エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~2世代目~

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前回の話

まとめ エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~1世代目~ シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。 67717 pv 160 27 users

以下本編

帽子男 @alkali_acid

東夷。 人間でありながら、ゴブリンやオーガ、トロールとともに、闇の女王に仕えた野蛮な民。 そのうち最も勇猛な、牙の部族の最後の生き残り。ガンドバスガブルの息子バンダゲムゾブド。 闇の女王直属の戦士、黒の乗り手となり、エルフの妃騎士を打ち負かし、奴隷とした男。

2019-09-23 08:47:57
帽子男 @alkali_acid

もし時代が違えば、東夷をまとめる大酋長、西方人風に言えば王であったかもしれない。 もっとも、牙の部族では実際の政(まつりごと)を司るのは女。男はただ得物を振るって狩りをし、戦い、死ぬのみだった。 バンダは東夷の男らしく戦って死んだ。 屍は獣が食らった。それがふさわしい弔いだ。

2019-09-23 08:51:07
帽子男 @alkali_acid

息子のナシールは、少々風変りな悼み方をした。 形見の黒い兜を抱いて、同じ日に死んだトロールの、石の骸の肩に座り、喉が枯れるまで歌い続けた。 エルフの歌を。無骨な父が、密かに愛していた敵の歌を。 いつまでもいつまでも歌った。美しい声で。優しい言葉で。

2019-09-23 08:53:07
帽子男 @alkali_acid

ナシール。上(かみ)の妖精の言葉で暁の星。 およそ牙の部族らしからざる名を持つ少年は、もう涙を流さなかった。 澄んだ瞳は乾いていた。いつも微笑みをたやさなかった、あどけなさの残るかんばせはこわばっていた。 魂には癒せぬ怒りと悲しみがあった。

2019-09-23 08:56:33
帽子男 @alkali_acid

父の守る影の国に生まれ、魔狼と夜馬と蝙蝠と小鬼と巨鬼をともとし、周囲を取り巻く一切を愛し慈しんで育ってきた子供は、獣が獣を狩るよりはるかに残酷なことがあると知った。 人間。戦。魔法。 敵意。力あるものがたやすく力なきものを虐げることを。

2019-09-23 08:58:39
帽子男 @alkali_acid

少年は兜をかかげ、頭の上におろそうとしてから、ためらった。 「兜には触るな」 亡き父の言葉が蘇る。 あれだけ荒事を好みながら、息子に武芸や戦術を強いはしなかった老人の末期の台詞が。 「父さん。僕は父さんみたいになりたい。敵を殺せるようになりたい」

2019-09-23 09:01:03
帽子男 @alkali_acid

「でも…きっと…今の僕は、父さんの兜にふさわしくない…魔法を…魔法を覚えなくちゃ」 親友だった巨鬼の、巌と化した屍の足元を掘り、父であった黒の乗り手の形見を埋める。 「これを守ってねボグ…僕の友達…きっととりに戻るから…」

2019-09-23 09:03:08
帽子男 @alkali_acid

少年は、父の奴隷のもとへ行った。 妖精の女、緑の谷で草木を育てる美しく齢を知らぬダリューテのもとへ。 かつて父の恐ろしい敵だったといい、今もどこか近づきがたい気配がある。 けれど不思議と、心を惹かれる相手。 「ダリューテさん。僕に魔法を教えてくれますか」 「ならぬ」

2019-09-23 09:05:51
帽子男 @alkali_acid

「僕は影の国を守る力がほしいんです。西方人から、ほかの魔法使いから」 「力を得れば、お前は影の国の外を襲うやもしれぬ。はるか西の緑の森、私の故郷にはまだ同胞のエルフがいる。災いを招く訳にはゆかぬ」 「僕があなたを解き放ったら、そうしたら、あなたは森を守れる。それと引き換えに」

2019-09-23 09:09:18
帽子男 @alkali_acid

奴隷は幼い主人を見つめた。 「ナシール。バンダの兜をいずこへやった」 「秘密の場所にたいせつに置いてある」 「あれは危険な道具だ。闇の女王の股肱。黒の乗り手のために滅びの亀裂で鍛えられた。影の国の数少ない、本物の魔法の一つだ。私が預かろう」 「父さんは…僕に触るなって…でもね」

2019-09-23 09:11:03
帽子男 @alkali_acid

「僕は…父さんみたいな黒の乗り手になる」 「…そうすれば、お前は私の敵だ」 「やっぱり魔法は教えてくれないの」 「薬草の知識ならいくらでも教えよう。お前は優れた癒し手になる。望むなら父より優れた戦士になれるよう武芸も教えよう。だが魔法はならぬ」

2019-09-23 09:12:52
帽子男 @alkali_acid

童児は常若の乙女の前でわなないた。 「ダリューテさんは!!影の国がどうなってもいいの!西方人はきっとまたやってくる!あれで終わりじゃない!ゴブリンやトロールは殺される!ワーグだって!みんなみんな…」 「私はエルフ。お前がゴブリンやトロールを率いてエルフや人間を殺すのを助けはせぬ」

2019-09-23 09:14:46
帽子男 @alkali_acid

少年は唇を噛んだ。 「父さんは!エルフを襲ったりしなかった!ダリューテさんを傷つけたりしなかった!」 「お前が知らぬだけだ。あれは恐ろしい男であった」 「うそだ!父さんは…ダリューテさんがすごくすごく好きだったんだ!だって!僕がダリューテさんの歌を歌うと!いつもとっても」

2019-09-23 09:16:00
帽子男 @alkali_acid

古き虜囚はかぶりを振り、新たな看守をまた遮る。 「お前は解っておらぬ。あの男は私の忠実な家臣であった九人の騎士を殺した。この庭の入り口に生える九本の木は皆その墓だ」 「…そんなの…」 「バンダは、お前にはどこまでも優しかった…あるいはあれこそが本当の…だがすべては遅すぎる」

2019-09-23 09:19:10
帽子男 @alkali_acid

「でも…だって確かに父さんはダリューテさんのことが…」 「おいでナシール。薬草茶を淹れよう。お前の好きな苔桃の煮詰めもある。あとできちんと歯を漱ぐのだぞ」 妖精の乙女と半妖精の少年は、花咲き誇る庭でお茶を飲んだ。 それから温泉に二人で浸かった。

2019-09-23 09:21:14
帽子男 @alkali_acid

ダリューテは、ナシールのなだらかな肩に、幾度も湯をかけてやりながら、低く耳元で歌う。 「お前はバンダから、自分の母について何か聞いたか?」 「母?ワーグの母狼みたいな?」 「人はみな、父と母から生まれる。獣と同じだ」 「ワーグの父さんなんて見たことない。いつも母狼だけだ」

2019-09-23 09:23:37
帽子男 @alkali_acid

「ふふ。そうだな」 女は熱水の中で豊かな胸に童児を抱き寄せると濡れた指で湿った髪をくしけずってやる。 「悲しみも怒りも洗い落とせ。お前には似合わぬ。ほほえんでいるがよいナシール」 「…僕は…ボグを忘れない…友達を…父さんを忘れない…」

2019-09-23 09:25:54
帽子男 @alkali_acid

幼い心には、妖精のような部分と、東夷らしい部分とが同居しているようだった。 「…ナシール」 「あのね!ダリューテさん!空って飛んだことがある?」 「いいや。鷲に乗る機会は一度もなかった」 「じゃあ!一緒に乗ろう。父さんはね。怖がって一度も乗ってくれなかった」

2019-09-23 09:26:58
帽子男 @alkali_acid

「鷲がいるのか」 「あ、鷲じゃないよ!蝙蝠!」 「蝙蝠…ゴブリンどもの斥候が使うあの気味の悪い獣」 「かわいいよ!とっても!」 二人は月の輝く夜の空を、蝙蝠に乗って影の国を飛び回った。 煙を上げ、火口を赤く輝かせる滅びの亀裂を、雪を頂く外輪山を、燐の灯が躍る底なしの沼地を。

2019-09-23 09:28:51
帽子男 @alkali_acid

頭を抉られて死んだまま立ち尽くす巨鬼の石の躯を。 はるか下方に眺めて。 どこまでも翔けていった。 だが黒門のかなた、外の世界へは出ず、とうとう緑の谷へ戻った。 「ダリューテさん。もう一度だけ教えて。僕が解き放ったら、引き換えに魔法を教えてくれる?」 「ならぬ」

2019-09-23 09:31:08
帽子男 @alkali_acid

「…ダリューテさんはここから出たら、緑の森へ戻るの」 「さてな」 「森へ戻ったら、ほかのエルフにここのことを話す?地下の迷路やゴブリンやトロールや、ワーグのことをみんな話す」 「…戦に必要となれば、必要な知識を伝える。二度と妖精の騎士を、影の国で死なせぬ」 「…そう…か」

2019-09-23 09:33:33
帽子男 @alkali_acid

少年はうつむいてから、首をもたげて宣言した。 「だったら僕はダリューテさんを解き放たない。影の国の秘密を外には出させない」 女はいつも通りまっすぐ背を伸ばしたまま問い返す。 「…ならば私を見張るか。父がそうしたように口枷と手枷をはめて」

2019-09-23 09:35:36
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