けいおん!英語SS翻訳「愛が孵化する冬」
- yuri_no_meikyu
- 1317
- 4
- 0
- 0
「正直、まだ信じられない。私たちがあんなコト、しちゃったなんて」 澪がコーヒーカップを見つめながら微笑んだ。 「わかる、あたしもちょっと妙な感じだもんな。ほら、こんな事までできちゃう」 「ひ、人前でキスなんかするなっ!」 小声で叫んだ澪だったが、真っ赤になった笑顔は隠せない。 122
2018-11-03 18:48:53「ほっぺたくらい良いだろ!」 「心の準備ってものが!」 「だったら昨日の晩は」 「思い出させるなぁ!」 「イヤだった?」 「そんなこと訊くなってば!」 「じゃあ、澪は今、何考えてる?知りたいな」 123
2018-11-03 18:56:32会話の続きの代わりに、二人はクスクス笑い出した。そういうことだ…。二人とも何年も回り道をしてきた。いつだって二人は一緒だった。いつだって二人は傍にいた。…でもこうしてセックスのことまで気軽に話せるくらいに、二人はようやくここまで近くなった。 124
2018-11-03 19:38:03カフェの暖かな照明だって、今の二人の間の熱さには足元にも及ばないだろう。 30分ほどして、律がケータイを見た。 「そろそろ時間だな。もうみんな集まってる頃だ」 125
2018-11-03 19:40:43コーヒーで温まった二人は公園へと向かった。五分かそこらで仲間たちと合流できるだろう。律と澪は手を繋いで、雪の通りを歩いていった。向かいから歩いてきた同じように手を繋いだ若いカップルはお喋りに夢中だった。 126
2018-11-03 20:47:35公園が視界に入った所で二人は手を離した。ムギが手を振って、お手製のクッキーの箱をまるでトロフィーか何かのように掲げているのが見えた。 「あたしがクッキー一番乗りだっ!」 律が叫んで、澪を置き去りにしてドッと駆け出した。 「おい待てっ」 澪が雪道に滑りそうになりながら後を追った。 127
2018-11-03 21:01:53二人はほぼ同時にムギの元に辿り着いた。ブロンドの少女は笑いながら、クッキーの箱を二人の頭上に差し上げた。 「みんなの分までたっぷり作ってきたから」 そう言ってムギはニコリと笑った。 128
2018-11-03 21:12:05唯がぴょんぴょんと左右に跳び、ちょっとつまずきながら、やって来た二人に挨拶した。梓も滑るようにやってきて、まるで中学生のように見えるかもしれないという不安など無さそうだった。公園のベンチの雪を払い、少女たちはクッキーとサーモスの紅茶を分け合った。 129
2018-11-03 21:29:03「おいムギ、まさかこれにはアルコールなんか入ってないだろうな?」 疑り深そうに、律がお茶のサーモスの匂いをかいだ。 「あんなのはもう飲みたくないからな」 「だいじょうぶよ、これはただのお茶だから」 ムギが笑ってそう言うと、律はホッと安堵して、最高に温かなお茶に口を付けた。 130
2018-11-03 21:35:12「律ちゃん隊長、澪ちゃんも」 唯が焼きたての甘いクッキーを頬張りながら言った。 「二人とも昨日はお泊まり楽しかった?」 131
2018-11-03 21:37:53律は口からブッとお茶を吹き出し、澪は顔面蒼白になった。唯の質問と、その答えを二人がたぐり寄せるまでの一瞬は、現実にはほんの数秒でしかなかったが、二人にとっては宇宙の誕生から人類史の開始までの時間にも匹敵した。律と澪はちらっと顔を見合わせたが、すぐに顔を紅くしてそっぽを向いた。 132
2018-11-03 21:47:16「いや、あの、その、楽しかったよ、お泊まり、楽しかったな-(棒)」と律は早口で言った。 「そ、そ、そうだぞ、一緒にぐっすり寝ただけだからな、は、ははは」 澪はいつもの神経質にもまして、びくついたように言い添えた。 133
2018-11-03 21:52:18ムギと梓は、唯の問いかけへの二人の思いも寄らない反応に思わず息を呑んだ。(ムギは歓喜で、梓は気まずさで、の違いはあったが) だが朴念仁の唯ときたら何も気がつかない。唯はどこか困り顔の律と澪を見つめた。 「お泊まりで他には何もしなかったの?」 134
2018-11-03 22:04:11律はベンチのテーブルに頭をガンとぶつけた。澪はいたたまれずその場をちょっと離れた。唯がもし自分のしでかした事の意味を自覚していたら!だが、無邪気な少女はちょっと肩をすくめてクッキーをかじると、自分の質問したことなどすっかり忘れ去ってしまったようだった。 135
2018-11-03 22:11:23夜が深まり、また雪が降ってきたので、少女たちは今夜はお開きにする事にした。 「お休みっ」と律が後ろから手を振った。ムギは迎えに来たリムジンに乗り込み、唯と梓も一緒に送ってもらえることになった。三人も手を振った。律と澪は車が視界から消えるのを待って、それから二人で歩き出した。 136
2018-11-03 22:16:44二人はまた手を繋いで宵闇の中を歩いた。静かな冬の夜の穏やかさが、二人を芯まで落ち着かせた。二人とも無言だった。昼間だって無言で過ごしたのに、今さら何を話すことがあるだろうか。不必要な言葉でこの雰囲気を壊す必要など無かった。 137
2018-11-03 22:21:35澪の家の前で、二人の少女は、今日のこの日をどう締めくくればいいのかよくわからないまま、向かい合った。これはあたしにお任せってことだな、と律はベーシスト少女にチュッと、小さなキス一つ。二人が顔を離すと、外気の冷たさに口から白い息が漏れた。 138
2018-11-03 22:40:21「律、良い夢を」 「お休み、澪」 澪の家の扉がゆっくり閉まっても、ドラマー少女はしばらくその前で立ち尽くしていた。まるで今のキスの余韻をまだ感じているかのように。 139
2018-11-03 22:44:33律はぐっと勝利の拳を突き上げ、帰途についた。この寒い夜に向かって「イェイ!」と快哉を叫びたかったのを必死でこらえた。心臓がドキドキして、もう頭痛は消え、自分に関わる世界の全てが最高に思えた。 140
2018-11-03 22:48:54家に戻って、律は真っ直ぐベッドに向かった。長い一日だった。長い夜の後に、さらに長い昼だった。服も脱がずに、律はベッドに倒れ込んだ。澪の髪の残り香が枕から嗅ぎとれた。 141
2018-11-03 22:52:50「良い夢を」澪はそう言った。だが今の律にとって良い夢なんて必要だろうか? 澪は律が好き。それだけを脳裡に浮かべたまま、ドラマー少女は眠りに落ちていった。 142
2018-11-03 22:55:33