[R-18]魔女シリーズ6~ヘドロめいたババアがかわいい少女に惚れるが悲恋で終わる百合・前編

泥婆(どろばばあ)こと青海嘯ヘドローバと 見習いのドゥドゥすなわち飾の魔女ドゥニドゥニエンヌの物語 ほかのお話は以下 続きを読む
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帽子男 @alkali_acid

いったい何が起きているのか。 全知全能の神仙でもなければ理解しかねる光景だった。

2018-08-15 22:30:57
帽子男 @alkali_acid

海霊の大酋長はすべての船を沈めおえると、やにわに震えだし、ばらばらになって百もの小さな人型に分かれた。そろって青く透き通った肌をした戦士だ。 「陸のものどもめ。あのような小細工で我等、海霊に勝てるとでも」 「兄上。油断は大敵ぞ」 「分かっておる。ところで囚人(めしゅうど)どもは」

2018-08-15 22:33:03
帽子男 @alkali_acid

海霊のますらお達は凱歌をあげながら嵐の中を泳ぎ回る。 「例の森のやからに引き渡す」 「めんどうな」 「泥婆(どろばばあ)がしとげよう」 「ああ。戦の役にも立たぬ年寄りが、下賤(げせん)の輩を雇ってこのあたりをうろついていたのはそのせいか」 「よいではないか。面倒が省ける」

2018-08-15 22:35:40
帽子男 @alkali_acid

頭(かしら)だったひとりの戦士が首を振る。 「だが、いつまでも森のやからとのやりとりを、あれに任せておいてよいのか」 ほかから反駁がある。 「何を言う叔父上」 「誇り高き海霊の戦士が、わざわざ陸の連中としゃべりたいか?」

2018-08-15 22:38:20
帽子男 @alkali_acid

なおも年長の戦士は告げる。 「だが…森のやからは魔女の助けで侮れぬ力があるそうな」 「何の。魔女は禁忌だ」 「今日は勝てたが。敵の勢いは着々と増している。我等も陸から新たな力を学ばねばいずれ苦しくなる。年をとり頭の固い泥…あれに任せていてはいつまでも」

2018-08-15 22:40:19
帽子男 @alkali_acid

戦士達はあれこれ話し合ったが結論は出ずに引き上げていった。 海霊の群が去ると、雲間が切れ、陽射しが差し込む。 嵐のあとにはもはや、船団があったことを示す木っ端一片すら残らなかった。

2018-08-15 22:41:29
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 砂浜に、荷船に乗せられていた奴隷が続々と這い上がっていた。皆潮風に吹かれ、打ちしおれていたが、迎えにあらわれた森の民が蜜と花粉を練った団子を与えると、少し元気を取り戻したようだった。

2018-08-15 22:43:48
帽子男 @alkali_acid

奴隷の持主が取り戻しに来るのを、警戒するように、見張りも立っていた。 二本足の巨大な赤い蜥蜴と、黒い四枚の翼を持つ鳥人が用心棒役だ。 「赤烈火に、黒旋風がおそろいかえ」 汀(みぎわ)から灰色の泥の塊が上がって来る。 “ヘドローバ殿、息災か” 「クソババア、死んでなかったか」

2018-08-15 22:45:38
帽子男 @alkali_acid

ヘドローバが呼びかけると、赤烈火、黒旋風と呼ばれた異形はそれぞれ挨拶を返す。 「火妖が四十と三、風魔が二十と七、貝の都より魔女の森に住みたいという海霊が十二。引き渡そうぞ」 泥の媼が淡々と告げると、火の蜥蜴が、破城鎚のごとき大きな頭を上下させる。うなずいたつもりらしい。

2018-08-15 22:48:38
帽子男 @alkali_acid

“確かに。ヘドローバ殿” 「大漁だな。海霊どもも陸じゃなければ多少は役に立つと見える」 老婆はどうでもよさそうに垂れた瞼をまたたかせると、深みへ帰るそぶりをした。 赤烈火が呼び止める。 “待たれよ。貝の都と魔女の森の同盟、今日こそいろよい返答をもらえぬか”

2018-08-15 22:51:10
帽子男 @alkali_acid

濁った肌をした媼はかえりみるようすもなく告げる。 「魔女は禁忌。絆を結ぶつつもりはないわえ」 「迷信深い石頭だな。魔女は力だ。利用すればよいだろうが」 黒旋風が言ってのけると、泥の塊が震え、あざけりの笑いを発する。 「魔女と絆を結ぶものは、必ず滅ぶわえ」

2018-08-15 22:53:56
帽子男 @alkali_acid

火蜥蜴が紅蓮の瞳をいっぱいに開く。 “そんな…そのような…” 「魔女と絆を結ぶもの、もたらされる力に溺れ、狂い、災いを招き寄せ、ともどもに絶望へ飲まれるわえ…」 黒翼の鳥人がののしりを投げつける。 「くだらぬ。力をほかへ渡したがらぬものの言いぐさよ」

2018-08-15 22:57:06
帽子男 @alkali_acid

ヘドローバはやっと振り返った。 「赤烈火…すでに魔女に魅入られたかや…黒旋風…そのようすではいずれ同じさだめ…救えぬこと…仕える王、緑深森ともどもな…」 大きな波が浜に打ち寄せたかと思うと、引いた時には老婆は消え失せていた。

2018-08-15 22:59:59
帽子男 @alkali_acid

赤烈火はうなだれる。 “恐ろしいが、賢いお方だ…味方になっていただければ心強いのに” 「くだらん。狡賢くて陰険なクソババアだろうが」 黒旋風は吐き捨てる。

2018-08-15 23:02:41
帽子男 @alkali_acid

“では、なぜ黒旋風は、いつも海霊とのつなぎ役にヘドローバ殿を望むのだ” 「クソババアに影でこそこそ立ち回られるより、目の前にいたほうがまだましだからだ」 “そうなのか…黒旋風はヘドローバ殿が好きなのかと思っていた” 「お前は女を見る目がないな。あのクソババアは俺にはなびかん」

2018-08-15 23:04:50
帽子男 @alkali_acid

二本足の火蜥蜴がじっと見つめると、四枚の翼を持つ鳥人は苛立たしげにそっぽを向いた。 「ちっ。引き上げるぞ!これ以上もたもたして神仙どもが嗅ぎつけてきたら面倒だ」 “うむ” 両頭目の合図で、魔女の森の一党は解き放った奴隷を引き連れて静かに木々のあいだに退いていった。

2018-08-15 23:06:54
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 「魔女、魔女、魔女、おぞましや。かかわるだけで災いの種になる。たわけた男どもは好きにのぼせておればよい…だがわらわはお断りだわえ」 ヘドローバは泥濘の上の冷たい水の層を泳ぎながら、ひとりごちた。

2018-08-15 23:08:40
帽子男 @alkali_acid

不意に闇を見通す眼が、何かをとらえ、濁りのあいだから小さな品を拾い上げる。 「ふぅむ…また腕を上げたわえ…だが新たな意匠を求めてできに乱れもある…作り手は…若い…そう…」 ふと海霊が襲って沈めた船団から盗み取ってきた陸の細工に目を移す。 「…かかわりはせぬ…ただ…」

2018-08-15 23:12:17
帽子男 @alkali_acid

老婆はおもむろに泥濘にもぐり、底に隠しておいた略奪品を漁り始めた。

2018-08-15 23:13:18
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ ドゥドゥが贈り物に気づいたのは、海霊の祠にできたばかりの脚飾りを捨てようとしていた時だった。 塩辛い泉の縁に、見たこともない細工の腰飾りが置いてあったのだ。 「うわ!うわ!なんだべ!なんだべこれ!…あ、銀と金だ…網元の奥さんがつけてるやつ…」

2018-08-15 23:15:12
帽子男 @alkali_acid

鹿、弓矢を引く狩人。鷲。剣を構える武人。まるで知らない世界の意匠。 「うわー…うわー…うわー!!」 思わず掴んで、小躍りしてから、慌てて周囲を見回す。 「おらが…持ってたら…泥棒になるだ…だども…」

2018-08-15 23:16:27
帽子男 @alkali_acid

指でなぞり、額に押し付け、懸命に記憶する。 「かたちだけ、さわった感じだけ、持ってかせてくんろ…」 女児はぶつぶつと呟いてから、名残り惜しげに腰飾りをはなし、立ち去った。

2018-08-15 23:17:54
帽子男 @alkali_acid

ドゥドゥが作る飾りものにはすぐに変化があらわれた。 新しい世界からもたらされた、新しい意匠をすぐに吸収したのだ。 すると海霊の祠の贈り物は前にも増して多くあらわれるようになった。 剣、象嵌を施した瓶、甕、船首像の破片、織物、そして本。 本。水密の箱に収まった紙の巻物。

2018-08-15 23:20:17
帽子男 @alkali_acid

魔女の使う印とは似て非なる、模様の列。文字。 絵がふんだんに入った本を調べるうち、読み方が分かって来る。 ドゥドゥは夢中だった。魔女の勉強はあれだけ嫌っていたのに、よその土地から来た文物は貪るように学んだ。

2018-08-15 23:21:36
帽子男 @alkali_acid

金属をため、のばす方法、工具の使い方。貝や珊瑚の削り方。瑪瑙の磨き方。 必要な道具はいつのまにかそろっていて、使い終わると泉に放り込めば次回来たときにまた受け取れる。

2018-08-15 23:22:54