苔のむすまで(風見と千代)

風見と千代の話
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とり @sssupple

「サイユウセンがビョウキのことでも、日本のヘイワのことでもいいです。おむかえもなくていいし、サンカンビに来なくたっていいんです。千代がしあわせだったらいい親です」違うかどうかの問い掛けもされなかった。誰が何と言おうと、それが答えなのだと空色の瞳をキラキラ光らせながら伝えてくれる。

2018-09-03 00:39:31
とり @sssupple

「千代は、日本を守るパパと風見をとてもソンケーしています。だからおしごとをいちばんにしてほしい。それで、いっしょに居られるときは、たくさん千代をだいじにしてください。やりたいこともたくさんあるので、いっしょにやってください」「千代さん、それは、我慢じゃないですか?」

2018-09-03 00:45:56
とり @sssupple

「ガマンするのはホカの子もいっしょです。ガマンするから、ガマンした後はたくさんあまえさせてくれたらいいです」なんて出来た子なのだろう。しっかり自分が出来上がっていて、完全に風見が助けられている。「あ、風見はいっぱいガマンしそうだから、千代があまえさせてあげますね」

2018-09-03 00:49:52
とり @sssupple

「千代さん、凄いですね。尊敬します」「ホントに?」「本当に」「やった。風見のそんけーする人の一人になれた!パパといっしょ!」不意に見せる子供らしい顔に、表情が緩む。無理も我慢もしていないその顔を見ると風見も安心できる。

2018-09-03 00:55:24
とり @sssupple

「千代にとって風見はいい親だから、そのままでいてください」「そのままでいいんだ?」「いいですよ。もっと言うなら、本当のお父さんになってくれたらもっといいんですけど」「そこは譲れないので諦めてください」「ちぇーっ」「ほら、早く寝なさい。明日は遠足ですよ」「はーい」

2018-09-03 00:58:34

***

とり @sssupple

「風見、おはようございます。今日は朝からですよね?」「……そうですね、」「コーヒーの他に何か…いえ、何か食べないといけないですよね。トーストだけやきますね」「はい」放っておくとまともな食事をしないというのは誰に聞いたのか。どちらが面倒をみてもらっているのかわかったものではない。

2018-09-03 09:03:23
とり @sssupple

「今日は帰って来る予定はありますか?」「今日中になるかどうかはわかりませんが」「それなら、ばんごはんは用意しておきますね。遅くなったら冷蔵庫に入れておくので、温めてください」「ありがとうございます」本当に頼りになる。あの一件がなければ親代りがこれでいいのかと悩むところだ。

2018-09-03 18:25:49
とり @sssupple

「風見、一つ聞いてくれますか?」「なんですか?」「わすれて何日もすぎてから気がついたら風見がショックでたおれかねないので言っておきますが、明後日が千代の10歳のたん生日です」「ありがとう、助かった」正直、忙しさにかまけて忘れるところだった。

2018-09-03 18:28:08
とり @sssupple

自分の誕生日は気にかけないが、千代の誕生日は祝ってやりたい。盛大にパーティをすることはできないが、せめてケーキを一緒に食べてプレゼントを渡したいと思う。そして、残念なことにプレゼントもまだ何も用意できていない。毎年千代に聞いても別にいらないと言われているから心底困るのだ。

2018-09-03 18:30:24
とり @sssupple

風見は千代が喜びそうな物を知らない。なにを渡せばいいのかなんて全くわからなくて、だから毎年千代の誕生日には休みを取る。家で出迎えて、テーマパークや動物園の親子チケットを渡す。そして、ほんのたまに珍しく二人の休みが合致した時や、風見が早く帰れた日に二人で出掛ける。

2018-09-03 18:34:10
とり @sssupple

物より思い出なんてよく言ったものだ。風見は写真を残せないし、持ち歩くこともできない。ただ、千代の写真を撮ってデータとして残しておく。帰りに誰に渡すわけでもない食べられるお土産を買って、向こう数日のおやつや食後の一服で食べるのは二人のちょっとした贅沢だった。

2018-09-03 18:36:39
とり @sssupple

「千代さん、誕生日プレゼントは何がいいですか?」「今年はね、おねがい事があります。たん生日になったら言いますね」「ものではなくて、ですか?」「物でつられるような軽い女だと思われていますか?」「大変失礼しました」冗談めかしながら口にした千代は、キッチンに戻っていった。

2018-09-03 18:45:07

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とり @sssupple

「チケットのキゲン、ギリギリで間に合ってよかったです」「すまない」「いそしいのは知っていますから。行きましょう!千代は」「イルカだろ。千代がいつも順路を無視して真っ先に行くのはよく知ってる」入り口を入ってすぐ千代に手を引かれ、イルカショーの会場に向かう。

2018-09-04 12:09:48
とり @sssupple

千代の誕生日プレゼントは水族館のチケットにした。それから半年。やっと来られた日は期限もギリギリで、後三日でただの紙屑と化すところだった。そうなったところできっと千代はお願いを聞き届けた時点で気にしていないのだろうけれど。

2018-09-04 12:17:15
とり @sssupple

「風見。千代のおねがいは、ケイゴをやめてほしいことと、さんづけをやめてほしいことです。カンタンでしょ?」そういえば。気がついたら敬語がベースになっていた。特に意識してはいなかったが、どうやら上司の娘という部分は守ろうとしていたらしい。

2018-09-04 12:34:26
とり @sssupple

「ケイゴをおぼえたかったので、今まではいいかなって思ってたんですが、でも、やっぱり、キョリがあるなって。風見はお父さんの代わりなので、ヨケイなキョリはなくしたいです」風見も意識したことはなかったが、もしかしたら寂しい思いをさせていたのかもしれないと、内心少し詫びた。

2018-09-04 12:46:00
とり @sssupple

「敬語、覚えたかったのか」「ケイゴは人に会う時の、一番最初のブキでボウグで、身につけておいてソンはないって、パパに言われました」「あの人は子供に何を言ってるんだ」間違ってはいないけれど、それを当時小学一年生の子供によく言ったものだ。そして千代もよく身につけたものだ。

2018-09-04 12:53:08
とり @sssupple

「なので、千代はケイゴをがんばっておぼえますけど、風見は風見らしく千代と話をしてください」「わかった」嬉しそうに笑った千代の顔はきっと忘れない。一番のプレゼントだとすら言われた。二番目のプレゼントもなんとか喜んでもらうためにと、ショーが見やすい座席を探す。

2018-09-04 12:59:03
とり @sssupple

中央の前から4段目。この辺りが見やすいだろうと二人で話しながら座る。イルカに向けて手を振ったり、拍手を送ったり。楽しんでいたのだが、目の前にどうも人がいないのが気になる。そしてフィニッシュのジャンプで、わかった。

2018-09-04 13:10:17
とり @sssupple

来たばかりで全身がしっかりと濡れてしまった二人は、目を見合わせて笑うしかなかった。

2018-09-04 13:10:27

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とり @sssupple

走ってやってきた小学校の校門に居たのは、千代一人だった。卒業式は午前中で、今はといえば太陽が空をオレンジ色に染め始めている。千代の前に辿り着いた時には息が出来ない程に苦しくて、自分の歳を感じてしまった。「風見、大丈夫ですか?」返事が出来ずに、手のひらを見せるのが精一杯だった。

2018-09-05 19:29:05
とり @sssupple

「だから無理して来なくても大丈夫だって言ったじゃないですか。元々お休みを取ろうとしてくれたのも知って居ますし、それくらいで親失格のラクインは押されたりしませんよ」「だが」「風見の母が写真も撮ってくれましたし。あとは何が不満ですか?」何がって、そんなものわかりきっている事だ。

2018-09-05 20:02:38
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