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高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz
この、ラインを引いた部分に、小説と漫画や映像作品の物語の進行速度やそのシーンにかける労力の差がよく表れてると思う。 これが、小説の映像化が難しいことの証明でもある。 pic.twitter.com/5bMPbRWdeD
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高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz
でも、この意味を指摘されずに理解できる人ってあんまりいなさそうなんだよね。指摘されて初めてああってなる知識だと思う。
高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz
で、ちょっとこれについての解説をしたいと思う。受け売りばかりの知識からの論の組み立てなので申し訳ないが。
高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz
まず、小説(文字媒体)と絵、あるいは映像媒体の差について説明した方が早いと思う。 結論から言うと、以下のようになる。 小説などの文字媒体は、読者に想像させる事で情報を伝える娯楽媒体。 漫画や絵、映像媒体は、小説で想像させていた部分を形にして提供する娯楽媒体。
高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz
例を挙げると、以下になる。 俺は、友人に言われたその屋台ラーメンをすすった。 美味い。食堂で食べるラーメンのような素っ気なさの中に、鶏ガラや野菜の出汁が程よくブレンドされた確かな旨味がある。 俺は夢中で口にかきいれるように食べ、気付いた時には丼に汁一滴残っていなかった。
高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz
つまり、これがどういうことかというと、食べているラーメンがどう美味いのかを伝える事で、読者の中にあるラーメンの味を思い出させるのだ。 それが、小説の情報の伝え方になる。 ただ、問題が一つある。 この美味い情報を、読者が得ていない場合だ。
高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz
そうなると、もうお手上げだ。どうしようもない。 ここが致命的な文字媒体の弱点で、共通認識が読者との間にできていなければ、そんなにうまそうじゃないなぁ、となってしまうのだ。 それを防ぐためのテクニックはあるにはあるが、それは置いておく。
高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz
これを漫画や映像で描くと、手間がかかると思う。それも相当な。 孤独のグルメ以外のグルメドラマ(食レポドラマ)が、どれもイマイチなのもここに理由があるわけだが、それはともかく。 このスレッドの冒頭にあげたものも、先ほどのラーメンの描写と同じことだ。
高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz
つまり、言葉は絵ではない。絵ではないからその絵を想起させる文章を書かなければならない。そしてそれは、むりやりビジュアル的な表現を用いることではない。 相手の知識という戸棚を文字で引き出し、思い出させるか類推させ想像させればいいのである。
高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz
そこで、最初の方で述べた結論の話になってくる。 つまり、冒頭の場合、幾人もの人間がわらわらと一人の男を取り押さえるために殺到したことを伝えればいいだけだ。 犯人の細かい描写など必要ないし、取り押さえる男たちがやれ足にタックルしただのなんだのといった描写も必要ない。
高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz
だから、読者が想像する部分を肩代わりして描写する必要のある漫画や映像作品はここで苦労するということになる。 もちろんこれは小説と漫画、どちらが優れているかという、優劣の決定の話ではない。表現方法が違う、というだけの話だ。
高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz
締めが思いつかないな(笑)。慣れないことはやるものではない。 兎も角、この手の小説の描写はだからこそ映像作品と違って特殊で、筆者の取捨選択も重要になってくるし、読者に伝える情報の圧縮度も肝要になってくるというわけだ。

コメント

ティルティンティノントゥン @tiltintninontun 9月6日
「突然起こった引ったくりの、犯人を捕まえる人の内面を微に入り細に入り描写する作家」っていないかなーと考えて、筒井康隆をイメージするんですよ。一方で星新一はそういう詳細な内面って書いたっけ?と思い出せず(繊細な描写ならすぐ思い出せる)、それが星新一の後継者はいても「第二の筒井康隆」は聞かない理由かなと。
トゥギャッターまとめ編集部 @tg_editor 9月6日
@ponzz 本日の編集部イチオシに選ばせていただきました!ラーメンの味の例えがわかりやすかったです!特集ページでも紹介しています。https://togetter.com/recommend みてね!
高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz 9月6日
tg_editor あ、ありがとうございます。ただ、漫画や映像作品にもシーンの省略形があると指摘されたので、そこに触れていないから誤解を招きやすいかもしれないと(汗)。ともかくありがとうございます。
高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz 9月6日
tiltintninontun それは情報の取捨選択です。その描写が必要なら書くし、不必要なら書かない。それだけの話だと思います。
かつま大佐(要冷蔵) @kamiomutsu 9月6日
ラーメンの例は分かるけど、最初の小説のはよく分からない。映像化するのに困難をきたす描写が含まれている例とは思えない。
高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz 9月6日
kamiomutsu 何人もの人が犯人を取り押さえようとする行為をまともに漫画に書いたりアニメにしたり俳優に演じさせたら、かなりの労力が必要になる、ということですね。何人かの小説家の小説が、映像化できないと言われる原因です。ただ、これはあとで友人から、漫画なら省略形があるのでさほど苦労はしないと言われました。
高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz 9月6日
kamiomutsu 続きです。なので、冒頭のこれに関しては、少々的外れだったと自分でも思っております。汗顔の至りです。申し訳ありませんでした。
mikumiku_aloha @mikumiku_aloha 9月6日
菊池秀行さんの「いかなる怪異が成せる技か」とか、事象の具体的な説明は一切していないけど「怪異」を読者に想像させる表現。
switch1 @matome1653 9月7日
小説なら1分2分ありゃ書ける描写だけど、漫画で描いたら最低半ページは使うだろうな…
08_Reader @08_Reader 9月7日
matome1653 詰めれば3コマでいける「転ぶコマ」「ハッとするモブと飛びかかろうとするモブがいるコマ」「犯人が取り押さえられた後ろから警官が駆けつけるコマ」
08_Reader @08_Reader 9月7日
映像でも「飛びかかるカット」→「切り替わって、既に折り重なって取り押さえ終わったカット」でいけるね。仮面ライダーや戦隊モノでよくある「シーンの切り替わり直後に、何か知らんけどダメージ受けてふっとばされたヒーローが地面を転がる演出」とかもそれまでの戦闘シーンを丸っと想像に任せて省略しちゃってるわけだし
ヘボピー @hebop_ 9月7日
ギャグ作品の場合、漫画だと最後に大オチで終わりにできるけれども、アニメの場合それだとぶつ切り感が強いので後ろにシーンを付け足す場合などがありますね。例えばこち亀の部長怒鳴り込みオチは、アニメだとそのあと逃げる両津を部長が追いかけるシーンが足される場合がありました。
さどはらめぐる @M__Sadohara 9月7日
まとめを読む限り、ドラマ制作の現場を知らない人の発想かな、とTV関係のお仕事をしている私は正直思ってしまった。小説の映像化よりも映像の小説化のほうが難しんだよ、実際は。小説から共通の映像を思い浮かべるよりも、映像から共通の感情を思い浮かべるほうが、ずっと難しいからね。
さどはらめぐる @M__Sadohara 9月7日
アニメであれ、特撮であれ、映画であれ、脚本家が殺陣まで考えるのはごくまれ。現場なり役者のスキルを考えて、専門職を置くのが通常。
苺花見に欲をかけたらラッキー7 @adgjmpt_1011110 9月7日
小説と比較するためなのかもだけど、漫画と映像作品を一緒くたにしてるのはおかしいと思う。
easyiizi1111 @easyiizi1111 9月7日
その点やっぱのだめカンタービレ(漫画版)は偉大。
さどはらめぐる @M__Sadohara 9月7日
アニメなら絵コンテの段階で、実写なら撮影稿の段階で、カット割りをする。アニメの場合は絵コンテの時点で放送枠に沿った尺にある程度までもっていかないといけない。アニメに比べると実写はまだ編集の余地があるけど、足りないものを後で撮りなおすのは役者のスケジュールを考えると厳しいので、多めに取らないといけない。小説しか知らない書き手はカット割りとか尺を考えないから、読者から「無駄な形容とか描写」を指摘されても、その意味を理解できない人が多い。
苺花見に欲をかけたらラッキー7 @adgjmpt_1011110 9月7日
小説、漫画、映像作品に加えて、ラジオドラマ・CDドラマとかの「(絵や映像の無い)音声作品」も加えて考察してみたらいいと思う。
さどはらめぐる @M__Sadohara 9月7日
小説には心理描写のよう直接映像化できないものを多量に含むので、脚本家のように原稿1枚何秒という感覚をつかむことはできないしそれを他人から要求されることもないので、あまりカット割りだの尺だの気にして書かないほうが良い。小説の良いところは死ぬ直前の記憶の走馬燈で本を10冊かいたり、100歳まで生きた人の一生を「いろいろあった」の一言で片づけられる「時制からの解放」もそのひとつなのだから。
巳堂鷺之丞 @saginojoh 9月7日
映像化できないと言われると「葉桜の頃に君を想うということ」をおもいうかべる。
み(Togetter) @Togetter11 9月7日
例えばちば拓「キックオフ」での長々とただ見つめ合うシーンをどう小説で表現するか。って考えたらこの論の不毛さが分かる。文字表現には文字表現の、映像表現には映像表現の強みがあるわけで。あと映像化が面倒って書いている乱闘はむしろ映像化は簡単な部類では?叙述トリックでしょうよ例にだすなら
ざわ @zawayoshi 9月7日
それ考えたら本当はいろいろな手続がありちょっとした時間経過や演技が必要な場面のはずなんだが「合体」の2文字で済ませていた釣りバカ日誌は本当に秀逸だったんだなぁと。
高嶋ぽんず@超健全アカウント @ponzz 9月7日
M__Sadohara 大変示唆に富み、なおかつ理のあるご指摘、ありがたく拝読させていただきました。何度も読んで、血肉にさせていただきたく存じます。ありがとうございます。
みっくす・じゅーす @mixjuice_100cc 9月7日
異世界スマホの二期が出ないのは二万体を超えるフレイズだと思っております
fullbocco @fullbocco_bokko 9月7日
最近コミック原作の邦画が増えて小説媒体の実写映像化が減ってるのは邦画制作陣に追体験の経験や想像力が不足してる人間が増えてるからなのでは?とも思ったり。アニメ化に関しては玉石混交だけど、主にギャグ系の作品で多いのだけれどたまに文章での小ネタやパロディ描写を補完するような「そこまでやっていいのか!?」って素晴らしい作品も生まれたりするわけでそこが面白いなあとも感じている。
笹かま @voyageur105 9月9日
Twitterでいつも思うことは、いろんな話題かあるけれど、こんな呟きという媒体だけで語れる訳がないのがほとんどだということ。即、思いを発信できる良さはあるけれど。小説と、漫画や映像をくらべる前に、Twitterじゃその考えの半分も伝えられないでしょ、考えてしまいます。
キケリキー @KIKERIKI17 9月11日
昔の小説を読むと、何の色だかわからない色表現や、どの時刻かわからない時節表現などあり、小さい頃父の蔵書でアルセーヌ・ルパンの小説を読んだ時、困惑した記憶がある。星新一さんが、時代に合わせて書き直していたというのも、その信条からすれば頷ける話。
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