エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~3世代目・中編~

シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。
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前の話

まとめ エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~3世代目・前編~ シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。 30269 pv 34 1 user

以下本編

帽子男 @alkali_acid

西の島。 西方諸国のうち最も栄えたる国。 人間が暮らす西端の地。 ここより西には光の諸王が統べる地しかなく、妖精だけが渡れる。 だから人間にとっては西の島がゆきどまり。 ああだが何と美しい島であったことか。

2019-09-26 20:22:52
帽子男 @alkali_acid

あらゆる船が集まる港には、道という道に青や赤の飾り石の畳が敷かれ、エルフの贈り物である金の木が葉を広げ、風にかぐわしい香りを放つ。 小鳥は朗らかに鳴き、猫は眠たげに闊歩する。 人々の面(おもて)には涙よりも笑みが多い。 市場には商人、 工房には職人、 城塁には兵士、 祭殿には神官、

2019-09-26 20:29:00
帽子男 @alkali_acid

誰もが生き生きと働き遊び、あるいは居眠りもし、家族と友達と、敵手とゆきずりの間と、ありとあらゆる言葉で話をしている。 最も多く聞こえるのは西方語。黄金王が発音と書法を一つに定めた交易の言葉だ。口にする民は毛色はさまざま、白い肌の西方人、赤みがかった南方人、浅黒い東方人まで。

2019-09-26 20:32:10
帽子男 @alkali_acid

人間ばかりではない。小人すなわちドワーフもちらほらと混じる。 得意とする手の技で仕上げた品々を売りさばき、富を得るために来たのか、あるいは西の島のよそでは贖(あがな)えない珍しい材料や土産を欲してか。

2019-09-26 20:34:25
帽子男 @alkali_acid

雑踏を嫌う妖精、エルフは街中で見かけることはないが、郊外に出れば、注意深いものは、果樹の林やせせらぎのそばに、足音もなく渉猟する影を認められる。

2019-09-26 20:35:51
帽子男 @alkali_acid

西の島。 黄金の島。 なだらかで広大な領土は隅々まで人間の手で飼い慣らされ、どこまでも続く小麦の穂が風に波打つさまは、もう一つの海のよう。 島の住民はてらいもなく口にする。 「あたしらは世界で一番美しい土地に住んでるのさ。光の諸王の統べる西の果てを除けばね」

2019-09-26 20:38:20
帽子男 @alkali_acid

「すっごい…すっご…い!!!!!」 琵琶を担ぎ横笛を携えた少年が、声変わり前の喉から昂(たか)ぶった叫びを上げる。 「ねえ!見て!あんなに高い家ってある?あたいが暮らしてた岬の神殿より高い!」 そばで黒犬が見上げて、ぶつぶつと人間の言葉で相槌。 「砦じゃないよな。灯台でもない」

2019-09-26 20:41:36
帽子男 @alkali_acid

小さな楽士ラヴェインとしゃべる犬のアケノホシ。 田舎もの丸出しの一人と一匹だ。 「ねえ!あれ何!」 通りすがるおじさんを捕まえて聞く。 「家だよ」 「家?なんであんな高いの」 「いっぱい住めるだろ。人が。王の法がなけりゃもっと高くなってたさ。倒れるぐらいにな」 「法?」

2019-09-26 20:43:16
帽子男 @alkali_acid

童児と獣はとりあえず親切な住民にありがとうを言ってからまた港町を歩き回る。 「そういえば、隼が島じゃ王の法に気をつけろって言ってたけど、なにそれ?」 「ならわしみたいなものだね。でもここでは…すごくきっちり決まってる」

2019-09-26 20:44:56
帽子男 @alkali_acid

街に建てていい家の高さはどれぐらい、港に入れる船の大きさはどれぐらい。 あそこで寝てはだめ、ここで物乞いをしてはだめ、おしっこもうんちも決まった場所でしなさい。 みたいなやつ。 「めんどくさ!」 「…なのに皆守ってる。膚も髪も目も言葉も違うのに」

2019-09-26 20:47:15
帽子男 @alkali_acid

アケノホシは島に来てから、ラヴェイン以上にようすに驚いているようだった。とても物知りな犬のはずなのに、連れの幼い歌唄いよりも戸惑っている。 「…これが…人間の…西方人の本拠か…」 「なんかうっとうしい」 不意に金の絲帯(リボン)を髪に巻いたきりっとした女が話しかけてくる。

2019-09-26 20:50:13
帽子男 @alkali_acid

「そこのあなた。島は初めて?」 「そうだけど?」 「だったらうろうろしないで、宿屋を決めなさい」 「うえー」 「ふるまいの麺麭(パン)をもらいそこねますよ。今日は茴香(ういきょう)入りで、香草と一緒に酢漬けにしたお魚と玉葱がつくのに」 「ふるまい?」 「王の法ぐらい覚えなさい」

2019-09-26 20:51:56
帽子男 @alkali_acid

初めて島を訪れたら宿は三日はただで泊まれ、初日にはふるまいの麺麭がもらえる。 これまた王の法だそうだ。 「うっま!うっま!!王の法ってすっごい」 「なるほどね。これなら大抵の人はどこかの宿を決める…王の目が届きやすいところに腰を落ち着ける」

2019-09-26 20:54:00
帽子男 @alkali_acid

黒犬はいつになく真剣な口調だった。 暗い膚の童児が魚を半分ちぎって渡してやるとすぐ食いついたが。 「なんかアケノホシ変だよ。ぴりぴりしてるっていうか」 「…そ、そうかな…ただ…驚いているんだ…黄金王の力に」

2019-09-26 20:55:46
帽子男 @alkali_acid

「力?そーいえば黄金艦隊ってのみなかったな。騎士もいないし」 「街にはあまり入れないようにしてるみたいだね」 「あんまり力ないんじゃない?」 「逆だよラヴェイン。本当に力ある王だからこそ、民にいちいち力を誇らなくていいんだ。もののふを後ろに退かせても、皆は彼に従うから」

2019-09-26 20:58:11
帽子男 @alkali_acid

「うふっ」 急に琵琶弾きがふきだし、あわてて麺麭をこぼさないよう手で押さえる。 四つ足の相棒は首を傾げた。 「どしたの?」 「なんかまた、アケノホシの方が王様みたい」 「…僕は…そんなんじゃないよ」 「じゃあさ、黄金王と黒の乗り手だったらどっちが強い?」 「…それは…」

2019-09-26 20:59:27
帽子男 @alkali_acid

黒犬はうなだれた。 「ひょっとしたら…黄金王の方が強いかもしれない」 「でも黒の乗り手は死人占い師で魔法使いなんでしょ?魔法なら何でもできるじゃん」 「…西の島は魔法に頼っていない。王法が支配している…それは魔法より…ひょっとしたらずっと強い力かもしれない」

2019-09-26 21:01:23
帽子男 @alkali_acid

「えー?へんなの」 「くぅん…僕はただの犬だし…あんまり難しいことはわからないよ」 「またそれ…でもさ。黄金王はわるいやつ。海賊の隼のおばさんをさらって、竜の」 「しーっ」

2019-09-26 21:02:47
帽子男 @alkali_acid

アケノホシがあわてて止めると、ラヴェインは喋るのをやめ、ごくんと麺麭の残りを飲み下す。 秘密。秘密。 一人と一匹が西の島へ来たのは、黄金王と対立する南方人の海賊、すなわち南寇の統領である隼(はやぶさ)という男の頼みを受けてだ。 黄金王の部下が連れ去った隼の叔母を助け出すためだ。

2019-09-26 21:05:42
帽子男 @alkali_acid

「どこにいるのかな」 「さあ。島はずいぶん広い。簡単には聞き出せないだろうね。ここには南の人もいるみたいだけど…でも黄金王を悪く思ってはいないみたいだ」 そうなのだ。西の島の艦隊と南寇は激しく戦っていて、西方人と南方人は互いに恨み骨髄かと思いきや。

2019-09-26 21:08:02
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