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映画「メッセージ」で読み解く、情報と生命

おもんねぇから読まなくていいぞ
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うえだしたお @YT1093

言語のアプローチに戻ろう。物語の通奏低音となっている言語学の概念に「言語相対性仮説(いわゆるサピア=ウォーフ仮説)」がある。ことばは思考を象り、世界とは、ことばによって映し出される相対的な事物であるという仮説になる。言語が認識にもたらす影響への考察として、記憶の片隅に置くとよい。 pic.twitter.com/V59GkVyd6C

2018-07-09 03:57:18
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うえだしたお @YT1093

はたして、ルイーズはヘプタポッドの言語を解すると同時に、因果律の克服へと至ってゆく。映画では省かれた「フェルマーの原理」を切り口に、決定論からの経路選択=ヘプタポッドの思考過程を捉えるドネリーとは対をなすのだが、この受容の手続きが彼女に「完全記憶」へのアクセスを赦したのだ。

2018-07-09 04:06:14
うえだしたお @YT1093

高次の生命、ヘプタポッドたちは因果律でもなく、決定論でもない基軸で世界をありのままに理解している。この「完全記憶」の経路選択と方法が物語のなかで明かされることはない。だが、ルイーズの試みはアボットとコステロの双方に、「選択」という可能性を与える契機となってゆく。

2018-07-09 04:12:43
うえだしたお @YT1093

ところで、少しだけ物語の時系列を遡ってみよう。ルイーズが何度目かの接触を試みた後でようやく言語解析の糸口をつかんだ頃に、いかにも映画的イベントが用意されている。ヘプタポッドの放った言葉に対するささやかな誤解が、人類の相互不信を招くきっかけとなったのだ。

2018-07-09 04:19:23
うえだしたお @YT1093

その言葉とはなにか。「我々は、あなたがたに武器を与える」という表義文字である。この瞬間に浮かぶルイーズの表情、その焦燥と驚きがすばらしい。 pic.twitter.com/gm40EbtYYk

2018-07-09 04:20:54
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うえだしたお @YT1093

来訪者の提案は、多くの「言葉を解さない人々」に、疑心暗鬼を生じてしまう。各国で「来訪者」への温度差が拡大、やがては情報の錯綜が混乱を生じてゆく。ついに博士たちが滞在する基地の兵士の中にヘプタポッドへの敵意が芽生えるのだが…そのきっかけとなったのは、なんとWeb動画だった(笑) pic.twitter.com/ZhzR0jcNAf

2018-07-09 04:23:38
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うえだしたお @YT1093

いわゆる陰謀論の類なのだが、おそらくはミリシアまたはプレッパーによる動画である。どの国も一定の割合で陰謀論を信じる人がいるけれど、出処の知れない「ネットの真実」に身を捧げる前に、ひとまず考えてみよう。陰謀を実現できる巨大な権力なのに、どうしてネットの情報すら消去できないのか?と。

2018-07-09 04:24:12
うえだしたお @YT1093

答えはおのずと知れている。ネットに広まる陰謀論には抹消する価値すらない、または放置してよいだけの「機微ではない情報」、要するにゴミネタなのだ。

2018-07-09 04:24:42
うえだしたお @YT1093

ところで、映画オリジナルの描写に「中国軍の行動」がある。原作者のルーツが中国大陸にあることや、アメリカにおける反中感情を表しているといった筋悪の意見を目にした記憶があるけれど、そうではない。

2018-07-09 04:28:40
うえだしたお @YT1093

中国市場はハリウッドにおいても魅力的な市場である。物語でも象徴的な位置を占める「将軍」の帰属をどの大国にするのか。軍事力だけのロシアか、それとも台頭著しい中国なのか。誰に選ばせても迷わず中国を選ぶのではないか。むろん悪意からではなく、たんなるビジネス上の販売戦略なのだ。 pic.twitter.com/07LmsmR2PY

2018-07-09 04:48:48
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うえだしたお @YT1093

ぼくはなかなかこの演出を気に入っていて、永く表意文字を用いてきた中国と、表音文字を用いてきたアメリカの研究チームがしのぎを削る演出も、さほど鼻につくものではなかった。もちろん、ロシアの「お約束」にはクスリと笑った。

2018-07-09 04:52:03
うえだしたお @YT1093

いよいよ物語はクライマックスへと向かってゆく。互いを理解することの困難は人類と異星人という関係だけではなく、これまでに共存してきた各国間の不信にも立ち現れている。人類は分かれて生きた歴史の長さに、拮抗しうる程の感化力を持たない。緊張の高まってゆく演出のなかに、次の回想が訪れる。

2018-07-09 04:56:37
うえだしたお @YT1093

ルイーズの夢に浮かぶ娘との会話は、この物語の核心を描いている。この場面は決して見落としてほしくない。そして、解読チームでのやりとりのあとに訪れる一瞬のシンクロニシティに刮目せよ。 pic.twitter.com/VsBwOSz0Y9

2018-07-09 05:20:29
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うえだしたお @YT1093

ルイーズはヘプタポッドとの対話を通じて、並列化された時間と記憶、空間認識を宿してゆく。未来を知るのではなく、そこにある未来に触れる。過去に戻るのではなく、過去へ手をのばす。「完全記憶」の世界では、必ずしも一方の選択が他方の犠牲を意味しない。そして、次の場面が訪れる。

2018-07-09 05:21:14
うえだしたお @YT1093

ノンゼロサム・ゲーム(非ゼロ和) pic.twitter.com/YquMg93Egg

2018-07-09 05:22:44
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うえだしたお @YT1093

彼女が見ているものは「ビジョン」ではない。まして超自然的な能力ではない。共通言語を獲得する過程で見出した「完全記憶」へのアクセスである。そして、ルイーズとコステロの最後の接触の場面において、この物語の最大の謎と言える「来訪の理由」が明かされるのだが…。 pic.twitter.com/tyugCrs5M7

2018-07-09 05:29:41
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うえだしたお @YT1093

人類の選択とアボットの選択、そしてコステロの選択。最後に、ルイーズはどの未来を選ぶのか。運命への抵抗がSFにおけるアンダーカレントであるならば、「メッセージ」はSFに新たな選択肢のひとつを提示することになるだろう。

2018-07-09 05:35:27
うえだしたお @YT1093

ネタバレをできるだけ控えたまとめ版はここでおしまい。これからあとは映画を観たひとのために、残りいくつかの要素を加えてゆく。

2018-07-09 05:36:31
うえだしたお @YT1093

ここから先のネタバレは、はじめて「メッセージ」を観るひとの感動を失わせる恐れがあります。くれぐれも、映画を未見のひとはご覧にならないように。

2018-07-09 06:48:34
うえだしたお @YT1093

映画「メッセージ」のタイトルバックはなかなか趣向を凝らしている。上映後、1時間50分までもの長いあいだタイトルが登場しない理由は、この物語の核心に接続している。 pic.twitter.com/7oZnc0OhSO

2018-07-09 06:26:18
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うえだしたお @YT1093

原題の Arrival は「来訪者」と同時に「新しい命」というダブル・ミーニングになっている。そして、タイトルバックは物語のはじまりをただしく示している。これは、共通言語を身につけることで空間や時系列から解放された女性の独白にはじまり、「あなた」の物語はまだ始まっていない。

2018-07-09 06:31:36
うえだしたお @YT1093

ルイーズが語りかける「あなた」とは、ドネリーと結ばれる選択をふまえた後に生まれてくる「あなた」である。つまり、娘のハンナ(Hannah)なのだ。 pic.twitter.com/h3zlRvtP8a

2018-07-09 06:34:37
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うえだしたお @YT1093

Hannah の綴りは求心構造となっていて、一般には「回文」と呼ばれる。時間と空間の制約を受けない完全記憶が前提の言語において、中心から放射相称となる名前が「HannaH」である。

2018-07-09 06:36:49
うえだしたお @YT1093

静かな水面に礫をひとつ落としたときのように、ハンナの誕生はひとつの関係に悲しい運命の選択を強いることになる。原作はクライミング中の事故で亡くなる描写となっているのだが、映画では進行性の難病で落命する。だが、最愛の娘を喪ってもなおルイーズには「選択」の余地が残されるのだ。

2018-07-09 06:39:03
うえだしたお @YT1093

映画の冒頭で挿入される「未来」のシーンでは、娘を亡くしたあと、夫と別れてひとりで暮らすルイーズの姿が描かれている。 pic.twitter.com/HVDhj8OxD9

2018-07-09 06:41:45
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