限定公開でまとめを作れば、相互フォローやフォロワー限定でまとめを共有できます!

1989年1月12日(木)の旅日記(291日目・ノウシャール→テヘラン)

雪のエルブルズレム山脈を再び越えて、テヘランへ戻る。市内のモセンの家で昼食。
109view 0コメント
このまとめをお気に入りにして応援しよう!
0
桃岩荘人 @namihei1224
1/12 0730 NowshahrをMohssenとともにミニバスで発つ。小雨。やはり上の方は雪だったよう。山は上から下まで真っ白。かなりバス遅れる。 朝飲んだイラン産ナシの缶ジュースがたたったか、腹痛に身をよじる。2時間後休憩、トイレに駆け込む。 モセンによれば、バスは1時間以上遅れているという。 pic.twitter.com/ZueYwqpUQn
 拡大
桃岩荘人 @namihei1224
その通り1時間遅れで1300テヘラン着。バスの窓から市内を写す:ぼやけてみえる看板はジュジェカバブ(ローストチキン)専門店。 断り切れずMohssenの家へ。ペプシコーラの寮らしい。 Mohssen Karimi No.90 street Atai-Pepsikolla Azady,Tehran pic.twitter.com/gdKsNeHX9T
 拡大
桃岩荘人 @namihei1224
着くと、父母と兄1人がいた。昼飯(イモ入りサフランピラフとヨーグルト・チャイ)をまたもおごってもらい、急いでバス(チケット:写真)で日本大使館へ。木曜午後は休みじゃないかというおそれを感じつつ、半ばあきらめつつ行く。#Tehran pic.twitter.com/AVkzGYgz0F
 拡大
桃岩荘人 @namihei1224
イモ入りチェロのヨーグルトかけ、作ってみた。油入れすぎ、米ちょい固かったが、イモはカリカリポテトチップ様、鍋も焦げず、二回目にしてマスターした感じ。 pic.twitter.com/qPJVJMvhWv
 拡大
桃岩荘人 @namihei1224
大丈夫、開館!ラッキーあった、ウニコの手紙とティミーの葉書。うれしくて、Mohssenに見せちゃった。イランは写真まずいってのにもうウニコは・・・ホテルまでいっしょに来てくれたMohssenと別れ、ほっと一息。 来日したら連絡してくるとのことで、自宅の電話番号教える。#Tehran pic.twitter.com/mz2Po8I8pH
 拡大
 拡大
桃岩荘人 @namihei1224
1990年6月に実際に来日し、上野で会った他、関東某所の仕事場を訪問した。 pic.twitter.com/zpTQp14pFz
 拡大
 拡大
 拡大
 拡大
桃岩荘人 @namihei1224
(wikiより)1974年にビザ相互免除協定が締結されていたが、1988年のイライラ戦争休戦後、日本の良好な経済の話が広まり、来日イラン人が急増。バブル崩壊後の1990年以降でさえ高かった日本の賃金水準、比較的取り締まりの緩い出入国管理政策がイラン人を引きつけた。 pic.twitter.com/rXQPhGvw4J
 拡大
桃岩荘人 @namihei1224
(wiki)イラン航空の東京便は週1便。しかし1992年、経済悪化や不法滞在対策として、日本はイランとのビザ相互免除協定を終結。少数のイラン人が密入国斡旋業者を利用して日本入国したものの、国外退去者数と比較して少数であり、在日イラン人は劇的に減少した。
桃岩荘人 @namihei1224
あっもう1530!あわててバス切符を買いに行こうと思ったが、遅しとの声にあきらめ、電話局で国際電話に再挑戦。①S水②実家③ウニコ。写真は領収書。上は11分7700R、下は5分3500R。3日間4回してS水はx。引越たんか?バイトか?ウニコは初の長電話。嬉しくて疲れもふっとび腹も減る。平気で11200R払う pic.twitter.com/P9qa6J1T7B
 拡大
桃岩荘人 @namihei1224
電話局脇のドヤ街で夕飯。カブ煮、羊串(肝)、生リンゴジュース100Rx2杯。小食堂でスパゲッティ見つけ他の惣菜と共に食う。ペプシと合わせ550R。全部で1000Rちょっと。お菓子400R買ってホテルへ帰る。バス10Rのチケット(裏)。YHに寄り、日本人に「イラン日記」とアエラをゆずる。2時間ほど話す。 pic.twitter.com/J0Lyu21PUI
 拡大
桃岩荘人 @namihei1224
イラン料理店ランチバイキング1200円@六本木。チェロにゴルメサブジとラムのケバブ。上の黄色いのはサフランライスのお焦げ。 pic.twitter.com/mNE1ZaCWLf
 拡大
ログインして広告を非表示にする
ログインして広告を非表示にする