突発現パロSS、第十一話

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鉢植えホットケーキ @in_KabeWall

晴れた日、鹿島は努めていつも通り出社した。今日は朝一番に決意の電話をかけるつもりだ。艦娘やります、と。 だから大井にも会ったらいちばんに電話を貸してくださいと伝えようと思っていたのだが、このところ大井は来るのが遅めだ。

2018-06-08 21:08:25
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頭の中で球磨に言う台詞を練りながら、事務所内に入ってくる皆に挨拶をする。 やがて大井が息を切らせて席まで来た。 「おはようございます先輩」 「ふぅ、おはよう」 「大丈夫ですか」 「すぐ落ち着くわ」 立ったまま汗をハンカチで拭い、水筒から一口飲む。大井の一連の動作を鹿島は見つめていた。

2018-06-08 21:13:33
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「鹿島、あんまり見られると恥ずかしいんだけど」 「えっ私見てました!?」 無意識だったのか、鹿島の慌て方が尋常では無い。 「あの、視界に動くものが入ると見ちゃうアレです、失礼しました」 「うん、別に理由は聞いてないけどね......」 大井の息が落ち着いた時、ちょうど始業の合図が鳴った。

2018-06-08 21:18:46
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「大井先輩、電話お借りしてもよろしいですか?」 大井は内容を察したのか、ええ、と頷く。 「社長の番号は1番に登録してあるから」 「わかりました」 慣れない手つきで固定電話のボタンを押して受話器を取る。数コールしないうちに球磨の声が聞こえた。 『おはよークマ、大井クマ?』

2018-06-08 21:26:26
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「おはようございます、鹿島です」 『おお鹿島クマ!てことは例の件、どうするか決めてくれたクマね』 「はい。私に艦娘の訓練......受けさせてください」 『朝から嬉しい知らせクマ!今日からでもオッケークマ?』 「はい、いつでも」 『前に来た白い建物覚えてるクマ?今からそこに来て欲しいクマ』

2018-06-08 21:29:57
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付き添いに大井を使えクマ、と言って通話は切られた。 鹿島が受話器を戻して一呼吸置いてから、大井が話しかける。 「すぐに行ける?たぶん夕方までここには戻らないと思う」 球磨の声に元気がありすぎて、隣の大井にも会話はしっかりと聞こえていた。 「大井さんが良ければ」 「ん、行きましょうか」

2018-06-08 21:37:07
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前に一度だけ通った道を行き、海に出る。左手に進み、白い建物の前まで辿り着いた。 前回は道案内の大井の後ろをついて行くだけだったが、二度目の訪問ともなれば横に並んで一緒に歩く事ができた。改めて大井の横顔を観察すると小さな頃の面影があって、鹿島は微笑ましい気持ちになった。

2018-06-08 22:49:48
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二人は入り口の前でなんとなく立ち止まる。 前回は球磨が中から飛び出て来たから、今回も勢い良く外に出てくるのではないかと思ったからだ。 だが予想に反して、球磨は周囲を伺うように入り口から潜めた声をかけた。 「そんなとこ居ないで早く入るクマ、ヒトがいるってバレちゃうクマ」

2018-06-08 22:56:20
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二人は急いで建物の中へ入る。 「見つかってないクマ?奥へ進むクマ」 一体誰にですかと聞きたかったが、球磨の迫力に押されて黙って暗がりへと進む。中は相変わらず薄暗い。 「姉さん、明かりはつけないんですか?」 「今っていうか今日はちょっと都合が悪いクマー、せっかくなのにすまんクマ」

2018-06-09 09:46:42
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「今日は何かありましたっけ」 大井が不思議そうな顔で追及する。 「......休校日クマ」 「休校日」 「創立記念で学校がお休みなんだクマ」 「言葉の意味は分かりますけど」 「言葉通りクマ」 確かに通勤途中、遊びに行く風な子供を見かけていた。 「それはそれとして、鹿島の準備を進めるクマ」

2018-06-09 09:57:36
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球磨は鹿島に向き直って説明を始めた。 「まず、艤装を見繕うクマ。最初は足、水に浮くための最重要パーツクマ。幸い同じ練習巡洋艦の香取のデータがあるから、そこから鹿島に合うような調整をしていくクマ。そのために今プールを張ってる最中クマ」 本当は正面の海でやりたいんだけど、と視線で語る。

2018-06-09 10:03:48
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「てことで準備にまだ時間がかかるクマ。悪いけどそこのイスで休んでて欲しいクマ、大井は手伝えクマ」 「私も何かお手伝いします」 私の為に準備して頂いてるんですし、と続けたが球磨は首を横に振った。 「今日一日体力使うクマ、だらだらしとくクマ」 冷えた飲み物を渡されて、鹿島は一人残された。

2018-06-09 10:12:12
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遠くに聞こえる波の音と奥から響く数人分の足音で鹿島が微睡んでいると、唐突に訪問者があった。 「ちょっと誰か居ないの!?いや居るでしょ、居るのは分かってるのよ球磨!」 鹿島が目をやると、建物の入り口に小さな人影が複数あった。 「出てくるまでここを動かないからね!」

2018-06-09 10:31:17
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鹿島は休校日の意味を理解した。 さて彼女は球磨を名指ししているし、呼んでくるべきだろうか?あれだけ球磨がこそこそしていた所を見ると、あまり相手にしたくないようだが。 「暁、本当にここでずっと待つ気かい」 「出てくるまで待つ」 「日差しがきついわ」 「お水持ってきてないのです......」

2018-06-09 10:36:59
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足音に調子の変化は無い。まず呼び掛けに気づいていないようだし、とりあえず球磨に伝えよう。 鹿島が立ち上がると、暗がりの変化を目敏く見つけた一人が声を出した。 「そこのヒトこっちきて」 鹿島は迷いながら、言われた通り彼女たちに近づいた。球磨を呼んでみると伝えて待たせれば良いだろうか。

2018-06-09 10:44:56
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入り口には歳が鹿島と一回りは離れているだろう四人が居た。とりあえず挨拶をしてみる。 「こんにちは」 「......こ、こんにちは」 「見覚えないわ、新人かしら」 「ほら、やっぱり人手は欲しいのよ」 「お姉さんはここで何してるんだい」 何と聞かれて鹿島は困る。 「訓練待ち、ですね」

2018-06-09 10:50:47
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「じゃあ艦娘なんだ」 「いえ、まだです」 「艦種は?」 「れ、練習巡洋艦」 気づけば聞かれるがままに答えていた。四人は興味の尽きない様子で矢継ぎ早に鹿島に話しかける。 「面接とかしたのですか?」 「そういえば試験の類は受けてないですね」 「どうやって入社したの?志望動機は?」 「えぇと」

2018-06-09 10:57:02
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「はぁ......居ないと思ったら」 「あっ大井さんだ!」 「整列整列!」 奥から大井が歩いてきた。 四人は大井が現れた途端に軍隊じみた動きで横一列になる。 「す、すみません球磨さんを呼ぼうと思ったんですが」 「いいわ......休校日ってそういう事ね」 鹿島同様、休校日の意味を大井も理解した。

2018-06-09 11:00:14
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「それであなたたち、何の用事?この辺は会社の私有地なの、遊び場なら他を探してもらえる?」 「大井さん、暁たちの用は毎回同じよ」 まっすぐ見つめる瞳に大井はため息をつく。 「もう姉さんから返答は貰ってるでしょう?不満?」 「ええ不満、暁たちは今すぐにでも艦娘になってお仕事がしたいの!」

2018-06-09 17:45:30
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四人は太陽を背に受けて姿勢を正したまま立っている。 「分かった、社長と直接話しなさい」 とにかく球磨を出さない事には彼女たちはてこでも動きそうに無い。意地を張って倒れられても困る。 「社長呼んでくるから、少し相手をしてて」 「わかりました」 横目で大井を追って、鹿島は正面に向き直る。

2018-06-09 17:49:57
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「皆さん、艦娘になりたいんですか?」 「はいなのです」 一番に答えたのは、どこか気弱そうな雰囲気を纏う少女だった。 どうしてと問おうとして何か引っかかる。そういえばまだ名前を知らなかった。 「お名前、教えて頂けますか?私は鹿島と言います」 彼女たちはそれぞれ暁、響、雷、電と名乗った。

2018-06-09 17:56:22
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一年ほど前、暁たちは海難事故に遭った。船は大破したが、乗客は救助隊や艦娘によって全員無事保護された。その時に球磨カンパニーの名を聞いたのだという。 艦娘達が生身で日夜頑張っているのに、自分たちはのんびり学校に行っているなんて我慢できない。 「それで、球磨に会いに来たのが半年前」

2018-06-09 18:02:19
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「でも雇わないって。納得いかなかったから学校休んで会社に押しかけたら、業務に支障が出るから休日にしろって。それで土日に来たら会社もお休みってワケ」 「笑えるよね」 「笑えないわよ、こっちは本気なのに!」 「それで今日いらしたんですね」 「そう、私達は休みで大人は仕事、絶好の機会よ」

2018-06-09 18:12:12
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彼女の子供らしさに思わず笑みがこぼれる。 「今、鹿島も暁たちを子供だって思ったでしょ」 「はい」 「むきーっ何よ大井に惚れてる変人のクセに!」 鹿島の目が点になる。 「えっ?わ、私が惚れてる......?」 「あら、違ったの?皆見てたわよね?」 全く心当たりが無いが、残りの三人は頷く。

2018-06-09 18:19:33
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雷は言う。 「すごく大井さんを見てたし」 続いて電。 「そわそわしてたのです」 最後に響。 「その時の顔撮ったけど、見せようか?」 畳み掛けられて鹿島はしゃがみこんだ。 「ま、待って......え、嘘」 考えるうちに耳まで赤くなる。観察結果を淡々と報告している風なのが一層真実味を帯びていた。

2018-06-09 18:26:17