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映画「メッセージ」で読み解く、情報と生命

おもんねぇから読まなくていいぞ
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うえだしたお @YT1093

DNAとRNAの構造に着目すると、最初に思い浮かぶのはDNAが二重らせん構造、RNAが一本鎖という「形状の違い」である。RNAの一本鎖が折り畳まれて立体構造を取り得ることに注目した研究者は、タンパク質との相似を見出した。 pic.twitter.com/IGi1koBnb7

2018-07-09 01:06:40
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うえだしたお @YT1093

この「予想」をもたらした科学者はカール・ウーズ(Carl Woese 1928~2012)である。彼はやがて、壮大な生物分類マップの提唱に傾倒してゆくのだが、1967年のインスピレーションは後世の研究者に道を開いた。 pic.twitter.com/ULBqaKvPlG

2018-07-09 01:15:04
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うえだしたお @YT1093

若い頃、ヒマでモテなかったトーマス・チェック(Thomas Cech)は、いつも顕微鏡と睨めっこしていた。繊毛虫の細胞からRNAが自己スプライシング(余計な情報=イントロンを取り除くこと)を行っていることを発見する。つまり、RNAが単なるコピー機ではなく、触媒作用を担っていることに気づいたのだ。 pic.twitter.com/UxvPm2zTg4

2018-07-09 01:24:59
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うえだしたお @YT1093

チェックはアルトマンとともに、1989年のノーベル化学賞を共同受賞した。 pic.twitter.com/6Cskm7zQpm

2018-07-09 01:29:42
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うえだしたお @YT1093

「リボザイムの発見」によって、RNAはにわかに注目の的となる。原始の生命においてはRNAが情報伝達と触媒(酵素)=反応の実行機能を両立しており、その役割を終える過程で、現在のDNA&タンパク質構造に進化したのだという発想が生まれる。この先行世界を「RNAワールド」と言う。 pic.twitter.com/J2pCBarOOz

2018-07-09 01:38:48
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うえだしたお @YT1093

RNAワールド仮説には多くの矛盾と解決途上の困難があることを加えて、簡単に生命の歴史をふりかえったあとは、ふたたび映画の話に戻ろう。

2018-07-09 01:44:48
うえだしたお @YT1093

なぜこの世界にRNAやDNAが存在するのか?それは、ひとえに「情報」の処理と記録、保管という過程に収束する。生命の根源的はたらきには、情報をいかに後世に伝えてゆくのかという「永遠の闘争」が隠されている。

2018-07-09 01:57:22
うえだしたお @YT1093

言葉から歴史へ、歴史から生命へと巡ったあとは、生命の本質である情報からの帰還である。われわれは限りある時間を生きる、つかの間の存在にすぎない(Homo mortalis)。そして、生命は一定の方向性に従って動いてゆく。それは「時間」という不可逆的概念の存在と、人間原理の限界を意味している。

2018-07-09 02:07:54
うえだしたお @YT1093

映画「メッセージ」では、言語学者のルイーズと物理学者のドネリーが協力してヘプタポッドの言語解析に取り組んでゆく。だが、演出上の都合から割愛された原作の最も重要な「メッセージ」であることにも、あえて触れておく必要があるのだろう。

2018-07-09 02:11:00
うえだしたお @YT1093

今から400年ほど遡って、南仏に生まれた健康優良児(なんと体重4000g)は、弁護士業のかたわらに偉大な数学的発見を遺している。長く解明されなかった「フェルマー予想」で有名なピエール・ド・フェルマーがその人物である。 pic.twitter.com/VALhYqMhM3

2018-07-09 02:17:32
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うえだしたお @YT1093

彼はあり余るバイタリティと知性の氾濫によって、光学の世界においても先駆的発見を数多く残している。そのなかに「フェルマーの原理」があった。

2018-07-09 02:18:47
うえだしたお @YT1093

フェルマーの原理を端的にあらわしたものに、水面に入射する光の屈折がある。A地点からB地点へと光が送られたとき、通常、われわれが想像する経路はAーB地点を結ぶ「最短距離」となる。ところが、実際の光のふるまいは、Aー境界線ーBといったように、ある種のまわり道を見せるのだ。 pic.twitter.com/WgQpd9Zw3X

2018-07-09 02:22:15
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うえだしたお @YT1093

これがなにを意味しているのか、もう少しわかりやすく卑近な例を引くと沖合に流されたビーチボール(B)を追いかける、アントニオ猪木(A)になる。 pic.twitter.com/seOYlyPo8f

2018-07-09 02:23:48
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うえだしたお @YT1093

おわかりのように、AとBをむすぶ最短距離(赤いライン)では大半が海の中を泳いで移動することになる。他方で、AからBまで直接泳ぐのではなく、Bからもっとも近い砂浜まで走って、そこから最短距離で泳ぐほうが「結果的に速い」ことになる。まさに急がば回れ、の精神である。

2018-07-09 02:28:35
うえだしたお @YT1093

フェルマーの原理が示すふしぎな「光のふるまい」には、二点を結ぶ経路の決定に際して「最短時間」を選ぶことが観測されている。我々が直感的に選ぶ「最短距離」ではない。これが、原作の映画化においてこぼれ落ちた唯一にして最大の「メッセージ」である。

2018-07-09 02:32:14
うえだしたお @YT1093

もういちど、人類とヘプタポッドにおける言語と思考の過程についてふり返っておこう。まず、人類は線形(linear)な認識にとらわれている。 pic.twitter.com/jy0uxxLHNY

2018-07-09 02:34:44
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うえだしたお @YT1093

他方で、ヘプタポッドには時間や空間、位置といった制約がない。非線形(nonlinear)な認識が前提となっており、それは言語や身体構造にも立ち現れている。余談だが、原作のヘプタポッドには目が7つ、放射相称に備わっている。 pic.twitter.com/qTml8xZmKu

2018-07-09 02:38:00
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うえだしたお @YT1093

ヘプタポッドの情報体系においては、始点のない=自動的に終点のないリゾーム構造が存在するとみなすことができる。あらゆる可能な情報が、同時に生起して凝縮と拡散、接続と切断をくり返すことで、時系列さえ伴わない「完全情報」を取り出すことが可能なのだ。

2018-07-09 02:42:33
うえだしたお @YT1093

端的に言えば、ヘプタポッドは人類より「高い次元」の情報体系を伴っている。ゆえに「高次元の生命」と言い換えることもできる。この情報系において、情報伝達と作用は「最短距離」でも「最短時間」でもない、何か別の方法で機能している。その謎を解き明かすアプローチこそが、物語の核心である。 pic.twitter.com/JCOPuXcsab

2018-07-09 02:47:58
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うえだしたお @YT1093

少し余談になるのだが、それぞれの次元における最短経路に触れておく。最初に思い浮かぶのは、ふたつの地点を結ぶ線分(直線)を描くことだろう。 pic.twitter.com/0r9rN7l2bA

2018-07-09 02:49:47
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うえだしたお @YT1093

それでは、三次元ではどうか。やはり直線を結ぶのだろうか。ここでは三次元の特性を活かして、空間を熱あるいは重力で「折り曲げる」ことが最善になる。 pic.twitter.com/ykyPDqo263

2018-07-09 02:51:11
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うえだしたお @YT1093

小学生のわたくしに「ワープ原理」の基礎の基礎を教えてくれたのは、今は亡き藤子F不二雄先生でした。 pic.twitter.com/egKEZEloqg

2018-07-09 02:52:06
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うえだしたお @YT1093

映画に戻ろう。物理学者のドネリーは人間原理に基づいて、時系列を基準とした不可逆の軸を基点に、ヘプタポッドへのアプローチを試みている。ここに出てくるのが、先述したフェルマーの原理(変分原理)なのだが、ドネリーは物理学者であるが故に、その制約を乗り越えることができない。

2018-07-09 02:58:04
うえだしたお @YT1093

他方で、言語学者のルイーズは独自のアプローチでヘプタポッドの言葉を訳してゆく。パキスタンのロゴグラム専門家に協力を求めて、完全情報を前提とした、高度情報系の「象徴」である言葉を身に着けようとするのだ。 pic.twitter.com/RqPqxThvP3

2018-07-09 03:00:55
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うえだしたお @YT1093

ヘプタポッド(アボットとコステロ)との対話を通じて、少しずつ共通の言語を理解しはじめると同時に、冒頭から挿入されている回想と時制の揺らぎが大きくなってゆく。ドゥニ・ヴィルヌーブ監督は、静謐な情景を切り刻むことにより、得体の知れない不安を取り出してみせる。これこそが演出の妙である。 pic.twitter.com/TVj8VgIB5v

2018-07-09 03:06:18
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