エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~3世代目・後編~

シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。
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まとめ エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~3世代目・中編~ シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。 28201 pv 34

以下本編

merethion @merethion

勝手に帽子男さんのえるどれふぁんあーと 髪の色の記述が検索した範囲では見つけられずイメージ優先で スカートの解釈おさげの解釈ゆるくてすみません ほんとはもっとずっとぜんぜんかわいいしかっこいい>< pic.twitter.com/znouU7gfO8

2019-10-13 20:06:05
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帽子男 @alkali_acid

大きな桶が一つ、海辺に流れ着いていた。 木の桶。ただし大人の男が十人は中へ入ってゆとりあるほど大きい。 表面にびっしりエルフの文字が刻んである。 清らの桶。 今は滅びた西の島が誇る神秘の一品。 まことの魔法息づく、驚異の道具。 最強の海軍たりし黄金艦隊が携えた宝のうち至高のもの。

2019-09-29 15:27:47
帽子男 @alkali_acid

効能を聞けば、南の海賊から北の商船まで船乗りなら垂涎の的としたろう。 さて清らの桶にはいかなる力があったか。 何でしょう? 何でしょう? 答えは桶に汲み置いた塩水から真水を作り出せたのです。

2019-09-29 15:29:24
帽子男 @alkali_acid

塩水から、 真水をね。 それだけ。 いやそれだけどころではない。 清らの桶一つあれば戦艦(いくさぶね)は港に立ち寄らず長い長い航路を進める。 いや、きっと欲しがったのは海の男、海の女ばかりではない。陸の男や陸の女とて海辺に暮らし水の不足に悩んでいれば、喉から手が出るほど欲した。

2019-09-29 15:32:20
帽子男 @alkali_acid

だが西の島が誇った至高の魔法も、黄金艦隊が海の藻屑と消えた今もはや意味をなさない。西の果ての地を統べる光の諸王が放った津波によって、船や島ばかりではなく、かかる神秘の品も多くは毀(こぼ)たれ、壊れ、沈みあるいは破片となって波間をただようばかり。

2019-09-29 15:34:55
帽子男 @alkali_acid

砂浜にめりこんでぽっかり曇天に向かって口を開けた桶も、もはや一滴の塩水を真水に変えることさえ能わない。 残念。 誰かが拾っても物語は始まりそうもない。 そうだろうか。 そうだろうか。 一匹の黒犬が走って来て、くんくんと匂いを嗅ぎ、吠える。 後から暗い膚の少年が軽やかに追いついつく。

2019-09-29 15:36:57
帽子男 @alkali_acid

砂の上にほとんど足跡を残さない歩みは、妖精を思わせる。 「ラヴェイン。ごらんよ。君の言った通りだった。この中にあった」 「あったりまえじゃん」 琵琶を背負い横笛を携えた細身の楽士は、そっと四つ足の連れのあとから覗き込む。 「あたいが弾くたび、吹くたび、歌うたび、聞こえてたんだ」

2019-09-29 15:39:10
帽子男 @alkali_acid

「信じられないよ。あの大津波に呑まれて、わだつみの底へ沈まず、桶に転げ込んで、陸まで流れつくなんて」 「あたいとこいつら、つながってる」 楽器を操るのに慣れたしなやかな指が伸びて、桶から円かな輪郭を持つ握り拳ほどの大きさの何かを取り出す。宝石のような、骨のような、黒く艶やかな塊。

2019-09-29 15:42:06
帽子男 @alkali_acid

竜の卵。 いまだ生まれざる三頭のドラゴンの、命の揺り籠が戻ってきた。 災いを呼ぶ吟遊詩人の腕の中に。 運命に導かれて。

2019-09-29 15:43:05
帽子男 @alkali_acid

魔法を失った西の島の桶は、最後に思わぬ役目を果たしたのだった。

2019-09-29 15:43:48
帽子男 @alkali_acid

ラヴェイン。 四分の一だけ人間、四分の三はエルフ。尖り耳の楽士は東を目指す。 幼馴染の喋る黒犬アケノホシは反対する。 今までにない厳しさで。 「だめったらだめだ。東だけはだめだ」 「あたい決めたんだ。仙女様に会うんだ。そして仙女様のいる影の国を、世界で一番盛 り 上 が る 場所にする」

2019-09-29 15:46:01
帽子男 @alkali_acid

「だめだ!東にある影の国は邪悪な魔人、黒の乗り手が支配している。君の命が危ういぞ。黄金艦隊と一緒に西の果てをめざす旅と同じぐらい危険だ」 古い友達である獣は頑なに訴える。 「あたいが変える。楽しい場所に。黒の乗り手だって変える。そうしたら、皆もう東を恐れない」

2019-09-29 15:48:35
帽子男 @alkali_acid

琵琶弾きの心はもっと堅固だ。 毛むくじゃらのおつきは三角の耳を立てて、尻尾をぴんとのばす。 「君は解ってない!黒の乗り手は本当にひどいやつなんだ。沢山の人間の命を情け容赦なく奪ってるんだ。近づくんじゃない」 「だったら猶更。そんなやつに捕まってる仙女様、ダリューテをほっとけない」

2019-09-29 15:51:49
帽子男 @alkali_acid

「仙女様とは夢の中でも会える。歌の中でも会えるじゃないか」 「そんなんじゃ足りない。あたい近頃いつも考えてる。仙女様の手に触ったらどんなんだろうって。黄金王のつれあいの白銀后の手みたいに柔らかいのかなって」

2019-09-29 15:53:40
帽子男 @alkali_acid

「ラヴェイン…」 「仙女様の髪はそばで見たらどんな風だろうって。海賊王のつれあいの赤銅后、鶚(みさご)みたいに水に濡れて輝くのかなって」 「そんなこと考えちゃだめだ」 「どうして?あたい、仙女様が好き」 「君はほかの、平和な場所で幸せになるんだ」 「平和な場所ってどこ?」

2019-09-29 15:56:11
帽子男 @alkali_acid

「君が育った北の岬の神殿とか」 「たまたま津波は来なかったけど、光の諸王がまた人間のふるまいに癇癪を起こしたらどうなるの」 「じゃあエルフの暮らす船作りの港とか」 「エルフは皆出てゆくよ。それにあたい、あんなことがあって、もう西の果ての地に焦がれるやつらのところでは暮らせない」

2019-09-29 15:58:14
帽子男 @alkali_acid

「西方人の王国のどこかでいい」 「どこも皆お互いに戦い合ってる」 「それなら…」 「ねえアケノホシ!あたいもう子供じゃない!黄金王と一緒に航海に行ってから、そうじゃなくなったんだ!この世界に本当に平和な場所なんかない。少なくともあたい等には与えられてない」

2019-09-29 16:00:00
帽子男 @alkali_acid

歌唄いは楽器を抱えおろして爪弾く。音色は以前に比べれば落ちている。エルフの木でできた本体は津波にも耐えたが、影の国に巣食う大蜘蛛の糸で撚った弦がだめになり、ありきたりのものに取り換えたのだ。

2019-09-29 16:01:45
帽子男 @alkali_acid

それでもラヴェインが奏でれば、たちまち澄み渡った旋律を生み出す。 「平和は世界のどこにある。光の諸王も黒の乗り手も、みんながみんな無慈悲で残酷。月の沈む西の果ても、日の昇る東のかなたも、どこをめざせど危険は危険。だったらあたい、平和はいらない。行きたいところへ行くだけさ」

2019-09-29 16:04:44
帽子男 @alkali_acid

戯れ歌であっても、アケノホシは耳を立てたまま聞き入る。 詞も曲もすぐに変化し、風の吹くまま雲の流れるまま、旅する人々の心意気を吟じるものになる。 「ドワーフはゆくよ北の山から南の山まで。宝石や金銀を求めて。エルフはゆくよ。東の森から西の海へ。故郷を求めて」

2019-09-29 16:06:42
帽子男 @alkali_acid

「ゴブリンは獲物を求めて影の国を出る。トロールは骨を齧る洞窟を求めて。オーガは戦いの気配を探して。人間は何のため?ただ目的もなくさまよう?あたいは行く。仙女様に会いに!!」 潮騒を圧して響き渡る即興の歌は、声量も表現の豊かさももっと幼かった頃とは比べものにならない。

2019-09-29 16:09:36
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