「科学への信頼」と「科学者への信頼」

3月11日東日本大地震から4週間後、心理学者と物理学者が科学者の社会的役割について対話した。
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渡邊芳之 @ynabe39

ここしばらく問題になったことは「自然科学の知識」ではなくて「自然科学者がいつどこで何を言うか」という「自然科学がその知識の内部では解決できない問題」であったと思う。それについて専門的な意見を言えるのは誰か。

2011-04-09 08:29:39
渡邊芳之 @ynabe39

科学を目指してきた心理学を生業とするものとしての私は「自然科学者が科学の手法に基づいて蓄積してきた知識」自体に対しては最大限の敬意を払う。しかしそのことと「科学者の行動や発言に敬意を払うこと」はまったく別であると思う。

2011-04-09 08:33:43
渡邊芳之 @ynabe39

この1ヶ月の出来事を通じても,私を含めた人々の「科学的知識への信頼」はほとんど失われていないと思う。失われたのは主に「科学者の発言や行動への信頼」だし「科学者によって構成される組織や科学者社会に対する信頼」だと思う。

2011-04-09 08:37:21
渡邊芳之 @ynabe39

この「科学者の発言や行動を疑う」「科学者によって構成される組織や科学者社会を疑う」ということは,まさに「科学」を研究テーマにした人文社会科学的研究が前世紀後半からやってきたことではないか。

2011-04-09 08:40:44
🐱野尻美保子(1) @Mihoko_Nojiri

「科学も人間が担ってる」、ってだけのこでしょう。社会、経済学者とか実はさらにフリーダムなわけで。RT @ynabe39: この「科学者の発言や行動を疑う」「科学者によって構成される組織や科学者社会を疑う」ということは,

2011-04-09 08:42:53
🐱野尻美保子(1) @Mihoko_Nojiri

そこに科学者ってつけるのが微妙に問題を矮小化してると思うな。@ynabe39

2011-04-09 08:43:36
渡邊芳之 @ynabe39

「科学も人間が担っている」ことを自ら担保する仕組みは自然科学は持ってないですよね。 RT @Mihoko_Nojiri: 「科学も人間が担ってる」、ってだけのこでしょう。社会、経済学者とか実はさらにフリーダムなわけで。

2011-04-09 08:44:32
🐱野尻美保子(1) @Mihoko_Nojiri

そんな概念ないと思います。RT @ynabe39: 「科学も人間が担っている」ことを自ら担保する仕組みは自然科学は持ってないですよね。 RT @Mihoko_Nojiri: 「科学も人間が担ってる」、ってだけのこでしょう。社会、経済学者とか実はさらにフリーダムなわけで。

2011-04-09 08:45:32
渡邊芳之 @ynabe39

それはそうではないです。「社会科学」がやや特殊なだけで,いわゆる文系の学問の多くは「自らの発言や行動を疑う」「みずからの組織や社会を疑う」ことを学問自体の重要な要素にしている。RT @Mihoko_Nojiri: そこに科学者ってつけるのが微妙に問題を矮小化してると思うな。

2011-04-09 08:46:29
🐱野尻美保子(1) @Mihoko_Nojiri

概念ない、っていうか、それは科学の範疇でないから。@ynabe39

2011-04-09 08:46:50
渡邊芳之 @ynabe39

それを持たないのがまさに自然科学なんです。前にも書いたように人間が担っていることの担保」を実験や統計という方法によって「外部化」したのが自然科学ですから。 RT @Mihoko_Nojiri: そんな概念ないと思います。

2011-04-09 08:48:02
🐱野尻美保子(1) @Mihoko_Nojiri

しかし、起こってる問題の大半は専門以外のコミュニティに向けて語る時の訓練不足だとはおもいますけどね。学術論文かいてる分にある程度チェックされるからそういう意味では担保する仕組みはある。

2011-04-09 08:48:15
渡邊芳之 @ynabe39

それならまさにそう。そのことを問題にしている。 RT @Mihoko_Nojiri: 概念ない、っていうか、それは科学の範疇でないから。

2011-04-09 08:49:17
はぎわら ふぐ @hugujo

一般ピープルにとって興味深い対談になってる。

2011-04-09 08:49:38
🐱野尻美保子(1) @Mihoko_Nojiri

だから専門家の間でのそれに「科学を担保するもの」はあるとは思うけど、一旦社会に向けて発信するときにどうしても専門の幅を越え、前提条件を理解してもらえず、相手の興味の幅にはいるようにとかやっていくうちに、そういう風にみえるんだとおもうけど、そこを科学に含めるのはなんか変だと思う。

2011-04-09 08:51:42
渡邊芳之 @ynabe39

「専門以外のコミュニティにむけて語る時の訓練」はすでに自然科学そのものの範疇は超えていて「科学者社会」が「社会の機能」として提供するものになっていますよね。 RT @Mihoko_Nojiri: しかし、起こってる問題の大半は専門以外のコミュニティに向けて語る時の訓練不足

2011-04-09 08:51:52
🐱野尻美保子(1) @Mihoko_Nojiri

だから「社会学」は当然社会に発信するから混乱もおこるし、この状況で発信せざる得ない科学者ってのも本来の科学者社会からはみだして、リスクを背負わざるおえなくなってるわけですな。RT @ynabe39 

2011-04-09 08:53:30
渡邊芳之 @ynabe39

これは野尻先生の言う通りで,つまり「科学者のやっていること」のかなりの部分は「科学ではない」んですよ。その「科学ではない」部分の妥当性や信頼性まで「科学的方法論の妥当性や信頼性」によって担保されているように思い込む,あるいは思わせることが問題なのだと思います。

2011-04-09 08:54:07
渡邊芳之 @ynabe39

で,社会学にとってはその混乱自体も重要な研究テーマであるわけです。 RT @Mihoko_Nojiri: だから「社会学」は当然社会に発信するから混乱もおこるし、この状況で発信せざる得ない科学者ってのも本来の科学者社会からはみだして、リスクを背負わざるおえなくなってるわけですな。

2011-04-09 08:55:01
渡邊芳之 @ynabe39

「科学者の発言なんだから科学的である」「科学者の行動なんだから科学的である」なんてことはない,ということです。科学者の発言や行動そのものは「科学」とは別のものだ。その「あたりまえのこと」をみんなが実感した1ヶ月でした。

2011-04-09 08:59:10
渡邊芳之 @ynabe39

ですです。 RT @sarkeeeee: 「科学者の発言」は「科学的知見」を基にした「社会的行為」ということですかね

2011-04-09 09:01:56
はぎわら ふぐ @hugujo

完璧なる自然を相手にするホントの意味での「科学」と、一般ピープル社会が科学者に対して期待している種類の「科学」とは違うのだこれが。

2011-04-09 09:02:27
渡邊芳之 @ynabe39

科学者とその組織や科学者社会が少なからず「みっともないところを見せた」こと。 RT @gnsi_ismr: 大意賛同しますが、後者の信頼が、どのような具体的な事柄によってなぜ失われたたかとお考えですか?

2011-04-09 09:03:27
渡邊芳之 @ynabe39

そのてん人文学者はもともと「みっともないところを見せる」のが仕事だからその地位は揺らがないですね。もちろん「低い地位」ですがw

2011-04-09 09:05:10
はぎわら ふぐ @hugujo

前者の意味での「科学」を後者の意味での「科学」に通訳するのは、いろいろな意味でリスキーな作業だな。

2011-04-09 09:06:48