映画「トータル・フィアーズ」で読み解く国際政治と核問題

どんとこい
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うえだしたお @YT1093

主人公のジャック・ライアンは中央情報局(CIA)の情報分析官で、階級はまだあまり高くない。公開情報、この場面ではテレビ映像を見てロシア大統領の体型変化を看破している。このように公開情報から分析する諜報活動をオシント(Open source intelligence)と呼んでいる。 pic.twitter.com/p3fz1dKQnC

2017-04-09 18:28:06
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うえだしたお @YT1093

オシントは諜報活動の最重要任務である。情報活動の大部分は公開情報の分析に充てられるものであり、ミッション・インポッシブルのように敵地潜入任務や、人的接触を通して情報収集するヒューミント(Human Intelligence)はあくまでオシントの補助的な役割でしかない。

2017-04-09 18:30:27
うえだしたお @YT1093

諜報活動にはオシント、ヒューミントのほかに傍受した通信内容から情報を分析するシギント(Signals intelligence)、画像分析のイミント(Imagery intelligence)、暗号解読のコミント(Communication intelligence)などがある。

2017-04-09 18:35:19
うえだしたお @YT1093

また、劇中でCIA長官キャボット(モーガン・フリーマン)はロシアの諜報員と密かに情報交換している。これは広義におけるコリント(Collective intelligence)だが、本作品の核心となる「裏道」として、意義深い描写となっている。

2017-04-09 18:41:35
うえだしたお @YT1093

「トータル・フィアーズ」の原作となった、「恐怖の総和」が米国で出版されたのは1991年の出来事である。冷戦末期のソ連大統領ゴルバチョフがクーデターにより求心力を失う直前の作品であり、その後のソ連邦解体やロシア連邦成立、冷戦構造の再生産など、その先見性には瞠目するばかりである。 pic.twitter.com/pFkbcJSwCQ

2017-04-09 18:50:14
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うえだしたお @YT1093

映画に戻ろう。序盤、クレムリンでロシアのゾルキン大統領が急死する。病気で倒れた赤ら顔の大統領は、もちろん酒癖の悪さで知られたエリツィン元大統領をモデルにしている。また、後継者のネメロフ大統領は沈着冷静な策略家である。もちろん、現大統領のウラジミール・プーチンをモデルとしている。 pic.twitter.com/ftXU7tKS95

2017-04-09 18:56:08
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うえだしたお @YT1093

物語の核心は、核査察に訪れたロシアで行方不明になった3人の科学者に気づくライアン分析官(ベン・アフレック)の機転により進展してゆく。潜入工作員のクラーク(リーヴ・シュレイバー)と合流する場面では文官と武官の違いと機微が描かれていて興味ぶかい。 pic.twitter.com/KAJARXBrN8

2017-04-09 19:03:58
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うえだしたお @YT1093

史実に戻ろう。ソ連邦崩壊後、旧ソ連が保有していた核弾頭は2万発にも及ぶと信じられていた。だが、ソ連邦崩壊後の調査では核の実数は1万発にも及ばず、実際に起動するものはさらに少ないことが判明する。これらの核弾頭はロシア、ウクライナ、カザフスタン、ベラルーシに拡散することとなった。

2017-04-09 19:11:09
うえだしたお @YT1093

ところで、映画の冒頭ではアメリカに貸与されたことになっている核兵器だが、実際にはイスラエルがアメリカに核兵器を借りた事実はない。世界に散らばったディアスポラを祖先とするイスラエルにとって、友好国とはいえ、国家には真の友情など存在するはずのないことは、自明の原理であった。

2017-04-09 19:15:14
うえだしたお @YT1093

かくして、第四次中東戦争の開始に先立つこと1950年代に時計の針を戻そう。イスラエルは砂漠に囲まれた国家であり、飲料水にもこと欠くほど困難な地形に根ざしていた。ある時、イスラエルは海水淡水化プラントの建設に大量の電力が必要として、西側諸国に原子力発電所の開発協力を求める。

2017-04-09 19:20:01
うえだしたお @YT1093

こうした要請に対して、第二次大戦中にユダヤ人が遭遇した悲劇を鑑みた諸国は同情的な姿勢で理解を示した。ことフランスでは軍部がイスラエル首相のベングリオンらと協力して、ネゲブ砂漠のディモナに出力24MWの小型原子炉を輸出、設置する。仏大統領ド・ゴールは、これを黙認せざるを得なかった。

2017-04-09 19:24:12
うえだしたお @YT1093

なお、ネゲブ砂漠上空、とくにディモナ基地周辺は厳しい情報統制下に置かれており、イスラエル空軍機ですら上空の飛行は許されなかった。事実、1973年の中東戦争では友軍機が対空ミサイルで撃墜される、という悲劇まで起きている。それほど徹底した情報管理と秘匿が行われていたのだ。

2017-04-09 19:26:55
うえだしたお @YT1093

時を同じくして、アメリカ合衆国・ペンシルバニア州にひとつのユダヤ系企業が誕生する。NUMEC(nuclear materials and equipment corporation)というその企業では、プルトニウムや各種放射性物質の加工、およびに濃縮ウランの再生が行われていた。

2017-04-09 19:32:07
うえだしたお @YT1093

1960年代に入ると、NUMECは放射線の照射による滅菌を謳い、医療品の取扱をはじめる。創業者がユダヤ系ということもあり、人道支援の名目でイスラエルへの輸出も開始されると、コンテナが次々とイスラエルに向けて出荷されるようになり、その物量があまりに膨大なことからFBIが動いた。

2017-04-09 19:35:37
うえだしたお @YT1093

この事件を Apollo Affair(1965年)という。FBIの捜査はイスラエル政府からの政治的圧力により途中で打ち切りとなり、全ての出荷を終えた後にNUMECを調査したところ、兵器級ウラン200~600ポンド(およそ90~270kg)が消失していた事実が明らかとなる。

2017-04-09 19:38:10
うえだしたお @YT1093

かくして失われた核物質はイスラエル核開発の歴史の闇に呑まれることになるのだが…話はここでは終わらない。これは「映画で読み解く現代史」企画である。もちろん、映画と現代史を往還しながら現代へと立ち返ってゆく。

2017-04-09 19:40:01
うえだしたお @YT1093

ふたたび、映画「トータル・フィアーズ」に戻ろう。冒頭では核爆弾を搭載したA-4H戦闘機がシリア軍の対空ミサイルに撃墜され、紛失した核がロシア国内で再加工、兵器化された後、ネオナチの手に渡っている。かくしてボルティモアのスーパーボール会場で核爆弾が爆発、米ロ開戦の危機に陥った。

2017-04-09 19:42:20
うえだしたお @YT1093

映画ではCIA長官キャボットと、ロシアの老諜報員グルシュコフの協力により、真相解明まであと一歩のところまで近づいてゆく。長官の遺志を継いだライアン分析官は放射性核物質が降下する爆心地から、爆弾がロシア製ではなく、米国製ブロークンアロー(遺失核兵器)である証拠を発見した。

2017-04-09 19:47:26
うえだしたお @YT1093

だが、互いに疑心暗鬼へと陥った米ロ両国の首脳はライアンの報告を拒否する。その結末は各自の目で見届けて欲しいのだが、この物語に貫かれたメッセージは「最悪の事態に備えて、裏口を開けておくこと」、つまり、意思の疎通は最後の瞬間まで、忍耐強く試みなければならないという強い教えである。

2017-04-09 19:49:39
うえだしたお @YT1093

もういちど、史実に戻ろう。第四次中東戦争で劣勢に立たされたイスラエルは、ネゲブ砂漠のディアナ発電所で白昼堂々、核兵器を開発し始める。静止軌道上では米ソ両国の偵察衛星が周回しており、核開発の事実を詳らかにする自殺行為となるのだが、イスラエルの狙いはまさに「神の目」への披瀝にあった。

2017-04-09 19:54:56
うえだしたお @YT1093

イスラエルの核開発は米ソ両国がまのあたりとするところになった。ただちに、ソ連政府はエジプトへの核兵器配備を決定する。一方、米国政府は頑なに断っていたイスラエルへの武器供与、空挺部隊の派遣を再考するとの声明を発表する。イスラエルの狙いは、米ソ両国を巻き込むことにあった。

2017-04-09 19:57:08
うえだしたお @YT1093

これが「最悪の事態に備えて、裏口を開けておくこと」の歴史的結実であった。ソ連政府はエジプト港への核運搬報告を暗号化せず、あえて容易に解読できる平文(ひらぶん)で送信した。米国政府はソ連政府に対して、核兵器の配備及びにソ連軍の派兵を容認しない、という声明を送付する。

2017-04-09 20:01:49
うえだしたお @YT1093

つまり、互いに手の内を知りながら「鞘の内」で済ませることを期待したのだ。ソ連は核兵器の配備をうたい、アメリカはイスラエルへの武器供与およびに第82空挺団の派遣をうたうことで、互いに戦局の拡大を回避する努力を要請したのである。もっとも、この件はより詳細に後述する。

2017-04-09 20:03:36
うえだしたお @YT1093

かくして米ソ両軍の衝突は回避される。また、第四次中東戦争はアメリカ側から供与されたひとつの武器によって、イスラエル軍の反撃とシリア軍の撤退を実現することとなった。AGM-65:マーベリック空対地ミサイルの登場である。 pic.twitter.com/Iwbd0wsy3F

2017-04-09 20:06:01
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うえだしたお @YT1093

AGM-65:マーベリックは、スマートウェポン、いわゆる精密誘導兵器である。弾頭部に搭載されたカメラで画像認識機能を実現しており、最初に登場するのはベトナム戦争での試験投入である。イスラエルの核疑惑から急遽供与された中東戦争では、命中率80%という驚異的な数値を叩き出している。

2017-04-09 20:09:40