ところで、皆さんが普段障害に関して見聞きするのは、例えばテレビによく出てくる乙武洋匡さんや、パラリンピックについての話題くらいかもしれません。私も以前はそんな感じでした。しかし、障害者について考えることは、実は健常者について考えることであり、
2019-01-25 20:35:10同時に自分自身について考えることでもあります。とりわけ、重度の障害がありながらも、地域で自立した生活を送っている人たちの試みをたどることは、普段は見過ごしていた自分と他人との関わりだとか、人と社会との関わり、あるいはそもそも人が生きるとはどういうことなのかを考えていく上で、
2019-01-25 20:35:10とても学ぶべきことが多いのです。そして、障害のある人たちが生きやすい社会をつくっていくことは、結局のところ誰の得になるのか、という素朴な視点で、福祉という発想を根本から問い直してみたいと思っています。』
2019-01-25 20:35:11荻:というわけで、渡辺さんの最新刊『なぜ人と人は支え合うのか』の朗読を南部さんにしていただきましたけれども、渡辺さん、障害者の方の実際の生活や置かれている環境、そして人と人とがつながりながら何かあったときに支え合っていくことの重要さ、長年取り組んでいらっしゃいますけれども、
2019-01-25 20:39:21こういったルポルタージュという仕方で、特に『こんな夜更けにバナナかよ』をお書きになったり取り組むきっかけとなったのはどういったことだったのでしょうか?
2019-01-25 20:39:21渡:読んでいただいて、本当にありがとうございます。その中にもあったように、かつて自分は本当に福祉とか障害とか介護という問題を、全く人ごとだと思っていたんですね。それで、たまたま『こんな夜更けにバナナかよ』に関しては北海道新聞社の出版部門から最初に本を出したのですけど、
2019-01-25 20:39:21そこの編集者からそういうテーマで書いてみないかって突然話を振られたときに、その時既にフリーライターだったのですけれども、そういう分野の文章は全く書いたことがなかったし、何より自分にとって人ごとに思えたし、何か美談や感動ドラマというかね、障害者ものの物語というと。
2019-01-25 20:39:22だから非常に腰が引けたのだけれども、実際に取材をしてみると、本当に全然そうではなくて、まさに障害者の問題を考えることは、健常者とか自分自身の問題を考えることだし、生きるって何だろうとか、人と人が支え合うってどういうことなんだろうかっていうことが
2019-01-25 20:39:22全て凝縮されている世界だっていうことですね。生老病死っていうことも含めて、あるいは人間関係って何だろうみたいなことも全てその世界にあるなっていう気がして、深みにはまっていったという感じですね。
2019-01-25 20:39:22渡:まさに最初抱いていた、マスメディアなどでは障害者といえば聖人君子的な、困難にも負けずけなげに生きている頑張っている人たち、というイメージを全く覆すような、強烈な個性の鹿野靖明さんという、今月公開される映画の主人公でもあるんですけれども。 荻:大泉洋さんが演じていらっしゃって。
2019-01-25 20:39:23渡:それまで私が抱いていた障害者のイメージを完全に覆す人だったし、それと同時に彼を支えているボランティアの人たちも、いかにも善意にあふれた献身的ないい若者たちみたいなイメージとは全然違って、本当に今風の駄目な、駄目なというか遅刻はよくするとか、
2019-01-25 20:42:34やらなければいけないことはなかなかうまくできなくて、逆にボランティアに来ているのに鹿野さんに叱られて「もう来なくていい」みたいな、そういう障害者の方とそれを支援するボランティア、介助者の方の関係自体がすごい新鮮で、
2019-01-25 20:42:35荻:なるほど。やはり実際にさまざまな当事者と出会っていくと、情報が更新されるだけではなくて、その情報を入れていたフォルダーそのものが「別の物にしなきゃ」というふうに、こちらの側が一気に更新されるようなときってありますよね。 渡:更新される前にまず崩れ去りますよね。 荻:ガラガラと。
2019-01-25 20:42:35渡:ガラガラと。そのガラガラと崩れ去ったところから初めて何かが始まるのであって、.だから崩れないってことはまだ取材が足りないし、ただ単に世間一般で言われていることをなぞっているに過ぎない。
2019-01-25 20:42:35でも何かに本当に向き合うと、必ず世間一般で言われていることっていうのが崩れ去る瞬間というのは必ずあるんですね。そこから初めて自分で考えるという作業が始まるんだと思いますけどね。
2019-01-25 20:42:36荻:今名前の出てきた鹿野靖明さん。『こんな夜更けにバナナかよ』の主人公ということになるわけですけれども、鹿野さんとの出会いというものが渡辺さんにとっては、障害者あるいはその先にある障害学や障害運動とも出会いが広がっていくきっかけにもなっているわけですよね。
2019-01-25 20:42:36ではその鹿野さんとはどういう方なのか。渡辺さんの代表作ですね。『こんな夜更けにバナナかよ』のプロローグの部分を、また南部さんに朗読してもらいます。
2019-01-25 20:42:36南:『「最強」と今夜もその人は言った。神経科の医師から処方された睡眠導入剤は効き目によって4種類あり、普通・やや強・強・そして最強と、白い薬袋に赤マジックで書かれている。慢性的な不眠症と不安神経症に、その人は苛まれているらしい。
2019-01-25 20:52:26眠りに落ちると、二度と再び目が覚めないのではないかという強い不安があるのだという。とっぷりと夜の深まる午前2時、私は言われた通り『最強』の袋の中からカプセルと錠剤を取り出し、ベッドサイドに歩み寄る。
2019-01-25 20:52:26「死ですか。死は怖いすよ。眠れば死ぬんじゃないかというのは、いつも不安だ」そう言って、口に入れた錠剤をコリコリと音を立てて噛み砕いた。「噛んじゃうんですか?」「飲み込む力がだんだん弱まってきてるからね。細かくしないと誤嚥する。のどに詰まらせちゃう」。
2019-01-25 20:52:26ストローの刺さったコップを口元に差し出すと、チューと吸ってゴクリと飲み込んだ。「最強」の睡眠導入剤も、近頃ますます効かなくなってきているらしい。鹿野靖明、40歳。進行性筋ジストロフィーという病気を患っている。全身の筋力が徐々に衰えていく難病である。
2019-01-25 20:52:26効果的な治療法は、まだ解明されていない。筋ジスだと医師に告げられたのは、小学校6年生の時だった。以来、中学・高校を養護学校、現在の特別支援学校で過ごし、18歳の時、脚の筋力の低下により車椅子生活となった。32歳の時、心臓の筋力低下により拡張型心筋症と診断された。
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