ライトノベル作家・扇智史のつぶやき連作短編「ミッドウィンター・ログ」：エピソード2

バーチャル後方見守り女／扇智史 @o_g_s_t_

「うちの学校来てる、とは聞いてたけど、あんまり気にしてなかったなあ。元気そうだった？」「うん、まあ」元気、というより、押しは強かった。「そんならよかった」ほっ、と息をつくヒメちゃん。その素振りに、あたしは目を細める。「ヒメちゃんはいい子だ」

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「え？　何で？」「喋ったことない子のこと、ちゃんと考えてて」「そんなことないよ、こんな、三学期まで全然忘れてたんだしさあ」ヒメちゃんの褐色の肌がうっすら朱に染まり、「あ、電板消すのちょっと待って！」と悲鳴を上げてノートに書き込み。ほんとにいい子だ。

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「ところで、ヒメ」と、らっこが口を挟んでくる。「学校来てなかった、って言ってたけど、どうして？」「ん」ヒメちゃんはノートから顔を上げ、「確か、何かの病気だって。詳しくは知らないけど」「そっか、医療関係か……」とらっこはぶつぶつ言いながら、スマホをいじり始める。

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ヒメちゃんはきょとんと首をかしげて、「らっこちゃん、どうしたの？」「ん、ちょっと」「野々瀬さんと、何かあったの？」「何にもないけど、気になって」「んー……？」よく分からない、と目で訴えつつ、ヒメちゃんはまたちょっと唇を突き出す。

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「野々瀬さんのこと、あんまり知らないけど、別に悪い子じゃないと思うよ」あたしは苦笑い、ヒメちゃんにかかればだいたいの子は悪い子じゃないのだ。「中学の時の糸伊さんって、どんな？」「んー、ほんとにちょっとしか会ってないから、よく覚えてないけど……」

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ヒメちゃんは思い出し笑いをして、「病気、ってわりには、活発な子だったかな……一度、休み時間のうちにどこかに行っちゃって、早退したかと思ったら授業の途中で帰ってきて、『道に迷いました』って」「自由な……」

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「どこでどう迷ったんだろうねー？」「ホロケートとか？」言って、二人でくすくす笑う。「ホロって言えば、野々瀬さん、ケータイ持ってなかったんだよね。おかげで学校休むと、誰も連絡取れなくて」「へえ」今時、小学生でもケータイなしは珍しい。

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「おかげでミステリアスなんだけど、実際学校来ると、『道に迷いました』で」「なるほど……」様々な意味で、謎の子だ。「そういや、昨日もメアド聞きそびれた」「まだケータイ持ってないのかもねー」「ありえる」勝手に想像を巡らせて、また笑う。

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「気になるなら、聞きに行けば？」「今日は学校来てるのかな」机からスクールネットを立ち上げて、生徒名検索と出席確認。えっと、の、の……「見つけた！」大声を発したのは、あたしじゃなかった。ヒメちゃんやらっこ、クラス中のみんながいっせいに、声の方を振り返る。

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＊＊つぶやき連作短編「ミッドウィンター・ログ」：エピソード２、第１回ここまで＊＊

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＊＊つぶやき連作短編「ミッドウィンター・ログ」：エピソード２、第２回＊＊

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教室の後ろ、ドア越しの廊下に立っていたのは、あの黒くて長い髪。「糸伊さん？」彼女の視線は寸分違わず、あたしに一直線だ。「ずいぶん探しちゃった。クラスくらい先に調べてくれば早かったよねえ」言っている間に、教室にずかずかと入ってきて、あたしの前までやってくる。

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昨日と同じ制服姿、昨日よりわずかにましな血色、そして昨日のままの、満面の笑顔。「未だにスクールネット使うの慣れなくて。ま、見つかってよかったよかった」「……あの、糸伊さん？」「何？」「どうしてここに？」「――昨日約束したでしょ？　学校で会おうね、って」

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不思議そうに、むしろ忘れたことを咎めるように糸伊さんはあたしをじっと見つめる……うん、確かに言ったけど、あれ約束だったんだ。「で、小織さん。ちょっと見て欲しいものがあるんだけど、さ」そう言って糸伊さんは、突然、あたしの手をぎゅっとつかんだ。

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「ちょ、ちょっと」「行こ」「今から？」「いけないかな？」「授業始まっちゃう」「いいじゃないの、１コマくらい」「よくない！」うちの学校は、スクネットの出席確認がまだしっかり機能してる。無断欠席は一目瞭然、校内なら居場所まで特定されかねない。

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「ばれたらめんどくさいし」「えー、そういうの逃げるために小織さんがいるんじゃないの？」かちんと来た。「無茶言わないで！　あたし超能力者でも魔法使いでもない」あたしの怒声に、さすがに糸伊さんが怯む。そのタイミングで、「野々瀬さん、あんまり無茶ばかり言わないでよ」

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らっこが加勢に入ってきた。「迷惑かけてるの、気づかないの？　それに早く教室戻らないと、あなただって大変よ」あたしやヒメちゃんに対する時と打って変わって、らっこの言葉はひんやりとしている。糸伊さんは、ふらり、と卒倒しそうな挙動で、後ずさって、「……ご、ごめん、なさい」

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反射的、という感じに頭を下げ、きびすを返し、「ふぁっ」ヘンテコな悲鳴をあげてつまずいた。教室中にくすくす笑いがこぼれる。「何にもないとこでこけてる……」と声がしたが、何もないわけじゃない。たぶん見えていたのは、あたしだけだ。

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教室の壁に設置されたルータの調子が悪いのか、あのへんにはちょくちょく壊れたホロデが現れては消える。糸伊さんがホロに触ってしまうのなら、あれに足を引っかけてもおかしくない。けど、そのことには誰も気づかず、糸伊さんは笑われながら教室を出て行った。

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すぐに授業開始のチャイムが鳴ったが、はたして糸伊さん、間に合ったのだろうか。「……大丈夫かな」あたしのつぶやきに、「あんまり気にしない方がいいよ」と、らっこはおだやかに笑った。そのそばで、ヒメちゃんは肩をすくめる。

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あたしは試しに糸伊さんを検索してみる。道には迷わず、１組の教室に戻ったらしい。っていうか１組なんだ……優秀だな。「どうしよ」「ほっとけば？　あの勢いなら、また勝手に来るでしょ」ひとりごとに、らっこが答えた。心を読まれたみたいだ。

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「そうだけど」「でも、らっこちゃんも、ちょっと厳しすぎなかった？」ヒメちゃんの指摘に、「そうかな。向こうが過剰反応したから、厳しく見えただけじゃない？」らっこは平然としている。「子どもっぽいよ、あの子。ちょっと叱られたくらいで、あんなにキョドるなんて」

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「キョド？」「挙動不審になる、ってこと」またどこかで死語を発掘したらしい。「だいたい、悪いのは向こうよ。大声で飛び込んできて、余所の教室に遠慮なく入ってきて、小織を連れ出そうとして……全然空気読めてない」「そういうの苦手なんじゃないのかな……」

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「高校生にもなってやるこっちゃないでしょ」らっこは憮然と、「せめて、もっと声のボリューム下げてくれたらいいんだけど」「ああ、まあ、確かにちょっとね……」それはヒメちゃんも認める所らしい。でも、あたしはああいう声、嫌いじゃない。どこにいても、それと分かるから。

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かといって、すぐに糸伊さんを許すほどではないけれど。……あたしはただ、ホロが見えるだけ。ホロを、情報をいじることについては、らっこの方がよほど上手だ。霊感があったって除霊出来なきゃ怖いだけ。ホロが見えたって、どじっ子に育つだけ。