日向倶楽部世界旅行編第84話「黄昏の空が終わる時」

激闘の終わったブルネイ泊地で、戦士達はそれぞれの結末を迎えた。優勝の栄冠を手にした足柄は、一人、ブルネイの道を歩いていく。
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三隈グループ @Mikuma_company

そこへ、鈴谷は言う。 「いやまぁ、仕事柄札束はそれなりに見てきたからな…あと円の一億って案外少ないんだ」 彼女がそう言うと、最上もあくび交じりに言う。 「ふあぁ…まあ、仮に一億貰っても使い道がね…。車とか家とか、今買ってもかさばるし、貯金も別に…」

2019-05-14 21:31:16
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忘れられがちだが、最上は艦娘全体で見ればベテランの部類、幾度となく作戦に顔を出していたし、給与や特別手当を積み重ねれば、同世代の倍では済まない額を稼いでいる。 金には困ってなかったし、加えて衣食住の不自由もない、一億円は大金だが、貰ったところで…という状態だった。

2019-05-14 21:32:30
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「な、なんという…」 艦娘としてのキャリア差を見せつけられた様な気がして、あきつ丸は呆然と呟く。 「まあ貰えるのは嬉しいけどね。足柄さんとの山分けだけど、配分は向こうに任せよ…決勝は足柄さんの一人勝ちみたいなもんだし…」 最上はそんな事を言いながら、大きな欠伸をする。

2019-05-14 21:34:11
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その時、部屋のチャイムが鳴った。最上が出てみると、そこには噂をすれば何とやら、足柄が居た。 「あっ…足柄さん、どうも」 「お疲れ様、お互い大変だったわね」 「ははは…そうですね」 最上はそう言うと、足柄を部屋に招き入れようとする。だが彼女はそれを断った。

2019-05-14 21:35:26
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「すぐに戻るから平気よ、賞金の話だから。」 「あっ、それですか」 最上にとってはちょうど良いタイミングだ、彼女は足柄の提案を待つ。だが足柄は、彼女の予想だにしない言葉を口にした。 「賞金は全額貴女が取って良いわ。元々、賞金目当てではなかったから。」 「えっ…?」

2019-05-14 21:36:53
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最上が戸惑っていると、足柄は特に気にせず言った。 「じゃあ私はこれで、組んでくれてありがとう、充実した時間を過ごせたわ。」 そう言うと、彼女は立ち去ろうと身を翻す。そこへ、最上はまごつきながら訊ねた。 「あの、こちらこそありがとうございました。…本当に良いんですか?」

2019-05-14 21:38:32
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びた一文受け取ろうとしない足柄に、最上はそんな事を言う。すると足柄は、背中を向けたまま言った。 「…くどいわよ、要らないものは要らないわ。」 「あっ、はい…」 きっぱりと言った彼女に、最上はそれ以上何も言わなかった。そこへ、足柄はやはり背を向けたまま、声をかける。

2019-05-14 21:40:11
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「…最上」 「はい?」 「貴女、夢はある?」 それは、唐突な質問だった。その問いに、最上はあっさりと答える。 「…特に無いですかね、今の生活が気に入ってるんで」 夢は、無い、それが最上の答えだった。 それを聞くと、足柄は少しの沈黙の後、ゆっくりその場を立ち去った。 〜〜

2019-05-14 21:41:38
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〜〜 大会が終わったブルネイ泊地。まだ閉会式が終わって半日と経っていなかったが、泊地は随分と落ち着いていた。 激闘が終わった、数多の名勝負があった。だがそれは終わった、皆、それぞれの暮らしへ、普段通りのブルネイ泊地へと戻り始めていた。

2019-05-14 21:43:33
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道行く人々の中には、大会の話をぽつりぽつりとする者もいる。騒がしさのあるバーでは、宴会がてら大会の録画を見る者もいる、その位の余熱はまだあった。 だが大会真っ只中の頃に比べれば、道を歩けばお祭りの様であったその頃に比べれば、大分静かであった。

2019-05-14 21:45:01
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そんな泊地を足柄は一人、歩いていた。 彼女が歩いているのは、水平線が見える道、車道の無い一本道だ。普段は観光客や地元住民の往来がある道だが、今日は人通りがまばらであった。 だから、道は静かだった。泊地に出入りする船の汽笛や、海鳥の鳴き声がよく聞こえた。

2019-05-14 21:47:06
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その道の途中に、ベンチがあった。そこには二人の男女と、その娘らしき女の子が座っていた。三人は楽しそうに話している、幸せそうな親子だ。 だが足柄が前を通りかかると、その親子は黙って彼女を見つめた。ジッと、見つめていた。 そんな彼等の前を、足柄は黙って通り過ぎた。

2019-05-14 21:48:09
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また進むと、ベンチがあった。 ベンチには何人かの少女が座り、やはり楽しそうに話していた。中学生くらいだろうか、頭抜けて端麗な少女が中心となって会話に華を咲かせていた。 しかし足柄が前を通ると、彼等は黙って彼女を見つめた。足柄は、黙ってその前を通り過ぎる。

2019-05-14 21:49:45
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少女達は、立ち去る足柄の背中まで、ジッと見つめていた。 そしてまた進んで行くと、またもやベンチがある。そこには、二人の男女が仲睦まじく座っていた。結婚の約束を交わしているのか、二人の指には揃いの指輪が嵌められていた。 彼等もまた、ベンチの前を通る足柄をジッと見つめる。

2019-05-14 21:50:53
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そこも足柄は、黙って通り過ぎて行った。二人もまた、彼女の背中をジッと見つめ続けていた。 先へ先へ、視線を通り過ぎて進んで行く。すると、当然の様にベンチがあった、そしてそこにはこれまた当然の様に、人が一人座っていた。

2019-05-14 21:52:16
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そこに座っていたのは、髪の長い一人の女。その女はこれまでのそれと違い、一人静かに座っていた。 そのベンチの前で、足柄は歩みを止めた。すると、座っていた女と目が合う。 その女の顔を、足柄は知っていた。幾度となく見た顔、誰よりも見てきた顔、鏡の中にだけある、顔。

2019-05-14 21:53:39
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最後のベンチに座っていたのは、自分だった。否、ここだけでは無い、これまでのベンチにも彼女は座っていた。 初めのベンチの女の子、次のベンチの少女、その次のベンチの女、それらは全て、自分だった。

2019-05-14 21:55:06
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最後のベンチに座る女、限りなく今に近い自分と目が合う。 足柄は少しの間それと見つめ合った後、視線をスッと外し、止めていた歩みを進め出した。ベンチに座る女は、去り行く足柄の背中をジッと見つめ続けていた。

2019-05-14 21:56:34
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さらに歩いて行くと、また、ベンチがあった。そのベンチは誰も座っていない空のベンチ、ピカピカに磨かれ、陽の光でほんのりと温まったベンチである。 周りには誰もいない、それはまるで、足柄一人の為にあつらえられた様な安息の場所であった。

2019-05-14 21:57:46
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だが足柄は、見向きもせずにそこを黙って通り過ぎた。ベンチは海風を浴びながら、空っぽのまま足柄を見送っていた。 気が付くと、彼女は浜辺に居た、小さな砂浜である。ざざん、ざざんと波の音がするだけの、静かな場所。 水平の果てに夕陽が沈み始めている、空は燃える様な色だ。

2019-05-14 21:59:54
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「足柄さん」 佇む彼女に、何者かが声をかける、それは少女の声だ。声の主はとぼとぼと歩き、足柄の隣にやって来た。 「…野分」 その少女は野分、トラック泊地に居た頃とは髪型も髪色も全く違う、駆逐艦娘の野分だった。

2019-05-14 22:00:59
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「こんにちは…えっと、優勝おめでとうございます。」 「ええ…ありがとう。貴女もよく戦っていたわね。」 キラキラとした目で言った野分に、足柄はぽつりと答えた。足柄の言葉は短いものだったが、野分はにやけて言う。 「…ありがとうございます。あっさり負けちゃいましたけど…」

2019-05-14 22:02:04
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口元こそにやけていたが、表情は決して明るくなかった。負けた事は悔しかったし、自分がまだまだ未熟である事もよく分かったからだ。 そんな彼女に、足柄は何も語らない。負けた事に一喜一憂する自分に比べ、彼女は優勝したにも関わらず、静かに佇んでいた。喜んでいるのか否か、分からない程。

2019-05-14 22:03:13
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野分はそこに、言った。 「足柄さん、私、訊きたい事があって探してたんです。」 「…何かしら?」 足柄が視線を返さずに応えると、野分は訊ねた。 「足柄さんは…那珂さんの事、どう思いますか…?」 那珂、その名前が出た瞬間、足柄は初めて野分に視線を返した。

2019-05-14 22:04:01
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「…それは、どういう意味?」 足柄が訊き返すと、野分は彼女の眼光に怯みながらも答える。 「そのままの意味です…。今は那珂さんの事だけじゃなくて、色々な事に意識を向けようと思ってたんですけど、でも、足柄さんには那珂さんの事、訊いておきたくて…」

2019-05-14 22:04:57