【シナリオ】スライム娘⑥

スライム娘の話
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@akuochiken

それが今や、無機物すら侵食して我が身に取り込めるようになっていた。 「もっと食べないと、私、崩れちゃう……」 眼の前の建物が音を立てて崩れていく。 建物全体を覆った私の液体がそれを崩し、底なし沼のように建物を私の身体へと引きずり込んで、私の身体を構成する赤い液体へと変えていく。

2019-06-02 01:51:06
@akuochiken

何を取り込むか、いや、何を取り込んだかすら全く気にしない。 目につくもの、触れたもの、有機物であれ無機物であれ、私で満たして、私の身体へと取り込んで、私へと変換して、際限なく私は肥大化していく。 「はやく戻らないと……」 客観的な私は既に理解している。 既に元に戻る方法はない。

2019-06-02 11:29:59
@akuochiken

首領は私に、私のことを「壊してしまって問題ない」と言った。 その言葉の真意が、今なら分かる。 「壊れてしまえ」ということ、そしてそれは「お前の力でお前が大切にしてきたものを壊してしまえ」という、皮肉めいたものもある。 それが首領を裏切ってあの人の元についた私の罪と下された罰。

2019-06-02 11:37:24
@akuochiken

『好きにするがいい』とは、あくまで私の意思で破壊を行っていると思い込ませ、罪悪感を強調させるための捨て台詞。 最後に『私の結論は変わらない』と言ったのは、その通り、私を許す気はないという意思表示だった。 だから、首領の言っていること、やっていることは全くぶれていない。

2019-06-02 11:52:44
@akuochiken

首領が最後に残したこの球体だって、私を壊すには十分だった。 だって、この球体に何の意味もなくても、私の全身は、この球体をコアとするスライム娘へと生まれ変わっているのだから。 「あは、あははっ!」 そして生まれ変わった私は、私の意思であらゆるモノを壊している。

2019-06-02 12:46:09
@akuochiken

首領の手で分解されてしまった私は二度と元に戻ることはなく、再構築の過程で「人間の身体を手に入れる望み」は「自らの身体を再生するために他者を取り込む本能」へと改変された結果、際限なく周囲のモノを取り込んで肥大化していくスライム娘へと堕ちた。

2019-06-02 12:54:30
@akuochiken

いま思考している客観的な私は、私の全身に霧散してしまった本来の私。 コアを持ったスライム娘となった“私”にはじき出されて身体を永遠に彷徨い、破壊を続ける“私”を眺めることしかできない私。 何もかも首領が思い描いた形になって進んでいる。 首領は私がこうなることまで予見して手を下したのだ。

2019-06-02 13:08:16
@akuochiken

「はぁ……」 全身に力が漲ってくる感覚と共に、私の身体が変わっていく。 それまでは、溶けて地面を這いずり回っていた赤い液体の塊だった私、正確には何の形にもなっていなかった私の下半身が、徐々に固形へと変貌していく。 肉塊のように地面に盛り上がった液体の鏡面を突き破って形成される手。

2019-06-02 17:38:01
@akuochiken

私の背後から、巨大な手とそれに連なる巨大な腕が形成されて、私の目の前の地面を掴むようにしてどんどんと液体の塊から析出していく。 そして、私の身体の直下にある液体は巨大な球体となって上方へと盛り上がっていく。 ちゅぷり、にちゃりと、球体は細分化していく。 髪、目、耳、鼻、口へと。

2019-06-02 17:55:36
@akuochiken

私の直下の下半身部分に形成されたのは、私を模した巨大な頭部。 その額部分に人間サイズの上半身を据え付けたような形で、私の巨大な顔を含む巨大な上半身部分が、赤い液体によって形成されていた。 「ああ……いい……」 私は満足だった。 再び“人間”の身体に戻れたことに歓喜していた。

2019-06-02 17:58:32
@akuochiken

それが異形であっても、人間とは到底呼べない、赤い液体で満たされたスライム状の巨大な怪物であっても、再び何かしらの形に戻れたことが嬉しかった。 に、違いない。 彼女の行動から私は推し量ることしかできない。 私ではもう“私”を理解することもできないし、止めることもできない。

2019-06-02 18:16:43
@akuochiken

ぐちゃり、べちょりと、まるで赤子が地面を這うように、両手を交互に動かして全身を引きずりながら前進する巨大な赤い塊。 右手に潰されたモノ、左手に潰されたモノ、そして地面を舐めるように蹂躙していく巨大な頭部や胸部によって侵食され、取り込まれて身体の一部に変化されていくモノ。

2019-06-02 18:20:38
@akuochiken

相変わらず私の巨大な頭部は、快楽に身悶えるように恍惚な笑みを浮かべながら、口端からだらしなく液体を滴らせていた。 移動の過程で、目の前に立ちふさがった人間たちをその口で飲み込んでいったと思う。 こんな巨大な生物が、人間の顔をして嬉々として人間を飲み込んでいくのだ。 それは恐怖する。

2019-06-02 18:25:30
@akuochiken

「は、はは……あれ?」 人間部分の私がふと、前方に立っている人物に気付く。 私はその人物に見覚えがあった。 忘れるはずもない、私の大切な人。 私はこの人のお陰で組織を抜け出して、人間になろうと決意したのだ。 「見て、私、ようやく人間になれたんだよ」 ただただ嬉しかった。

2019-06-02 18:45:33
@akuochiken

彼に私の姿を見てほしかった。 私がいま、どんな姿であるかというのはさして重要ではなかった。 「人間になれた」という錯覚、倒錯した認識が私の全ての行動を支えていた。 だから、私は彼に単なる事実を伝えたに過ぎない。 そして、その次に私が彼に何を言うかも、既に分かっていた。

2019-06-02 18:56:51
@akuochiken

「だから、私を受け入れて。熱く、激しく、深く、お互いが溶け合うまで交わりましょうよ」 私は“私”を責めることはできなかった。 歪であれど、この結末は元より私が望んだこと。 この人さえ私のモノになれば私には他の何も要らなかったのだ。 彼は美味しかった。 私の全身が満たされる感覚を覚えた。

2019-06-02 19:05:54