【#バッテリー杉尾】よりぬきエピソードまとめ
-
nukomura_c
- 11780
- 80
- 0
- 0
![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
杉元と尾形はチームの在り方を大きく変えようとした 前監督時代は流れ作業的に行われるだけであったミーティングは時に講義と化す程の濃密なものとなった 勿論講師は尾形である 杉元は難しい言い回しを噛み砕いて説明するなど補佐に徹した 二人はそれを度々行う事で選手達に戦術を叩き込んでいった
2018-08-20 17:21:37![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
試合においては監督である杉元が決定権を握った 積み重ねられてきた経験は元々杉元に備わっていた勝負勘をより鋭いものにしていた 尾形はデータと理論を基にした助言を与えるなど補佐に徹した 時に意見がぶつかったが尾形は割と素直に引いた 勿論狙いを外した場合は皮肉を浴びせられる事になったが
2018-08-20 22:25:32![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
杉元体制の下迎えた新たなシーズン 順調な滑り出しを見せたチームはそのまま上位に留まった 杉元の的確な指示に従い尾形が浸透させた戦術を活かして動く それが上手く機能したのだ 優勝も狙えるかと思われたがもう1つの好調なチームが立ち塞がった 縺れに縺れた争いは相手チームに軍配が上がった
2018-08-21 21:16:37![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
CSはファーストステージは難なく突破したもののファイナルステージは僅差で追い抜かれ日本シリーズを前に敗退となった 新人監督の健闘を讃える声が多かったが落胆や失望の声も届いていた 杉元は選手達の前では平然とした顔をしていたが時折胸をぎゅうと握られるかの様な苦しみを覚える様になっていた
2018-08-22 00:07:00![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「……押し潰されてしまいそうだ」 尾形と隣り合って座りながら、杉元は深く長く嘆息した 「ある程度は覚悟していた事だけど、……こんなに重圧が掛かるなんて思いもしなかったよ」 「お前がそんな面をするなんて、成程確かに凄まじい重圧の様だな」 くく、と尾形が笑う 杉元はそれにジト目を向けた
2018-08-22 00:35:31![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
全く笑い事ではなかった ここ暫く寝付きの悪さが続いていた そして今は持ち直したとはいえ一時期食欲もなくなっていた 自分でも驚く程に精神的に参っていたのだ 尾形は呆れた様に鼻を鳴らした 「あんな有象無象の言う事を真に受けてどうするんだ」 「……そういうところは変わらないなあ、尾形は」
2018-08-22 13:01:11![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「とにかくだ そういう面をするのは俺が上に詰め腹を切らされてからにしろ」 杉元は口を噤んだ チームが不振に終わった時真っ先に責任を負わされるのは大抵ヘッドコーチだった 「……そういう面をするなと言っただろ 今も俺の首は繋がってる 流石にこの成績でそんな事をする程上も馬鹿じゃあない」
2018-08-22 13:16:26![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
尾形の指先が自らの首を撫でた 「下らねえ悩みに費やす様な暇があるならそれを次のシーズンをどうするか考える方に回せ 監督である限り周りに何を言われようが上に辞めろと言われるまでは立ち止まる事は出来ねえんだからな」 そして杉元の肩に手が置かれる 杉元はそこに手を重ねた 「……そうだな」
2018-08-22 17:20:33![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
尾形は満足気に笑った その笑みに、杉元は胸の苦しみが薄らいでいくのを感じた 「尾形が傍にいてくれて本当に良かった」 「それは何より」 杉元は肩に置かれた尾形の手を取り、握った 「どうかこれからも一緒に戦ってくれ」 「言われずともそのつもりだ」 尾形が手を握り返す 2人は静かに笑い合った
2018-08-22 19:39:55![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
チームは新たなシーズンに向けて始動した ここ数年で一番の成績を残した事もあってか選手達のモチベーションは高かった 最早恒例であるミーティングで行われる講義は各々板書を写すのが常となった 選手からの発言も増えた 杉元は勿論尾形も可能な限り応えた 戦術の理解に加え結束も深まっていった
2018-08-22 20:25:44![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
『今は種を蒔くだけでいい 必ず何時か芽が出る』杉元は嘗ての尾形の台詞を思い返していた あの時自分はそれは何時になるのかと尾形に尋ねた 全く以て見当がつかなかったからだ それがまさに今芽吹き花開こうとしている──生き生きと躍動する選手達を眺めながら杉元は気分が酷く高揚するのを感じた
2018-08-22 20:51:18![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
開幕から暫らく各チームは混戦に揉みに揉まれた そこから抜け出したのは杉元達のチームだった 前シーズンに引き続く戦力と戦術の噛み合いに加え若手の台頭と燻っていた選手の覚醒が重なった 混戦を抜け出した後は高度を保ったまま推移した 2位との差は徐々に開きやがて圧倒的なものとなっていった
2018-08-22 21:34:17![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
杉元や尾形ですら経験のない程のゲーム差 残ゲーム数が減るにつれ周囲は勿論チーム内にも何処となく浮かれた空気が漂った 杉元もまた例外ではなかった 冷静を保とうとするものの何処か心が浮き足立った そんなチームに喝を入れたのは尾形だった 尾形が傍にいてくれてよかった 杉元は改めて思った
2018-08-22 22:05:42![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
8月中旬を過ぎる頃マジックが点灯した 優勝への道を前に尾形は改めて選手達の気の引き締めを図った それが功を奏したのかチームは概ね順調にマジックを減らしていった 一時期連敗しマジックが消滅したが何とか踏み止まった 再点灯後は勢いのままに減らしていき──そしてついにその日を迎えた
2018-08-22 22:47:13![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
優勝マジック残り1、チームが勝てば優勝となる本拠地戦 スタジアムのホーム側スタンドは優勝の瞬間をこの目で見ようと集まったファンで埋め尽くされていた 試合は競った展開となった プレーへのファン達の一喜一憂する声が何時もより大きく聞こえる様でダグアウト内にも若干異様な空気が漂っていた
2018-08-22 23:20:51![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
この試合はカード最終戦でもあった 負ければ本拠地優勝を逃す事になる 何処で成そうが優勝には変わりない けれど確実にファンを落胆させてしまう 負けられない──杉元は緊張が滲むのを抑えられなかった その時尾形に背を叩かれた 「お前がそういう面をしていてどうする 背を伸ばして前を向け」
2018-08-22 23:32:47![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
そう告げてくる顔をちらりと見下ろす 尾形は何時もの涼しげな顔でグラウンドを眺めていた その変わらぬ表情に安堵が湧いた 有難うと返して深呼吸する 同じ様にグラウンドに目を遣ると視界がクリアになった気がした チームは相手を僅かにリードした状態で試合を進めていった そして9回表に突入する
2018-08-22 23:48:45![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
ここを抑えれば優勝 選手達はダグアウトの縁に身を乗り出す様にして待機しその時を今か今かと待っていた マウンドに上がった抑え投手はシーズン中何度もそうしてくれた様に打者を空振り三振させまたゴロにしてあっさりと打ち取った ダグアウトに立つ杉元と尾形の目に2つ目の赤が灯ったのが見えた
2018-08-23 00:33:07![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
次の打者が打席に立つ 最後の打者にはなるまいとしているのか気合が入っていた ボール球を見送りカットを繰り返し只管に粘る 遂にはフルカウントに持ち込まれた 観客のボルテージは跳ね上がった 張り詰める緊張感の中投手が投球する 打ち返された球は平凡なフライになり野手のグローブに収まった
2018-08-23 00:54:08![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
その瞬間ダグアウトにいた選手達は勢いよくグラウンドへと飛び出していった 投手と捕手の元に一斉に駆け寄る 喜びに湧く彼らの姿を横目に見ながら杉元達は他コーチやチームスタッフと抱擁や握手を交わした そしてグラウンドへと出て行く その姿に気付いた選手達は満面の笑みで杉元を取り囲んだ
2018-08-23 01:12:46![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
そして始まる胴上げ 多くの選手達の手によって杉元は宙を舞った 地に降りた杉元を今度は万雷の拍手が包み込んだ 選手達だけではない スタジアム全体で鳴り響いていた その只中で笑みを浮かべながら杉元は尾形の姿を探した ふと目をダグアウトに向けるとそこから杉元を見つめる尾形の姿があった
2018-08-23 01:24:36![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「何でこっちに来なかったんだよ」 「柄じゃねえ」 祝勝会までの空き時間 尾形にそう言い切られて杉元は頭を掻いた 「主役はいたんだから問題ねえだろ」 そういう問題じゃない その言葉を杉元はそっと呑み込んだ 「しかしまあ──やり遂げたな」 祝勝会を前にはしゃぐ選手達を眺めながら尾形が呟いた
2018-08-23 01:31:25![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
「2年目で此処まで来たなら悪くはねえだろ あちこち駆けずり回った甲斐があったってもんだ」 その言葉に杉元は一抹の不安を覚えた 尾形の横顔を見つめる 少し躊躇った後口を開いた 「……やるべき事はなくなったなんて言わないよな?」 尾形は驚いた様に目を丸くした 「今年で身を引くつもりか」
2018-08-23 01:43:52![](https://s.togetter.com/static/web/img/placeholder.gif)
杉元は首を横に振った 「違う」 その返答に笑みを浮かべると尾形は杉元を真直ぐ見つめた 「なら心配するな お前がそこにいる限り俺もこの場に留まってやるさ ──あの時言った様にな」 全身全霊を注いでお前を支えてみせる 杉元の脳裏に尾形の言葉が蘇る 先程感じた不安は一瞬で霧散していった
2018-08-23 02:24:57