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

「俺達が傍に居るんじゃ駄目だってのかよ……」 私は震える小さな肩に手を添え、ハンカチで彼女の両目を拭った。 『今は心の整理をする時間が必要なんだ。いつか鳳翔もちゃんと記憶を取り戻す。それまで辛抱して、そっとしておこう』 <しき>は肯き、今度は涙を零さなかった。 #僻地の泊地日記

2018-02-13 00:46:31
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

「だけど、親父は立場上、お袋と会わないって訳にはいかないぜ。どうすんだよ」 そうだ。私は新時代軍総司令官であり、特にリンガ襲撃以来、艦娘達は私がここの主であるかのように接している節がある。今朝は自己紹介を省いて明石の元へ連れて行ったが、今後の接触は避けられない。 #僻地の泊地日記

2018-02-13 00:53:59
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

『まぁ、提督であることは伝えて……』 「制服見りゃ分かるだろ。旦那だってことは言うのか?」 『それは駄目だ。あいつを不必要に混乱させる。それに、無いとは思うが、それがきっかけで<みずほ>のことを思い出してまた傷付くかもしれん。何れにせよ不安定にさせるだけだ』 #僻地の泊地日記

2018-02-13 00:58:54
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

「でも、心の支えになるならこれ以上無い存在だぜ」 『そっとしておくと言ったろう。多少の会話はするが、必要以上の接触は禁物だ。基本的には専門家の明石に任せる。当面……家族は俺達2人だ』 言葉を呑み込んだか、彼女はただ肯いた。 #僻地の泊地日記

2018-02-13 01:05:57
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

『まずは飯だ。心が受け付けないかもしれんが食えるだけ食おう』 管理棟へ歩き出した私は、言ったばかりの言葉を反芻していた。 家族は俺達2人――。 私と<しき>は、事実上、家族を一度に2人も「失」くした。父親としての精神が持つか。暫くは自分との闘いになりそうだ。 #僻地の泊地日記

2018-02-13 01:08:37
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

勝手口から食堂に入るとすぐに艦娘達に囲まれた。真っ先に飛んで来たのは、共に沖縄沖へ行った<ふぶき>と<あやなみ>、そして<あきづき>だった。 「司令官――この度は、その……」 話を切り出しておいて言葉を選び切れていないところが駆逐艦らしいが、私も上手く微笑むことが出来ない。 #僻地の泊地日記

2018-02-14 00:02:57
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

『心配してくれてありがとう。俺達は大丈夫だ』 それから食堂を見渡す。皆が私に視線を送っている。 『娘は……<みずほ>は、最期まで戦い抜いて沈んだと聴いている。皆さえ良ければ、近日中に葬式をやりたい。構わないだろうか』 #僻地の泊地日記

2018-02-14 00:11:15
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

すると、奥の方で緑の着物が立ち上がる。<あまぎ>だ。 「勿論です。<みずほ>さんを想う気持ちは、私達も変わりません。なんなら、お手伝いもさせてください」 温かい同意の声が広がり、否定の意見は聞こえなかった。 胸は感謝の気持ちでいっぱいだったが、やはり微笑は出来なかった。 #僻地の泊地日記

2018-02-14 00:18:56
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

『皆、本当にありがとう。<みずほ>も浮かばれる。予定は追って伝えることにする。それともう一つ伝えたい。さっきも言ったように俺達は大丈夫だから、何事も慎まず過ごしてほしい。また忙しくなるからな。……俺からは以上だ。さ、朝飯にしよう』 #僻地の泊地日記

2018-02-14 00:21:54
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

一人、また一人と席に戻る。私と<しき>はお膳を取って調理場の前に立った。中に居るのは間宮と伊良湖。鳳翔が居ない厨房を見てつい口元を歪める。 『間宮――』 「はい?」 『俺達の分、米は少なめにしてくれ』 厨房以外には届かない囁きを、間宮は寂しい微笑で受け止めた。 #僻地の泊地日記

2018-02-14 00:26:03
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

いつもなら、長いテーブルの厨房側の端に、家族4人で固まって座っていた。今日は2人だけだ。鳳翔と<みずほ>が座っていた席を空け、私と<しき>はいつもの場所に座った。 味のしない朝食を無言で食べ切り、納豆の名残を牛乳で流し込んで席を立った。 #僻地の泊地日記

2018-02-14 00:30:48
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

帰り際、<しょうかく>と<りゅうかく>に後で執務室に来るよう耳打ちし、時間も併せて伝えた。 執務室に戻る。小上がりの畳に、蒲団が今朝のままの状態で横たわっている。鳳翔が目覚めた時のまま。鳳翔が記憶を失った時のまま。私が鳳翔を失った時のまま……。 #僻地の泊地日記

2018-02-14 00:39:56
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

不意に、腹の奥のものが酸っぱい液と共に込み上げてきた。部屋を飛び出してトイレに駆け込んだ私は、収めたばかりのものを全て吐き出した。繰り返し、何度も。食べたものを吐き尽くしても、唾液と胃液を吐き続けた。吐き気が落ち着いて水を流すと、今度はその場でそのまま泣いた。 #僻地の泊地日記

2018-02-14 00:43:57
筍提督と僻地の泊地@新時代鎮守府 @storyoflingga

うがいをして顔を洗い、執務室から着替えを取って来て、昨夜の雨に濡れたままの制服を洗濯籠に放る。自分の赤い目をぼんやり眺めながら新しい制服に袖を通していると、廊下で足音がし、ノックの音も続いた。もう<りゅうかく>を呼んだ時間か。念の為もう一度うがいをして洗面室を出た。 #僻地の泊地日記

2018-02-14 00:49:06
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