ゴブリンのとりかえっ子が帝国随一の剣豪になりあがる話

帽子男 @alkali_acid

ゴブリンはね。ほんと卑劣。牛乳はすっぱくするし、麦酒は盗み飲むし、子供もさらうんだよ。しかも生まれたての赤ちゃん。とりかえっこって知ってる？チェンジリング。ゴブリンの子供とね、人間の子供を交換するの。こっそり。

帽子男 @alkali_acid

ひどすぎない？てか親気づけよ！なんで気づかないんだよ！ 子供がいきなり緑肌に黄色い三白眼でギザギザの歯と鉤鼻のいやらしい化物に変わるんよ？おかしない？おかしない？ と思うけどファンタジーだからしょうがない。

帽子男 @alkali_acid

魔法の力が働いてるから。 ゴブリンもね。魔法が使える訳です。いや使えるやつもたまにいる。あるいは魔法の道具をどっかから盗んできたのか。 それで赤ん坊に魔法をかける。ゴブリンの赤ん坊をさらった人間の赤ん坊そっくりに変えて、揺り籠に置いていく訳。ひどいよね。 托卵かよ。

帽子男 @alkali_acid

ところでゴブリンのチェンジリングとしてさらわれた人間の赤ん坊はどうなっちゃうのかな。ご飯にされちゃうのかな。奴隷にされちゃうのかな。それともゴブリンとして育てられるのかな。ずっと赤ん坊の姿のままどこかで眠っているのかな。

帽子男 @alkali_acid

赤ん坊が欲しいのにいない人間のところに売られるのかな。

帽子男 @alkali_acid

どうなんだろうね。 分からない。 ひょっとしたら、幸せに育つこともあるのかもしれない。 ルンみたいに。

帽子男 @alkali_acid

ルン？誰？ おばさんがつけた名前。おばさんはね。冒険者。 ゴブリンのチェンジリングとしてさらわれてきた人間の子供をね、育てたの。 ルンがどんな子かって？褐色の膚と黒い髪、黒い瞳をして、よく笑う元気なおちびさんだよ。

帽子男 @alkali_acid

おばさんの仲間には人食いの一族の出なのに菜食主義なオーガとか、昼のあいだは日の光を浴びると石になっちゃうくせに朝日を見るのが好きなトロールとか。風変りな仲間がたくさんいたからね。ゴブリンのとりかえっこになった人間の子供ぐらい養える。

帽子男 @alkali_acid

あと仲間って訳じゃないけど、三人組のゴブリンがよく合流した。こいつらは普通のゴブリン。全員男。ルンに汚い言葉や盗みを教えようとしてはおばさんににらまれてた。 「ルン、いいこと教えてやる」 「強盗はな。小便や大便してるところを襲うんだ」 「うしろからさケケケ」 「蹴とばせククク」

帽子男 @alkali_acid

おばさんは二本の広刃の短剣をぶん回しながら小鬼を追い払うね。 「ルン！あんたは立派な血筋の立派な貴人になって、幸せに暮らすんだよ。あんなクズどもに耳を傾けちゃだめだ」 「おもしろいのに。ねえ、ゴブリンタウンにいきたい。腐肉漁りの鴉の兄弟団てすごい」 「とんでもないよ！」

帽子男 @alkali_acid

「いいかい。腐肉漁りの鴉の兄弟団てのはね。極悪非道の連中だ。ゴブリン族の中でも、きわめつけにずる賢くて、すばしこくて、底意地が悪くて、血も涙もない、血筋も最低の、ろくでなしだけがなるんだよ」 「かっこいい気がする」 「だめだめとんでもない。ゴブリンの男なんかありえないよ」

帽子男 @alkali_acid

「人食いのオーガにも、乱暴もののトロールにもいいところはある。でもゴブリンだけはだめだ。人間ならゴブリンと親しく付き合うのだけはやめときな」「おばさんは仲良し」 「しかたなく利用してるだけだよ！いいね！ゴブリンだけはだめだ」

帽子男 @alkali_acid

ルンは素直だったので言うことを聞いた。あんぐりあけたオーガの牙を磨いてあげたり、昼のあいだ石になっていたトロールに鳥がした糞を洗い流してあげたりした。 おばさんはルンにできる限りのことを教えた。読み書きや算数、砂漠の生き物のこと、荒れ野の生き物のこと。

帽子男 @alkali_acid

「ああ、貴人のふるまいを教えてやれればねえ…そうだ！」 都会にいくと、そっと行儀作法の先生のところへ連れて行き、大金を積んで言葉遣いや振る舞いをなおさせた。ルンはなんでもすぐ覚えた。 「おばさま。私おなかがすきましたわ」 「上手だよ！ルン！」 「おなかへった」 「ご飯にしよう」

帽子男 @alkali_acid

ルンは楽しかった。おばさんもオーガもトロールも、ぜったいだめ！なゴブリン達も好きだった。 でもルンがまだ小さいうちに皆死んでしまった。深紅の衣をまとった刺客の群が襲ってきて、力持ちの大鬼を切り刻み、すばしっこい小鬼を串刺しにした。

帽子男 @alkali_acid

「…頭目の女は逃げたようです。深傷を負っていますが」 「追え。必ず仕留めろ」 刺客の長は返り血を浴びて立ち尽くしているルンを認めた。 「チェンジリングか。人間の」 「…なん…で」 「こやつらはゴブリンタウンの密偵だった。哀れな子。魔に囚われてさぞや心細かったろう」

帽子男 @alkali_acid

刺客達は話し合った。 「長…どうします」 「…瞳を見ろ。この子は英雄の血を引いている」 「ならば、三日月の運び手になれるかもしれませんね」 「育てるとしよう。正しい道に戻るようにな」

帽子男 @alkali_acid

ルンは知った。自分が、かつて古き闇という巨悪を滅ぼした英雄の子孫だということを。 子孫は星の数ほどいることを。英雄は聖なる三日月をふるって闇の国の君主を斃した後、故郷に凱旋し、帝室の祖となったが、色を好み後宮に抱えた妃は三千人。さらに巡幸のたびに行く先々の女に「恵」を与えた。

帽子男 @alkali_acid

帝国には英雄の血を引くものはあまた。それぞれが伝説の武器を振るう資格を持つ。だが実際に、闇を裂く光の刃を操れるにたる資質を持つものはわずか。 三日月の運び手は、帝国の敵を討つ刺客の集団であると同時に、英雄の子孫から、後継を育てるための結社だった。

帽子男 @alkali_acid

最終の目的は、いつの日かありうるやもしれぬ古き闇の復活を阻むためだった。 三日月の運び手に加わったルンはみるみる頭角をあらわした。剣の技では男にもひけをとらなかった。もう一人の有望な候補である少年ムンとはいつも実力伯仲の間柄。

帽子男 @alkali_acid

「ルン。お前は強い。でも聖なる三日月刀を授かるのは僕だ」 「あら、どうしてそんなに熱心なんですの」 「いつかゴブリンタウンを滅ぼすためだ…僕の家はあそこに近い、辺境にある農家だった」 「家の話はしないのが掟でしょう」 「お前には聞いてほしいんだ」

帽子男 @alkali_acid

「では気のすむようになさいな」 「祖父の代にゴブリンを追い払い、拓いた土地だった…奴らがいるあいだは貧しく寒々としていたが、祖父と父が苦労して豊かな畑と牧を作った。だがある日ゴブリンどもは戻ってきた。僕等の家を焼き…父や母を…」