バウハウスとは?

バウハウス (コンパクトミディ・シリーズ) / マグダレーナ・ドロステの読書まとめがベースです。 開校100周年を迎える2019年に向けて。
ミース・ファン・デル・ローエ ハンネス・マイヤー 家具 ドイツ モダニズム バウハウス デザイン ヴァルター・グロピウス
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はるきち @kiruhachi
このあいだ、このの本を読み終えて、なんとなくのデザインの流れをつかんだ(つもり)なので、今日からはシーンごとに掘り下げていく^^ / 近代から現代までのデザイン史入門―1750‐2000年 トーマス ハウフェ amazon.co.jp/dp/4771018243/… @amazonJPさんから
はるきち @kiruhachi
どのシーンにしようかすごく迷ったけど、「バウハウス」にしました。決定的な理由は、来年で開校100周年だからです。(おいw
はるきち @kiruhachi
というわけでこれを読み始めた。 / バウハウス (コンパクトミディ・シリーズ) マグダレーナ・ドロステ amazon.co.jp/dp/4887831463/… @amazonJPさんから
はるきち @kiruhachi
SD選書と迷ったけどこっちの方が新しいしジャケットがいいのでこっちにした^^ ただ意外と文字が小さくて焦っている…そしてちょっと難解っぽい。がんばります…ーー
はるきち @kiruhachi
というわけでさっそくいきます^^ まずは初めの章「バウハウス創設に至るまで」を読んだ。文字どおりグロピウスがバウハウス創設に至るまでの背景が書かれている。
はるきち @kiruhachi
まずはイギリスのウィアム・モリスからの影響を受けたドイツの状況について。引用すると、「モリスは、自分の改革案の成果が限られたもので、一般大衆にまで及んでいないと気づくと社会主義に傾き、80年代及び90年代のイギリスにおける社会主義運動の最も重要な代表者の1人となった。(続く
はるきち @kiruhachi
続き)大衆による大衆のための芸術を作り上げようというのが、この時以来ほとんどすべての刷新運動の主張するところとなり、これがバウハウス創立の陰の力となったといえる。」「やがてイギリスの手本に倣って、ドイツでもいたるところに家具調度や織物や金属機器を扱う小さな工房が現れた。(続く
はるきち @kiruhachi
続き)…イギリスのアーツ・アンド・クラフツの工房が機械による仕上げを排除したのに対し、ドイツではそれを無制限に認めた。」こんなだな。
はるきち @kiruhachi
ちなみにウィリアム・モリスという人は19世紀後半に産業的な大量生産ないし、資本主義的な作り物に徹底的に反対し、美術と手仕事、そして日常生活が緊密に互いに結びついた社会を目指したデザイナーである。この思想こそが決定的に重要であったということだな。
はるきち @kiruhachi
モリスに関してはこのサイト william-morris.jp によくまとまっている。 壁紙の人。「いちご泥棒」シリーズなんか有名だな^^ pic.twitter.com/FleDNQjkTa
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はるきち @kiruhachi
モリスのアーツ・アンド・クラフト運動における「芸術ー手仕事ー日常生活の結束」という思想はドイツに多大な影響を与え、「ユーゲントシュティール」という芸術運動や、「ドイツ工作連盟」というデザイナー団体結成を導いている。
はるきち @kiruhachi
これらのドイツの芸術運動や団体の理念において、ドイツならではの特徴として挙げられるのは先にも述べたが「機械の受容」であった。
はるきち @kiruhachi
引用すると、「工作連盟や、ユーゲントシュティール、すなわち青春様式と呼ばれる芸術家たちが「芸術と機械」の和合を求めた。」「…「教育と宣伝、及び関係諸問題に対する一致した見解によって、芸術・工業・手仕事の協調の中で産業製品を向上」させることを目的として(続く
はるきち @kiruhachi
続き)ミュンヘンで同盟を結成したのが、ドイツ工作連盟の始まりとなった。「優良品」というのがドイツが再び貿易大国としての優位を確立するための最高の目標であり、ドイツ工作連盟の重要なスローガンの1つでもあった。」こんなです。
はるきち @kiruhachi
ドイツ工作連盟に関する建築作品を見ると、のちのバウハウスと切っても切れない作品性が見て取れる。もっとも重要なのが、ドイツとの縁が深いベルギー生まれの建築家「アンリ・ヴァン・デ・ヴェルデ」(1863-1957)の作品であろう。
はるきち @kiruhachi
これらな。1枚目はザクセン大公立工芸学校(1907)で、2枚目がザクセン大公立造形美術学校(1911)。ヴェルデはこの校舎の設計だけではなく、前者の初代学長でもある。 pic.twitter.com/8b2BZFtXfo
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はるきち @kiruhachi
ちなみにグロピウスはというと、1912年に工作連盟の会員となり、アドルフ・マイヤーとともに設計したファグス靴型工場(1913)で名をあげている。
はるきち @kiruhachi
さらに工作連盟についてもう少し。「芸術家、産業界の企業家、職人の協力を通して、産業製品を発達させること」つまりは「芸術と機械の和合」を求めた工作連盟の姿勢は、(続く
はるきち @kiruhachi
続き)「その結果、…工房が芸術家のデザインに基づいて生産するだけではなく、工作連盟設立に加わった会社も芸術家を雇用し始めた。」という現象を起こした。ここで生まれるのがAEG社とペーター・ベーレンスの関係である。ベーレンスはAEG社の広告物から建築物まで、すべてに統一された外観を与えた。
はるきち @kiruhachi
有名なのがこれだよな。「AEGタービン工場」(1909)。ツイートが前後してしまったが、グロピウスはベーレンスの事務所に所属していたので、多大な影響を受けたのだろう。 pic.twitter.com/8vF5ogub9h
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はるきち @kiruhachi
ドイツ工作連盟はドイツの20世紀初頭(1915くらいまで)をその独自のデザインで圧巻したが、第一次世界大戦の最中、「規格化」を推進するベーレンスと、「芸術家の個性・芸術性」を擁護するヴァン・ド・ヴェルドの対立によって力を弱めてしまう。
はるきち @kiruhachi
これに失望したグロピウスは、「芸術アカデミーや工芸学校や芸術学校を、1つの施設にまとめてしまうこと」つまり、教育の段階からアカデミー、工芸、芸術を統合してしまうことをした。それが「バウハウス」なのです。
はるきち @kiruhachi
ちなみに、実際に統一されたのがこれらなのである。特に2枚目はバウハウス・ヴァイマル校の本部校舎となる。 twitter.com/kiruhachi/stat…
はるきち @kiruhachi
少し引用すると、「芸術アカデミーや工芸学校や芸術学校を、1つの施設にまとめてしまうことを提案している。これによって当時いわゆる芸術プロレタリアートと呼ばれた、職を持たぬフリーの芸術家が増えるのを避けられるというのである。」(続く
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コメント

はるきち @kiruhachi 2018年12月29日
バウハウスについて、良書「バウハウス (コンパクトミディ・シリーズ) / マグダレーナ・ドロステ」をベースにまとめました。開校100周年となる2019に向けてぜひ^^
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