日向倶楽部世界旅行編第79話「一人の世界、不変の刻、それでも貴女に手を伸ばす」

絶対にやり遂げたい事、永遠に忘れられぬ気持ち。今はどうにもならない、止まった刻の中、足柄は言葉を紡ぐ。
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三隈グループ @Mikuma_company

足柄は、目を閉じて言った。 「…だから、見て頂戴、那珂。」 彼女がそう言うと、那珂は静かに返す。 「分かった、見るよ。」 二人のやり取りは短かった、彼等はおやすみ、と言い合い、電話を切った。 世界がまた、静かになる。海風が足柄の髪を揺らす。

2019-03-27 22:11:52
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その時だ、足柄はスマートフォンに向け、静かに口を開いた。 〜〜

2019-03-27 22:13:00
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〜〜 翌日、足柄と最上は出撃ドックに待機していた。 「いよいよですねぇ、ここまで来たんだからバッチリ勝って優勝しましょう。」 主砲のつまみを弄りながら、最上は軽い調子で言った。口では優勝への意気込みを語っているが、気持ち自体は自然体、いつも通りだった。

2019-03-27 22:14:33
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決勝だろうと何だろうと変わらない、やる事は目の前の敵を倒す事、目的が同じなら、心構えだって同じだ。 最上に大きな緊張はない、あるのは少し昂ぶる精神だけだった。 足柄は前を見たまま、静かに答える。 「そうね、これまで勝って来たんだから、これだって勝ちましょう。」

2019-03-27 22:15:20
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外からはアナウンスと歓声が聞こえた。決勝戦を前に、武蔵のスピーチがあると聞いている、多分それだろう。 ここからそれは聞こえない、だが、そんな物どうでも良かった。 足柄だけではない、最上も利根も、筑摩も、決勝戦を控えた四人全員がそう思っていた。 やる事は同じ、戦って、勝つ。

2019-03-27 22:16:57
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やがて歓声が徐々に小さくなり、完全に消える、試合開始が近いのだ。 静寂、出撃ドックの中に、僅かな機械の音だけが響く。 足柄には、その機械の音さえ聞こえていなかった。それは無音、彼女の心に、昨日の夜と同じ世界が広がる。 (ねえ、那珂…) 時が逆流する。 足柄は一人、夜のテラスに立つ。

2019-03-27 22:18:06
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足柄はスマートフォンに向け、静かに口を開いた。 「…ねえ、那珂。私、今すごく不思議な気分よ。」 画面の暗いスマートフォン、それは何処にも通じていない。 「明日戦うっていうのに、心が静まり返ってるわ。こんな事初めてよ、戦いの前っていうのは、いつだって身体が疼くのに。」

2019-03-27 22:19:42
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足柄は、誰にも届かぬ言葉を紡ぐ。 「…いえ、今日だけじゃないわね。もう随分前から、そういう気持ちが何処かにあった。」 言葉は、闇に消える。 「もう、これ以上は何も変わらない、何を起こしても変わらない、私は随分前からそれを知っていた。ただ、認めようとしなかっただけね。」

2019-03-27 22:21:02
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吠える様に戦っていたのは、認めたくない一心、それなのかもしれない。 言葉に、答えるものはない。 「これから始まる決勝戦だってそう、勝ったところで何も変わらないのよ。私は足柄で、貴女は那珂、轡を並べて戦った戦友…そこから何も、変わらない。」 沈黙の夜に、私は言う。

2019-03-27 22:22:15
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「この気持ちはそれね、沈みきった諦観の感情よ。勝ったところで、何をしたところで、変わらない…そういう感情。」 これは艦娘になった私が決して持つ事のなかった、虚ろ。 「あんたは私に微笑む、本心から微笑むんでしょうね。大地が割れて、星が降っても変わらない。」

2019-03-27 22:23:46
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そんな気分だったのに、不思議だった。 「…でも、あんたに電話した時、あんたの声を聴いた時、思い出した様に身体が滾ったわ。いつだって一つ、絶対に忘れられない気持ちがね、湧き上がったのよ。」 人生の中で勝ち続けた私が、生まれて初めて、心の底から"勝ちたい"と願った、あの気持ち。

2019-03-27 22:25:14
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時が動き出す、私は出撃ドックで試合開始を待っていた。 「西コーナー、最上、足柄、Wヴィースト!」 外からアナウンスが聞こえる、もう、試合が始まる。 直前、いよいよスタジアムは静まり返る、機械が唸る。 やがて、大きなブザーが鳴った。

2019-03-27 22:26:40
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闇に消えた言葉が、私の世界で巡る。 「今のままでは何も変わらない、それは嫌という程分かってる。それでも、私の今をあんたに見せるわ。」 だから、見て頂戴、絶対目を離さないで…那珂。 私は、出撃した。 第79話 「一人の世界、不変の刻、それでも貴女に手を伸ばす」 おしまい

2019-03-27 22:28:29