ストレイトロード:ルート140(36周目)
- Rista_Bakeya
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地図をなぞり迂回路を探していた時、私の後ろで背もたれが突然倒れた。停車中でよかったと冷や汗を拭いながら助手席の藍を見ると、決まり悪そうに下を向いていた。「どうかなさいましたか」「たいしたことじゃない」引っ込めた手が汚れているように見えた。座席の間に落とした何かを探していたらしい。
2018-07-20 18:53:59カーテンを開けた藍が小さく悲鳴を上げて固まった。見ると窓の外が無数の枝葉に覆われている。一晩で明らかに大きく育ち過ぎた樹木の周囲には大勢の人が集まっていた。「外に出るなら警察行ってきて」私に指示する声が震えている。「あの木を例の研究所に移植できるよう手配して。絶対欲しがる人いる」
2018-07-21 19:34:12出荷前の農作物を怪物から守ってみせた後、藍は疲労と眠気に襲われたのだろう、その場に膝をついた。だが彼女を助けようとした私の手は自ら振り払った。「暑い。触らないで」言葉を失う私に村の人が台車を貸してくれた。座る少女を畑に落とさないよう慎重に。台車を押す手は彼女を背負う時より震えた。
2018-07-22 19:32:40「地上は暑かろう、早くこちらにおいで」換気口を伝って届いた声は、地下道か何かの工事に携わる作業員だろう。こちらに浮世離れした響きで聞こえると知っているから怪談調の語りかけなのか。だが藍を見ると、悪ふざけに呆れるどころか真剣に謎と向き合う顔だった。「この下、誰もいない。通路もない」
2018-07-23 19:01:22報道の通りその都市は騒乱の只中にあるらしく、警察が全ての門と橋を封鎖していた。「壁の外に隠し通路があるから使え、だって」受信したメールを読み解いた藍が入口の場所を告げたが、私は発進しなかった。「旧式の車は通行可能か訊いてください」通路の高さ、排気の問題。この愛車には心配事が多い。
2018-07-24 19:05:16「乗り慣れてないの?」藍は軽く言うが笑い事ではない。久しぶりに漕いだ電動自転車は、走行の補助どころか負荷を掛けるばかりでただ重かった。電力供給が絶えてからもこれを使い続けるしかなかったのは解るが、せめて電動の部分を外せなかったか。「すぐ復旧すると思って」持ち主の一言はもっと軽い。
2018-07-25 19:17:37風向きが変わった瞬間、小鳥のさえずりが一斉に止んだ。屋根や柵や廃棄物の山、何もかもを止まり木にして並ぶ群れが微動だにしない。それだけでも充分に恐ろしい光景だが、その中心にそびえる大樹には一羽もいないのだ。「この辺に住んでる子が来る」藍が私の袖を引いた。風に乗って巨大な影が現れた。
2018-07-26 20:55:50大抵私より早く起きている藍が、今日はベッドから一歩も出ない。「動きたくない」彼女の額に触れたが高熱は感じなかった。「何もしたくない」寝返りを装って私の手を振り払われた。頭は働いている。「どうせ行っても無駄」その一言で意図を掴んだ。街を守る提案に耳を貸さなかった怠け者達への抗議だ。
2018-07-27 19:13:51連れ出した子供達の後ろを走る。確保した逃げ道は一つ、しかも今まで忘れられていた通路だ。出口の存在は藍が力強く保証していて誰も疑わないようだが、天井の錆や亀裂が気になるのは私だけなのか。「壁壊して後ろの足止めする?」「それはダメ」誰かの提案を藍が却下した。危険の認識は伝わっていた。
2018-07-28 19:43:23「具合が悪そうです、運転代わりましょうか」私に声を掛けてきた男はどう見ても親切心の裏に何かを隠していた。藍もそれを承知で運転席を預けたようだが、発進するなり態度を変えた。下手な運転が気に入らなかったらしい。「こっちが下手に出たら調子に乗りやがって!」「それとこれとは別!前見て!」
2018-07-29 19:13:16狭い農道を慎重に走る間、藍は周囲を見ては被害の程を嘆いた。川は干上がり、枯れた作物が畑に並ぶ。そんな環境を走る車内も非常に暑い。強引な天候操作が巡り巡ってこの地域に熱波をもたらした可能性を彼女は自覚しているのか。「熱線で焼かれるのは阻止したはずなのに」反省には至っていないようだ。
2018-07-30 19:27:32角を曲がると急な上り坂が現れた。地図には直線の道路が描かれているだけで、周囲には丘も高台も見当たらなかった。「道は合ってるから。まっすぐ進んで」助手席から藍が言うならアクセルを踏むしかない。上りきった坂の脇を見下ろすと、そこには行き場を失った瓦礫と土砂でできた沼地が広がっていた。
2018-07-31 18:45:41