【シナリオ】スライム娘⑥

スライム娘の話
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@akuochiken

「まったく、これだから人間は不完全なんだから」って言いながら、主人公に倒されて眼の前に倒れている組織の戦闘員に自らの身体の一部を注入して強化させるスライム娘の女幹部ですって?

2019-05-26 22:22:44

回想

@akuochiken

「まったく、これだから人間は不完全なんだから」 敵幹部である彼女はこぼした。 「……でも、そんな不完全な人間のほうが私は好きだった」 赤い液体で構成されたスライム状の身体を持つ彼女の真剣な眼差し。 「だって、人間は何者かになれるのに、私は完全であるが故に、何者にもなれないのよ?」

2019-05-28 00:17:04
@akuochiken

「私の力は完璧よ。この身体はどんな攻撃も無効化できる。いくら離散しても必ず元に戻れる。どんな姿にだってなれる。相手を侵食することも、思い通りに改造する事もできる。相手を取り込んで私のモノにもできる。やろうと思えば何百何千人に私の分身を仕込んで操れる。でも、それ以上はなにもない」

2019-05-28 00:23:03
@akuochiken

「これ以上の存在にはなれないのよ? それにもう、私が誰でどんな姿だったかさえ忘れた。何者にでもなれるからこそ何者にもなれない。今の私は、ただ首領の命令を実行するだけの機械に過ぎない。だから私は、不完全だけど何者かになれる人間に憧れるのよ、分かる!?」 全身が変形するほどに吠えた。

2019-05-28 00:28:01

本編

@akuochiken

パン パン と銃声が2発響いた。 眼の前に佇む女性に向けて放たれた弾丸は、彼女の左目と心臓を貫通した。 はずだった。 「そんな銃が私に効くと思ったの? 私をこんな身体に改造したのはあなたなのに」 くり抜かれた左目と、貫通した胸元をそのままにしたまま、彼女は平然と答えた。

2019-05-28 23:48:08
@akuochiken

「どうして再生させないのか、って思ってるでしょうから答えてあげる。これはハンデよ」 残された顔のパーツで不敵な笑みを浮かべて相手を誘う。 「不完全な私でも、あなたを倒すだけならこのままでも十分戦えるってことよ」 彼女は真剣な面持ちに戻り、冷静に言葉を続けた。

2019-05-29 00:23:11
@akuochiken

「……帰って。私はもう組織に戻る気はないって伝えたはず。10年でも、20年掛かってでも私は人間になる。そのために私はここに辿り着いたのだから」 揺るがない決意を伝える彼女。 その凛とした表情の先に銃を構えたまま直立している人物が口を開く。

2019-05-31 00:38:29
@akuochiken

「私がお前の性能を理解せずに攻撃を加えたとでも?」 「そう、見えるのだけど。少なくとも、私には何のダメージもない」 「そういう、自分の能力に対する絶対的な自信と、それに裏打ちされた余裕と相手を喰う態度、悪くない。だが状況は正確に把握すべきだな」 「そういう戯言には惑わされないけど」

2019-05-31 01:06:49
@akuochiken

「さて、その傷口、本当に治せるかな?」 「まさか……」 彼女は左手で左目付近を触れる。 にゅるり、と液体化しつつある自らの顔、その粘っこい液体が指先に触れる。 「放った弾丸がお前を貫通してしまったのは想定外だったが、それでも目的の何分の一かは達成できた」 「なに……をしたの……!?」

2019-06-01 05:36:46
@akuochiken

彼女は自らの顔に触れて、想定外のように驚いた表情へと変わった。 左目付近から剥がれ落ちつつある液体が、自らの指先に戻ってこない。 そればかりか、どんどんと左目が削り落とされているように崩れていく。 そしてそれは、自らの胸部に関しても同じく、どんどんと空洞が広がっていく。

2019-06-01 05:41:35
@akuochiken

「再生させないんじゃない。再生できないんだ」 「だから……なにを……した……!」 「薄々気付いているだろう。それがお前の身体を壊す毒だということに」 「毒……?」 「お前に力を与えたのは私なのだから、その力に対抗できる手段を整えておくのは当然だろう?

2019-06-01 05:49:49
@akuochiken

それに、お前は私を裏切った。お前が再び私の下に戻ってくることもない。もう私のモノにならないのであれば、壊してしまって問題ない。私以外の誰かのモノになるのであればなおさらのことだ」 「やめて……私を壊さないで……! せっかく……せっかく私を、私の身体を手に入れられるのに……」

2019-06-01 05:53:53
@akuochiken

ゆっくりではあるが、身体から吹き出る汗のようにして表面から液体となり、体表を垂れていく彼女の身体。 それと同時に全身の力が抜けていくのか、ガタリと地面へと座り込んでしまう。 「く……うぅ……」 「お前は特定のコアを持たないスライム娘。故にコアを壊されることのない無敵な存在だった。

2019-06-01 06:11:06
@akuochiken

だが、コアがない故に、一度全身が崩壊してしまえば二度と元には戻れない。先程の攻撃は、お前の身体を構成するための情報を一部ずらした形だ。その歪みが徐々に全身に行き渡って、身体が崩壊していく」 「あ……ぐぅ……」 べちゃり、べちゃり、と地面の上でもがくようにして苦しむ彼女。

2019-06-01 06:17:27
@akuochiken

もはや全身の半分以上は液体となって地面へと流れ出している状況。 地面へとうつ伏せになり、埋まる形になっている彼女の顔は、ついに口も溶け出して言葉を失っていく。 残された右目が涙を流しながら、恨めしそうに目の前の人物を眺めていた。 「では、この状態でコアを与えればどうなるか」

2019-06-01 06:23:28
@akuochiken

その人物は懐から水晶のように透明な球を取り出し、どさり、と未だ右目を残している彼女の目の前へと放り投げた。 「好きにするがいい。私の結論は変わらない」 今にも溶け去ろうとしている彼女に背を向けてゆっくりと歩き去っていく。 その後ろで、その球体を求めて液体が触手のようにうねっていた。

2019-06-01 23:14:47
@akuochiken

---------- 「(戻らなきゃ)」 人間の身体を失うだけでなく、私自身が消滅していくことに恐怖していたのだと思う。 全身が必死にその球体を求めていた。 そもそもコアを持たないスライム娘が、コアを持つ個体に変われるはずがないのだ。 だから目の前のこれは罠。 でも、もう私の身体が止まらない。

2019-06-01 23:34:51
@akuochiken

溶けて地面を這う液体となった私の身体が、じわりじわりと、獲物を飲み込む、ただのスライム状の生物のようにその球体を求め、貼り付き、飲み込んで私の体内へと送り込んでいく。 「(私は人間にならなきゃいけないのに)」 消えたくない、その想いだけが溶け去った全身を支配していた。

2019-06-01 23:41:50
@akuochiken

「(だめ、なんとかして身体を再構築しないと)」 「(このコアがあれば私は……)」 「(違う! それは私にとっては何の意味もないもの)」 「(このコアを元に私は再び人間に……)」 客観的な私が、戻りたい、失いたくないという根源的な欲望に身を任せた“私”に塗り潰されていく。

2019-06-02 01:04:09
@akuochiken

「んはっ……」 まるで水中から出てきて息継ぎをするように声を出した。 「あー……」 意識ははっきりしないが、私は再び液体の身体となっている感覚がある。 「戻さないと……私の身体を……」 赤く透明な上半身の中に心臓のようにして浮かぶ球体。 だが、その球体は私の身体に何も作用しない。

2019-06-02 01:10:37
@akuochiken

ただ、私の身体に包まれて浮かんでいるだけである。 私の全身が、その球体が私を元に戻してくれる鍵だと錯覚して、私の身体に大切に扱われ、仕舞われているのである。 「戻らない……なんで……」 だがいくら頑張っても、いくら意識を統一しても、そこから身体が元には戻ってくれない。

2019-06-02 01:18:58
@akuochiken

むしろ、掲げる手のひらから溶けて、赤い液体が滴り落ちていってしまう。 「どうして……」 いまだ液体のままで地面へと蕩けている下半身と、それに交わるようにして滴り落ちていく私の上半身。 「私、身体、維持しないと、もっと、取り込んで、もっと、もっと、私」

2019-06-02 01:38:35
@akuochiken

地面を這う私という液体が周囲の木々や建物を覆い始める。 そして表面からそれらを溶かしていって、私の身体はどんどんと増大していく。 「あはっ、もっと、もっと取り込んで……」 それは、以前の私にはなかった新しい能力。 私にはそもそも有機物を侵食する力しか備わってなかった。

2019-06-02 01:42:45