ハート・オブ・ダウントロッデン・ソウルズ #4
スーサイドはやや離れた地点で腕を組み、訝しみながら、突然のインシデントの行く末を見守っている。サツバツナイト。その名を忘れよう筈もない。だが、あまりに昔の記憶であった。 24
2018-05-15 23:06:17「ポータル施設の防衛責任者は?」シガーカッターはイアイを構えたまま、鼻血を流すイルストーンに尋ねた。「アウクシリア=サンです」「チッ」彼は舌打ちした。そしてサツバツナイトに尋ねた。「アウクシリア=サンを倒したか」「殺ってませン!」女が割って入った。「無用な揉め事は避けたんで!」25
2018-05-15 23:09:09「ゲーッ!ゲーッ!」カラスがうるさく鳴いた。奇妙だがカラスには三本の足がある。「ア……自分はシキベ・タカコ。私立探偵です」「どちらにせよ、ソウカイヤのポータルを無断使用し、タダで済むと思っておるまいな」シガーカッターはシキベを無視し、サツバツナイトに殺気を放った。 26
2018-05-15 23:11:31「ハ!ハッハッハッハ!」攻撃的に笑い飛ばしたのは、思いがけず、スーサイドである。「このガレージを無断使用してる話をつけた舌の根も乾かねえうちに、笑えるじゃねえか。ソウカイ・シンジケート=サンよ」「……ヌウーッ」シガーカッターは唸った。サツバツナイトはスーサイドを見た。 27
2018-05-15 23:14:31「オヌシ……」「ドーモ、サツバツナイト=サン。スーサイドです」彼はアイサツした。「どうやらあのサツバツナイト本人のようだな」「オヌシの件は情報屋から事前に聞いている。スーサイド=サン」「そりゃ話が早えェ」スーサイドは不敵に笑った。「もっとも、ここの状況はグチャグチャだがな」 28
2018-05-15 23:18:12BRATATATA!BRATATATA!進行方向で再び銃声!バイク上でコトブキは闇を見通す。銃声は自分達への攻撃ではなかった。前方、道路上で撃ち合っているのはどうやらクローンヤクザ同士。だが、身体特徴詳細とライブラリを紐付けると、型式に違いがあった。「これは……」BRATATATA!どちらにせよ要迂回!30
2018-05-15 23:23:23「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」KABOOOM!どちらかがどちらかへ手榴弾を投擲し、爆発が起こった。「……!」ゾーイはコトブキの腰に回した手に力を入れた。「オエッとなります!」コトブキは悲鳴をあげた。「エッ!」ゾーイは慌てた。「嘘です」コトブキはすぐに否定した。「平気ですよ」31
2018-05-15 23:26:08「やめてよ!」ゾーイは怒ってみせた。少し笑った。「もう大丈夫ですか、ゾーイ=サン」路地から路地へと進行するバイクの周囲に注意を向けながら、コトブキは尋ねた。「大丈夫。ありがとう」ゾーイはコトブキの背中に顔をつけた。「落ち着いた。もう平気」「どこかで休みましょうね」 32
2018-05-15 23:28:55彼女らはあの激しい戦闘地帯を後に残した……あの01の不規則ノイズを。躍起になったゾーイの神秘的な力が生み出した澱みは減衰することなく、その空間に残り続けた。いつまで消えずに残るのか、それは……ゾーイにもわからぬ事だった。コトブキの後ろで、しばらく彼女は声を殺して泣き続けていた。 33
2018-05-15 23:32:03彼女らは当然、<筋>のあるフジミ・ストリートへの最短ルートを選びたかった。だが、この夜のシトカはどうやら極めて特異だった。路上を行き来するのはゾーイを狙う過冬の部隊だけではなかった。散発的な銃撃戦が見られた。街の様相が時間単位で移り変わってゆく。 34
2018-05-15 23:34:28コトブキは合間を見て、スーサイドとのIRC通信を試みた。「こっちはひとまず片付いた」スーサイドはそう言った。「今、どこまで来てる。戻ってこられるか、お前ら?」その問いに、力強い答えを返す事はできなかった。激しい戦闘地域には迂回を重ねる他ない。 35
2018-05-15 23:37:35そして実際、激しい戦闘地域とは、フジミ・ストリート付近なのだ。これはソウカイ・シンジケートが武力を展開している区域がその近隣であることに因る。コトブキ達には与り知らぬことだが、これはジレンマである。やがて彼女らは「ここよりアイスレイク・ディストリクト」の看板を通過した。 36
2018-05-15 23:40:05ヘルヒキャクのモーターサイクルには明らかな不調が見られていたが、やがて、早駆けの末に軍馬が息絶えるかのように、UNIXライトの明滅が弱まり、エンジンがくぐもった唸りを上げ、速度が落ち……停止した。乗り手を振り落とさなかったのは、このバイクなりの最後の矜持であろうか。 37
2018-05-15 23:42:12「ガス欠?」「……そういうわけではなさそうです」機体に跪き、確認したコトブキであったが、どうする事もできなかった。ゾーイは迷い迷い提案した。「もう一台…探してみる?」「今は、やめておきましょう」コトブキは首を振った。「何かきっと、方法がある筈」「方法……」ゾーイは物思いに沈む。38
2018-05-15 23:44:13「フンッ」「何をしたの?」「いえ」コトブキはモーターサイクルのパネルの内部から剥がしとった小端末を懐に入れた。インテリジェンスを司るチップである。「なんだか、置き去りにするのがしのびなくて」「そうか……」「さ、行きましょう。周囲に気を付けて。かっこいいスパイですよ」 39
2018-05-15 23:46:33「あのね、コトブキ=サン」コトブキに手を引かれながら、ゾーイが言う。「なんですか?」「ここはアイスレイク・ディストリクト」「はい」「方法が一つ,あるかもしれない。……気が進まないけど」「どういうことですか」「この区画に、孤児院がある。『海のほとり孤児院』って言うの」 40
2018-05-15 23:49:14「孤児院?なにか助けが得られるのですか?」「助けは得られない」ゾーイの口調が少し厳しくなった。「だけど、多分、使える通路があるんだ。街の、古い地下道に繋がってる。孤児院の中から、そこに行ける」「……つまり……」「忍び込む。アタシに任せて。詳しいから」 41
2018-05-15 23:51:48異常なオーロラの空の下、二人はしめやかにアイスレイク・ディストリクトを進んだ。歩きながら、コトブキは言葉を探した。しかしゾーイのほうから話しはじめた。「察しの通り、その孤児院がアタシの昔の家だった」42
2018-05-15 23:57:32「海のほとり孤児院のアタシの部屋は、ふかふかのクッションもあって、カワイイだった。ハーミットの家は……そうだなあ、強い風が吹くとガタガタ言うし、ロクなもんじゃない。そこよりずっと堅牢。でも、窓がないし、自由に部屋の外に出る事もできなかった」43
2018-05-16 00:00:19「その……何と言えばいいのか……閉じ込められて?」「うん。閉じ込められていたよ。そう」ゾーイは認めた。「でも、今にして思うと、隠されていたんだ」「どのくらい昔から、そこに居たのですか?」「そんなに昔ではないけど……ええと……よく覚えていないんだよね」ゾーイは頭を振った。 44
2018-05-16 00:03:31「お察しします」「察せないよ」「わたしも、開かずの間に閉じ込められていたんです」「エッ!」「部屋には大量のVHSライブラリがありました。ずっとそれを見て暮らしていました」「そんな……」「色々あって、出ました」「そうか。一緒だね」「外の世界です」「外の世界」 45
2018-05-16 00:07:05「ごめんなさい。話の腰を折ってしまって……」「ア……そうね。それで、アタシ、部屋から出られる時もあったの。礼拝とか。でも、いつも大人に連れられてた。石みたいに厳しい顔の、マーガレット=サン」「石ですか」「大人は全員信用できなかった。皆、嘘つきだったと思う」「そうですか……」 46
2018-05-16 00:09:00「廊下の窓から、庭を見た。アタシは庭に出られる事はなかったから、他の子供たちが運動したりしているのが羨ましかったな。でも、ダグたちの話を聞いたら、そうとも言い切れなかった。他の皆は働かされていたんだ。子供は安く使えるから」「なんという事でしょう……!」コトブキは拳を握りしめた。47
2018-05-16 00:13:44「ん、ダグ?それは他の方ですか?」「あ、そう。ダグ、リロイ、ジェシの三人。ふふふ」ゾーイは記憶を手繰り、微笑んだ。「友達ですか?」「……そう。アタシの事、孤児院のユーレイだと思ってた。シツレイだよね!探検しに来たんだよ。アタシの棟まで。それで話をした。すごく慎重にね」 48
2018-05-16 00:18:24