ハート・オブ・ダウントロッデン・ソウルズ #5

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ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

【ハート・オブ・ダウントロッデン・ソウルズ】#5

2018-05-17 21:52:29
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

窓のない部屋で、ゾーイに出来ることといえば、空気の「裏側」から、なにかキラキラしたものや、甘いもの、カワイイなものを取り出すことだった。生き物も取り出すことができた。小さいリスや、テントウムシくらいなら。しかし、生き物はあまりうまくいかなかった。すぐに動かなくなり、冷たくなる。1

2018-05-17 21:56:33
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

だから、話し相手はいなかった。職員たちはゾーイと遊んでくれない。礼拝をさせて、食事を持ってくる、それだけだ。彼女のことを持て余しているのがよくわかった。異常な、恐らく、大人の決まりに反した力なのだ。 2

2018-05-17 21:59:24
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

眠っていると、彼女はよく夢を見た。夢を見るのが好きだった。目が覚めても、続きを見ようとまた眠り、ひどく体調を悪くしたりもした。部屋の中と違って、彼女はそこで、ただ見ている事しかできない。しかしその空は広く、明るかった。丘や、石畳、森。ゾーイのかわりに、旅人が進んでゆく。 3

2018-05-17 22:02:07
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

旅人は汚いマントを着て、旅人杖をつき、いつもザクザクと歩いていた。たいていは独りだったが、ときどき仲間を連れていることもあった。危険な目にあう事も多かった。震えながら、厳しい風雨をしのげる場所を探す事もあった。仲間同士で諍いをして、そのまま別れてしまうこともあった。 4

2018-05-17 22:04:47
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ゾーイはその旅人を見ている事しかできなかった。影のように霞んだ巨人が後ろから近づいたとき、ゾーイは「アブナイ! 振り返って!」と叫んだ。しかし旅人の耳には届かなかった。あの時、どう切り抜けたのだったか……。少し臆病で、慌ててばかりいたが、機転を利かせると、彼は賢かった。 5

2018-05-17 22:07:09
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

空には金色の立方体がいつも輝いていた。銀の浜辺で見るのよりも、はっきりとしていて、恐ろしさすら感じた。旅人の夢ばかりではない。恐ろしい合戦の夢を見た時には、ゾーイはベッドの下に潜り込んで、大人が起こしに来るまで、ずっと震えていた。孤児院で、ゾーイはずっと独りで生きてきた。 6

2018-05-17 22:10:07
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あの少年が……確かリロイ……彼女の部屋を偶然見つけた時、ゾーイは金切り声で応えようとしたものだ。だが、リロイのほうが十倍は恐れていた。かわした言葉は少なかったが、すぐに打ち解けた。次にリロイはダグとジェシを連れてきた。 7

2018-05-17 22:14:08
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ゾーイは彼らと話すために、部屋の鍵を生み出す方法を訓練した。ゾーイが知り合った時、既に三人の少年は、この恐ろしい孤児院をある程度自由に動き回る事ができた。協力者がいたのだ。それが用務員のネルソン=サンだった。彼は善良で小心。ヤクザを恐れ、孤児院の子供たちを不憫に思っていた。 8

2018-05-17 22:17:25
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ゾーイは彼らと共に、深夜に部屋を忍び出る事もあった。使われていない階段を降りて、夜の庭に出たりもした。壁に囲まれた小さな庭でも、土のにおいはしたし、空には黄金立方体のかわりに、砕けた月があがっていた。すぐにゾーイは信頼を勝ち得た。そして少年たちの目的を知らされた。脱走だ。 9

2018-05-17 22:20:47
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孤児院の外に出る際は、職員たちのほかに屈強な警備員もついている。労働先では監督官。脱走するなら、結局この孤児院の中から抜け出すのが一番だった。なにしろネルソンが味方なのだ。他の職員は罪悪感から身を守る為、子供たちに極めて他人行儀に接していた。ネルソンは具体的に助けたかった。 10

2018-05-17 22:25:25
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

(もし、よかったら……)リロイがゾーイを誘おうとしたとき、ダグは慎重だった。(うまくいかなかったら、ただじゃ済まない。俺らも助けられるかどうか)(でも、ゾーイの力があればさ、鍵も作れるし……もっといろいろ)ジェシの頭をダグは叩いた。(そういう事じゃないだろ!) 11

2018-05-17 22:27:46
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ダグは本心では一緒に行きたがっていた。(君はここの大人に大切にされてる。それは間違いない。俺らはゴミ扱いだから、何だってやるし、怖くなんかない。だけど、君の責任を持てないんだ。わかるだろ)(アタシも行くよ)ゾーイは即答した。(部屋じゃ月だって見えやしない。断るなら一人で逃げる)12

2018-05-17 22:30:23
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

少年達は顔を見合わせたが、やがて、三人揃って、ニイっと笑った。……かくして、具体的脱走計画が立てられた。利用するのは下に伸びる地下道。途中を遮る鉄格子やコンクリートの補強はゾーイが「なんとかする」事ができる。用務員は交代制。そしてネルソンが見回りをする間、もう一人の職員は詰所。13

2018-05-17 22:35:38
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

脱走当夜、彼らはいつものようにゾーイの部屋に迎えに来た。易々と合流し、しめやかに階段を降り、渡り廊下を移動した。簡単なものだ。ネルソンは彼らが使うルートには決して見回りに来ないようになっている。(だ、大丈夫だ。間違いない。この廊下の霊的磁場にステルス性付与があるから)(シッ)14

2018-05-17 22:38:55
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

リロイは神がかりだった。この孤児院のニコラスに鉄の棒で殴られてからそうなったらしい。そのニコラスが今も居るのかどうか、そういえば確かめなかった……。ゾーイは三人と共に庭へ移動し、マンホールの蓋をバールで開いた(バールはゾーイが取り出した)。そして梯子で降りていった。 15

2018-05-17 22:41:20
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

竪穴の底は不気味な獣の腹の中めいて生暖かく、恐ろしかった。夢の中で、旅人がこんな場所をうろついていた事もあった気がした。水をぴしゃぴしゃと撥ねながら、四人は足早に進み、やがて急ごしらえで塞がれたコンクリートをハンマーで砕き、鉄格子を長いペンチで捻じ曲げ……。(これはこれは) 16

2018-05-17 22:45:24
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

ゾーイは背後から聞こえた声に振り返った。あの時のゾッとする感覚を、絶望を、忘れはしない。(すまない…)ネルソンは残念そうに首を振った。隣に知らない男が立っていた。手にしたライト、黒い影。既にジェシとリロイは鉄格子を越えて、向こう側に出ていた。ダグはゾーイを先に行かせようとした。17

2018-05-17 22:48:03
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

だがゾーイは火花のように行動した。ダグはジェシと一緒にいなくちゃ。兄弟なんだから。(はやく!)ゾーイはほとんど無理やり、ダグの背中を押して、鉄格子をくぐらせた。(い、行ってはいけない、お前たち)(構わんだろう)ネルソンの制止に、男の声が被さった。(さあ来い。名前……忘れたが)18

2018-05-17 22:50:52
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

(ゾ……ゾーイです、あの娘は)(ンッンッンッ……いい名前だ。しかしまあ、半日でも遅れていたら、少し手間だったな。居てもたっても居られなかったのだ……)男は瞬きひとつの速度で既にゾーイの目の前にしゃがみこみ、肩に触れていた。(利発そうなガキだ。金の雌鶏の寓話を知っているか)  19

2018-05-17 22:54:35
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

(離せ……!)(バカな。何故だ?俺がこうして直々に迎えに来たのだ。その労力が無駄になってしまうだろう)(つ、ついていくんだ、ゾーイ=サン)ネルソンは小刻みに震えながら言った。(こ、この孤児院よりはずっといい暮らしができる。本当だよ。すごいカネモチで……シトカで一番偉い人だ……)20

2018-05-17 22:57:37
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

(嫌だ……嫌だ!)(ンッンッンッ。少し懐かしいものだ)男は抵抗するゾーイを引きずって歩きながら言った。(海のほとり孤児院には、以前にも一度来たことがあってな。そのときは今日よりもっと大事な用事だった。あの時の俺が抱いた気持ちは……そうだな……感動……そして愛だ……言うなれば)21

2018-05-17 23:00:04
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

(用務員の君……ええと……いや、名乗らんでもいい。子供はいるか?自分のガキが孤児院に居たと知ったらどうする?胸を満たしたのは、驚きと、喜びだ。俺にはもう子を残す力はない。だから嬉しかった。俺の愛と……正義感が燃えた……義心がな)(ゾ、ゾーイも?)(ン?これは違う。ただの宝だ)22

2018-05-17 23:05:44
ニンジャスレイヤー / Ninja Slayer @NJSLYR

(離せ……離せ……!)引きずられながら、ゾーイは暴れた。男はリラックスしていた。だが絶対に離さなかった。(海のほとり孤児院……俺にとって縁起のいい場所なのだろうな。寄付でもしてやろう。俺の像でも建ててやるか。冗談だ……ンッンッンッ)(助けて!)ゾーイは叫んだ。ネルソンは俯いた。23

2018-05-17 23:08:35