動画『冷戦とは何か?』を訳してみた。歴史モノ。アメリカを盟主とする資本主義・自由主義陣営と、ソ連を盟主とする共産主義・社会主義陣営が対立した冷戦に関する基礎的な解説動画。5分でわかる冷たい戦争。

歴史家のアンドリュー・ロバーツが説明します。
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動画『冷戦とは何か?』を訳してみた。歴史モノ。アメリカを盟主とする資本主義・自由主義陣営と、ソ連を盟主とする共産主義・社会主義陣営が対立した冷戦に関する基礎的な解説動画。5分でわかる冷たい戦争です。 youtube.com/watch?v=-QopdZ… pic.twitter.com/vRDEW0qMGJ

2019-07-30 19:10:18
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第二次世界大戦が終わってから、アメリカと西欧の同盟国は、ソビエト連邦とのほぼ半世紀に及ぶ壮大な戦いの一方の当事者となった。これを「冷戦」と呼ぶ。ロシアとアメリカが直接戦火を交えたわけではない。それが、「冷たい」と形容される理由だ。 pic.twitter.com/scyns49hx5

2019-07-30 19:11:02
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しかし、キューバ、朝鮮半島、ベトナム、そして自由で民主的な資本主義社会を揺さぶろうとする共産主義者の執拗な攻撃にさらされたその他の国々にとっては、まったく冷たい戦争ではなかった。 この長い闘いにおいて、道徳的に複雑な瞬間がいくつもあったのは確かだ。 pic.twitter.com/HlM91EahXF

2019-07-30 19:13:11
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しかし、冷戦は、第二次世界大戦と同様に、基本的には善と悪との闘いだった。WWIIがそうだったように、冷戦は自由を代表する勢力と全体主義を代表する勢力のデスマッチだった。 冷戦で死んだ人の数は、何十万どころか何百万に及ぶかもしれない。それが、冷戦が「第三次世界大戦」とも呼ばれる理由だ。 pic.twitter.com/Pv8DxLXQvg

2019-07-30 19:13:41
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この戦争を扇動したのはジョゼフ・スターリンだった。大量殺りくを厭わない独裁者として、彼はロシア人、そしてソビエト社会主義共和国連邦、略してソ連と呼ばれる国に組み込まれた数多くのロシア人以外の人々を支配した。 pic.twitter.com/vfWVGIjj82

2019-07-30 19:14:17
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スターリンは、ソビエトの軍事力では西側の自由主義諸国に敵わないことを知っていた。そこで彼は、他の国を代理戦争に駆り出し、偽情報やデマの大量使用で戦うことに決めた。 pic.twitter.com/eN6e9J2GRF

2019-07-30 19:14:46
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彼の最初の餌食は東欧だった。バルト諸国のリトアニア、エストニア、ラトビア。そして、ポーランド、ルーマニア、ハンガリー、ブルガリア、チェコスロバキア。スターリンは、第二次世界大戦が終了した時点でこれらすべての国に軍隊を送り込んでいた。ヤルタ会談でのルーズベルト大統領との約束を破り… pic.twitter.com/lhKuz9Ioe4

2019-07-30 19:15:17
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…スターリンはこれらの軍を引き上げようとしなかった。こうした国の政府の主導権を奪うのは非常に簡単だった。よく知られているように、1946年3月、ウィンストン・チャーチルは「バルト海のシュチェチンからアドリア海のトリエステまでヨーロッパ大陸を横切る鉄のカーテンが降ろされた」と宣言した。 pic.twitter.com/Y3ia5zXXo1

2019-07-30 19:15:47
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スターリンがギリシャとトルコを脅かしたとき、ハリー・トルーマン大統領は遂に重い腰を上げ、いわゆるトルーマン・ドクトリンが生まれた。米国とその同盟国は、共産主義帝国のこれ以上の拡大を許さなかった。 冷戦が始まった。 pic.twitter.com/IUUtKQtbDc

2019-07-30 19:16:11
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それからの50年間、欧州、アフリカ、アジア、南米という4つの大陸で、米国とソ連は影響力を競い合った。あるときは朝鮮半島やベトナムのようにあからさまに、あるときは諜報機関を介して隠然と。しかし、この争いの道徳的な線引きは不変だった。西の自由対ソビエト率いる東の共産主義専制政治である。 pic.twitter.com/wSrA0EhQGH

2019-07-30 19:16:44
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しかし、当時から、冷戦は西側の過剰反応である、ソビエト・ブロックの野心と力はひどく誇張されている、巨大な防御体制を築いたアメリカもソ連と同様に冷戦の責任がある、などと主張する人がいた。しかし、これは単純に間違っている。それは、冷戦が終わるまで公開されなかった… pic.twitter.com/HgT3XEsPZY

2019-07-30 19:17:24
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…ロシアの大量の記録資料から明らかになっている。 1956年、スターリンの後継者であるニキータ・フルシチョフが、ソ連の意思を簡潔にこう言い表した。「お前たちを葬ってやる」。彼は西側に対してこういったのだ。当時「デタント」と呼ばれた交渉をいくら積み重ねても、戦争の終結には至らなかった。 pic.twitter.com/Qitm9jZ2Nt

2019-07-30 19:17:53
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「共産主義国家になる以外に、アメリカがソ連政府の信頼を得る方法はない」という、アメリカ外交官のジョージ・ケナンの警告は正しかった。ソ連を宥和することはできない。封じ込めることができるだけだった。 pic.twitter.com/tTUHkbWb8C

2019-07-30 19:18:34
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しかし、封じ込めさえも不十分な戦略だった。ソ連はアメリカを武力で直接破ることはできなかったかもしれないが、その必要もなかった。 冷戦に勝利すれば、威嚇や政治的転覆工作により、民主主義や資本主義ではなく、共産主義を卓越したイデオロギーとして、世界を支配できたからだ。 pic.twitter.com/fND7Tox3Wj

2019-07-30 19:19:03
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50年にわたる冷戦において、これが現実となりそうになった瞬間は何度もあった。しかし、主にロナルド・レーガン、マーガレット・サッチャー、ローマ教皇・ヨハネ・パウロ2世の強いリーダーシップにより、冷戦は破滅的な衝突ではなく、腰が砕けるような形で終わりを迎えた。 pic.twitter.com/C4al2lVWkL

2019-07-30 19:19:28
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1980年代が終わりに近づく頃、歴史家のポール・ジョンソンの言葉を借りれば、ソ連は「途方に暮れた巨人」になっていた。経済的に衰退し、軍事的に疲弊し、その意思を押し通す能力も気力も失っていた。 pic.twitter.com/LsgFDVtQI0

2019-07-30 19:19:58
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共産主義は、経済的にも、政治的にも、道徳的にも、あらゆる意味で失敗していた。彼らは地上にユートピアを建設しようと試みたが、それは国民すべてに対して地獄を作りだしただけだった。 pic.twitter.com/LfQq6S19GH

2019-07-30 19:20:21
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最後には自由の力が冷戦に勝った。しかし、この勝利は、実現の可能性はまったくなく、現在では評価も地に落ちた理念のために、不必要に命を落としたり、苦しんだりした数百万もの無辜の人々にとっては、ほとんど慰めにならない。 アンドリュー・ロバーツでした。(了) pic.twitter.com/3YtzlZAMDx

2019-07-30 19:20:52
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