[R-18]魔女シリーズ1~少年期に魔女に犯された男が成長後も搾取を受ける話

樹精のムンザと箒(ほうき)の魔女ヴィヴィすなわちヴィヴァリーチェの物語。 ほかのお話は以下 魔女シリーズ一覧 続きを読む
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帽子男 @alkali_acid

今度は長い長い呪文を唱えると、森にかかる霞はひときわ濃くなった。 「念のため…」 さらに輝石をなげうつと、土に触れたところから、大きな人型が何体も立ち上がる。 「ムンザ君が丹精してくれたおかげで、大地に魔力がみなぎってるから…どんな術でもうまくいくよ」

2018-06-25 23:16:27
帽子男 @alkali_acid

にっこりした魔女に、大樹は葉をさやがせて問う。 「人間はみんなあんなに荒っぽいの」 「そうだね。いつも怒った忍び山猫ぐらいには荒っぽいかな。だから疾風鷲以外の用心棒をつけておくね」 土人形はのそのそと木々のあいだに歩いていく。 「もしまた迷い込むやつがいたら、ぺしゃんこにする」

2018-06-25 23:19:24
帽子男 @alkali_acid

「さーて…花粉とりの時間だよ」 「うん…待って…でも教えて欲しいんだ」 「何?」 「ヴィヴィは花粉を何に使ってるの?」 「…あーそれか…」 とんがり帽子の妖婦は綿棒を取り出しかけた格好で固まる。 「うんと…魔女だからわるーいことをしてるんだけど」

2018-06-25 23:21:24
帽子男 @alkali_acid

「どんなこと?」 「ムンザ君の花粉を、なんとかほかの樹に受粉させようとしてるんだ」 「受粉。どうして」 「ムンザ君みたいなかわいい人参樹がいっぱい欲しいんだもん」 「不老長生の薬になるから?」 「う、うんまあね」 「じゃあこの体を薬にしていいよ」

2018-06-25 23:23:46
帽子男 @alkali_acid

ムンザは幹をゆっくりと揺する。 「そうしたいなら」 ヴィヴィは一瞬言葉に詰まる。 「そ、それじゃ足りないんだなあ。わ、私は欲深な魔女だからね」 「そうなんだ」 「そうなんです」 「でも受粉はうまくいっていないよね。いってたらこんなに何度も花粉をとらないもの」

2018-06-25 23:25:46
帽子男 @alkali_acid

きまりわるげに魔女はうなずいて、綿棒をしまった。 「そう…なんだけど」 「人参樹はほかの樹に受粉しないんでしょう。この森にも色んな樹を生やしているけど、そんなことは起きない」 「うん」 「ほかの人参樹は…もう獲り尽くされて…いないんだね」 「う…うん…」

2018-06-25 23:27:49
帽子男 @alkali_acid

「雄樹も…雌樹も」 「で、でもムンザ君がいるよ…私はムンザ君のお母さんの樹と最後まで一緒で…それで…あの…」 大樹の穏やかな顔が微笑みを作る。 「実をここに植えてくれたのはヴィヴィだったんだね。人間に穫られないように」 「…こんなところでごめんね」 「ううん。ありがとう」

2018-06-25 23:30:34
帽子男 @alkali_acid

ムンザはヴィヴィに語り掛ける。 「どんな樹にも受粉できなかったら、この体を薬にしてね」 「まだ世界には色んな樹があるから!」 「それも全部だめだったら」 「全部なんてきっと永遠に試し終わらないよ」 「その前に枯れちゃうよ」 「枯れないよ!枯れさせない!ムンザ君は」

2018-06-25 23:32:57
帽子男 @alkali_acid

大樹はまた枝をさやがせる。 「ありがとう…そうだ。ひとつだけ教えて」 「なに?」 「魔女や…人間は、どんな風に増えるの…?鳥や獣と同じ?」 「う、うん…だいたい同じ…かな」 「違うところもある?」 「く、詳しくはええと…は、はい!」 輝石を取り出して放り投げる。

2018-06-25 23:34:32
帽子男 @alkali_acid

腕のような枝が伸びて受け止めると、顔の前にもっていって覗き込む。 中では女と女、男と男、女と男などが二人あるいは三人、四人とからみあっている。獣と番うものもいる 「これは何?」 「魔女の年に一度のお祭り。山に集まって、お酒を飲んで、騒ぐんだ」 「これで増えるの?」 「…うん」

2018-06-25 23:36:20
帽子男 @alkali_acid

あらためて綿棒を抜いた妖婦に、木霊はまた花房をたっぷりとつけた枝を数本たらす。 「いつでも咲かせられるの?」 「ヴィヴィの薬を自分で調合してみたんだ」 「すごい…魔女顔負けだねムンザ君…さあいくよ」 「んっ…」

2018-06-25 23:40:02
帽子男 @alkali_acid

搾取が終わったあと、魔女がどこか頬を上気させて箒にまたがり、去っていくのを、大樹は静かに見送った。 「ここに住んでって、言い忘れたな…」 申し出なかったのを悔いるはめになる。百年のあいだ、ヴィヴィは戻ってこなかった。

2018-06-25 23:42:10
帽子男 @alkali_acid

ムンザは随分大きくなり、梢は天を磨すかのようだった。さまざまな薬液を調合して、循環させて病に打ち勝ち、目に見えぬ小さな友とともに飼いならして、いっそう若々しく、強くなり、枝が作る影はすっぽりと一つの森を覆うほどになった。

2018-06-25 23:44:13
帽子男 @alkali_acid

暇にあかせて魔女が置いて行った土人形を調べ、ばらし、また組み立て、同じものを作れるようになると、百、千とさまざまな形をこねあげ、うろつかせるのだった。今ではムンザ自身が魔法の使い手だった。 鷲の目を通じて広大な領土を見張り、忍び山猫で藪を探った。

2018-06-25 23:46:21
帽子男 @alkali_acid

金蜂のうちでも強い毒を持つ種を増やし、歌で操り、万が一にも根や幹を侵そうとする害獣があらわればたちどころに仕留めた。ふところに抱いた湖をつあんぐ地下の水脈と地上の河川には密偵となる盲目の蛇魚を泳がせた。

2018-06-25 23:48:35
帽子男 @alkali_acid

さすらう人間の群が入り込んだことがある。弓矢と槍を操って巧みに獣を狩る姿は見事だったが、ムンザはすべて悪酔いを起こす毒茸の群生に誘い込んで、記憶を失うまでもうろうとさせてから追放した。 だが飛び道具の技は面白かったので、土人形にまねさせた。 岩を投げて的に当てる遊びは愉快だった。

2018-06-25 23:53:00
帽子男 @alkali_acid

「ヴィヴィ…」 時折、思い出したように大樹はつぶやいた。古人参語で、次いで人間の言葉で。 やがて呼びかけに答えるように、魔女は戻ってきた。背は曲がり、髪はまばらで、肌は皺だらけ、目はそこひがたまり、よろめき、あえぎつつ。箒もなくして。

2018-06-25 23:54:40
帽子男 @alkali_acid

「ヴィヴィ!」 「やあムンザくん…ひさし…ぶり…」 「どうしたの?何があったの?」 「ちょっぴり…しくじっちゃってね…魔女狩りにあったんだ…」 「人間?人間に?」 「…気にしなくていいよ…私をもてあそんだやつらは…全員蛙に変えて…腹を空かせた鸛(コウノトリ)のところに置いてきたから」

2018-06-25 23:56:41
帽子男 @alkali_acid

「ヴィヴィ…だいじょうぶ…?息が苦しそうだ…胸の鼓動も弱ってる」 「だいじょうぶ…ムンザ君のやさしい樹の匂いを嗅いだら…楽になったよ…ここには古い魔法が生きてる…強く…」 「ヴィヴィ…」 「最期はね…ここで…お昼寝してすごそうって…ああでも」

2018-06-25 23:58:35
帽子男 @alkali_acid

「ムンザ君の仲間を…見つけられなかったなあ…」 ぼろ布の塊のように崩れ落ちる老婆を、枝が抱き留める。 「ヴィヴィ…ねえ…だめだよ…また花粉をとっていいから」 「…ふふ…綿棒が…ないや…」 歯を抜かれた口に、細い枝が入って樹液をしたたらせる。汚れた服をはぎとると、葉が肌をおおう。

2018-06-26 00:00:57
帽子男 @alkali_acid

根から伸びた毛細の管がねじれやせこけた足を這い上り、悪臭を放つ穴をさぐりあてる。 「ムンザ…く…んっ…」 「ヴィヴィ…元気になって」 「なっ…に…」 「人参樹は不老長生の薬になる…そうでしょう…この体のどれが薬になるか分からないけど…ヴィヴィにすべてをあげる」

2018-06-26 00:03:03
帽子男 @alkali_acid

木霊は枝と葉と根とすべてを使って魔女の穢れを内と外からすべてこそぎとる。すこしもいとわしくはなかった。草木にとってはかもすべき滋養に過ぎない。代わりに樹液を流し込む。口にも、はらわたにも、血管にも。 「あ…むん…ざ…く…」 「ヴィヴィ。さあ」

2018-06-26 00:05:39
帽子男 @alkali_acid

骨がきしみ、肌の下で肉が膨れ、双眸が血走る。魔女は幾度も痙攣し、やがてぐったりと動かなくなった。 「うう…ぁっ…」 わずかに残った旧い歯の欠片が落ち、新しい琥珀の歯が生える。双眸は白目が黒く、黒目が白い。肌はみずみずしさを取り戻すが、そこかしこに芽が吹いている。

2018-06-26 00:07:56
帽子男 @alkali_acid

まばらな白髪は抜け落ち、かわってハート形の葉を茂らせた蔦がうねるように生えそろう。 「あ…ムンザ…君…これ…」 背をまっすぐに伸ばし、形のよい胸を弾ませて、妖婦は再び見えるようになった目で己の手を眺める。 「よかった…ヴィヴィ…」 「そうか…そうだったんだ…」

2018-06-26 00:10:31
帽子男 @alkali_acid

魔女はにんまりした。 「樹じゃなかったんだ…必要だったのは…」 「ヴィヴィ?」 「花粉、とってもいいって言ったよね?」 「う、うん…」 しなやかな腕が、幹に触れ、艶やかな唇が呪文を唱えると、大きな洞が開いて、優しげな青年の輪郭がせり上がる。

2018-06-26 00:12:12