エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~3世代目・中編~

シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。
41
前へ 1 2 ・・ 15 次へ
帽子男 @alkali_acid

「ねえお姉さん!お姉さん南の人でしょ!」 吟遊詩人の少年は、中年の酌婦を呼び止める。 「そうだけど」 「黄金王をうらんでないの?」 「はあ?」 「黄金王は南の村を焼いたじゃん!」 「ああ、そうだけど…慣れりゃ悪くないよ。ここの暮らしも」

2019-09-26 21:10:38
帽子男 @alkali_acid

すると隣で、酔客がいきなりおだをあげる。 「俺は黄金王なんぞ嫌いだね!なにが歌比べだ!ばかばかしい!東じゃ黒の乗り手!南じゃ海賊の隼が暴れてるってのに、あいつは商売と…歌のことばっかりだ!」 「おいよせ。王の悪口なんて」 よそものらしき向かいの席の男がものなれぬようすでいさめる。

2019-09-26 21:13:06
帽子男 @alkali_acid

官吏がやってきて巻き添えを食らったらたまらないとでも思ったのか。 だが酔っ払いはげらげらと笑うだけだ。 「あんちゃんこの島は初めてか?ここじゃ西方諸国のほかの土地…北朝やら南朝みたいに王家の悪口を言っただけで牢屋に放り込まれるなんてこたあねえ!王の法がそう定めてる!」

2019-09-26 21:14:52
帽子男 @alkali_acid

次々のほかの客が和す。 「おいぼれ黄金王!若作りのじじい!」 「ぼけた頭の中は西の果て、歌のことでいっぱいよ」 「まぬけの黄金王に乾杯!」 「我等の王に!」 「西の島の守り手に!」 何かすごい 盛 り 上 が っ て き た。

2019-09-26 21:17:12
帽子男 @alkali_acid

「あたい!歌いたい!」 たまらずラヴェインが琵琶の包みを解きながら叫ぶ。 「ほいきた!よし卓をあけろ。お嬢ちゃん歌比べに加わる楽士か!どれほどの腕か見てやる」 めちゃめちゃ喝采を浴びた。

2019-09-26 21:18:34
帽子男 @alkali_acid

宴の後の夜更け。 ふかふかの布団に入った少年は、寝台の下に丸くなる黒犬に眠たげに話しかける。 「ねえ、黄金王ってわるいやつだよね」 「…南の人にとってはそうだね」 「ここの人達、嫌いじゃないみたい」 「そうみたいだね」

2019-09-26 21:20:21
帽子男 @alkali_acid

「…じゃあさ…もしかして…影の国の…黒の乗り手も…あそこにいる…ゴブリンや…オーガや…ワーグや蝙蝠にとっては、いいやつなの」 「もう寝なよラヴェイン。夢で仙女様が待ってる」 「うん…あのね…アケノホシ」 「なあに」 「あたい、黒の乗り手が…どんな歌を唄うか知りたいな…」

2019-09-26 21:22:04
帽子男 @alkali_acid

少年がうとうとし始めると、獣は首をもたげ、じっと静寂に耳を澄ませ、言葉をつむぐ。 「君を…腕に抱いて、唄ってあげられたらどんなにいいか…ラヴェイン。僕のラヴェイン…黒の乗り手は…でも…君に会ってはいけないんだ」

2019-09-26 21:24:02
帽子男 @alkali_acid

さてさて。 翌朝になると一人と一匹は出発する。 運河を遡行する客船が出るからだ。 目的地は都。歌比べは都で行われる。 都や港町よりもっと大きいそう。なんかもう想像を絶する。

2019-09-26 21:25:43
帽子男 @alkali_acid

運河をゆく船の舷から、とぎれることなく揺れる黄金の穂波を眺めつつ、ラヴェインは空を飛ぶ白い鳥や、街道を駆けてゆく伝令の馬などにも感嘆を発する。 「うはー…うはー!うはー!あの小麦がぜーんぶ麺麭になるんでしょ?おいしかったなあ!」 「僕は欠片しかもらってない」 「お魚あげたじゃん!」

2019-09-26 21:27:48
帽子男 @alkali_acid

「あの畑のあいだにきらきらしてるの何」 「水道だね」 「水道?」 「麦に水がよく回るようにって。石と陶で作ったんだ」 「誰が?」 「黄金王か…その先代か…本で読んだことはあるけど、こんな規模だとは思わなかった」 「アケノホシ!本読めるの?足、肉球しかないのに?」 「爪もあるよ…」

2019-09-26 21:30:18
帽子男 @alkali_acid

黒犬は尻尾を振り、耳をぴくぴくさせながら麦畑を飽かず眺めている。 「何考えてんのさ」 「別に」 「言わないと川におっことす!」 「…うう…」 「影の国のことでしょ。ね?」 小声で少年が尋ねる。

2019-09-26 21:31:23
帽子男 @alkali_acid

「…うん」 「畑と影の国が関係あるの」 「影の国には畑はないんだ。そういうのはうまくできない土地だから…でももしこれだけの穀物があれば、ゴブリンもオーガも、トロールも飢えずに済む…」 「食べるの?麺麭」 「多分…でもきっと…そうしたら…子供が沢山できて…そして…」

2019-09-26 21:33:03
帽子男 @alkali_acid

獣はわふっと溜息を吐く。 「数の増えた鬼は影の国の外へ行こうとするだろう。新たな縄張りを求めて」 「いけばいいじゃん」 「外にはもう人が住んでるんだ。戦になる」 「なんで!」 「…なんでかな。僕にはわかんない」 「もー!アケノホシこちょこちょ!」 「わふ!わふわふ!」

2019-09-26 21:35:33
帽子男 @alkali_acid

一人と一匹がじゃれていると、甲板で、島の外から来たらしい楽士が胡弓の演奏を始める。 「あ!歌比べに出るひとじゃん!」 「たぶんそうだね」 「あたい聞いてくる」 別の場所では太鼓を打ちながら朗誦を始める楽士もいる。 「ぬ!あっちでも」 「わふ。歌比べ。盛り上がりそう」

2019-09-26 21:39:08
帽子男 @alkali_acid

西の島の都は大きな湖のほとりにある。 幾多の運河が流れ込み、また出ていく。 「わふ…この湖そのものが…運河と同じ…人間の手で掘ったんだ」 「そんなことできるの?」 「できるみたいだ…」

2019-09-26 21:40:48
帽子男 @alkali_acid

都はとにかくすごかった。 西の島の港町よりでかい街なんかないと思っていたラヴェインだったが、なんかもう半端じゃない。まず城門が四重ぐらいになっていて、それぞれが異様に高い。鯨でも船でも通れそう。 言うたらウォールマリアとかウォールロゼみたいなね。 家は皆高くて四階ぐらいまであるし。

2019-09-26 21:42:46
帽子男 @alkali_acid

妖精の金の木もあれば、小人の作った見事な彫刻なんかもある。 そしてあちこちで歌と曲が響いている。楽士が歌比べの前に軽く腕試しをしているのだ。 「ほぎゃあ…」 完全に頭がパンクしそう。 「くさ!」 急に臭くなる。そばをでかい甕を積んだ車が抜けていく。 「何あれ?」

2019-09-26 21:44:59
帽子男 @alkali_acid

「肥え汲みも知らないのか田舎者は」 よそものっぽい青年が先輩風を吹かせてどやる。 「西ノ島の町では用を足すのに決まった場所でやる。そこでたまった…なんだ…あれそれを運ぶのだ」 「なんで?」 「あふれるだろう」 「そっか」

2019-09-26 21:46:20
帽子男 @alkali_acid

黒犬はだらりと舌を出し、あとで補う。 「人間の出した汚れは、きちんと扱えば畑の肥やしになるんだ」 「肥やし?」 「麦がよく実るよう畑に敷くんだ」 「じゃあ、決まった場所でうんこする王の法にも意味あるんだ!」 「意味のない王法はなさそうだね」

2019-09-26 21:48:10
帽子男 @alkali_acid

くさい部分もあるが、美しい街だった。 だが観光ばかりしてもいられない。 「歌比べに出て…全部勝って、そんで…褒美は思いのまま…そうしたら…隼のおばさんを島の外へ出す!どう!」 「完璧だよラヴェイン。黄金王が約束を守ればね」 「約束、破りそう?」 「うーん…」

2019-09-26 21:50:40
帽子男 @alkali_acid

アケノホシはあたりをうかがった。王法がすみずみまで行き届いたにぎやかな都会を。 「わかんないな…」 「なにそれ?ばっかみたい」

2019-09-26 21:51:40
帽子男 @alkali_acid

歌比べの会場は、湖に面した野外円形劇場だ。 予選とか事前審査もろもろある。 「あたいラヴェイン。こっちは犬のアケノホシ」 「歌うのはどっち?」 「あたい」 「じゃあこの羊皮紙に署名するか宣誓を…ほう字が書けるのか」 「綴り方きらい」 「さては神殿育ちか。精々光の諸王の加護を祈るがいい」

2019-09-26 21:55:36
帽子男 @alkali_acid

もちろん仙女ダリューテ、銀の指ナクハイアル、小鳥の友ミルドガードといったエルフの名人が仕込んだ秘蔵っ子がそんじょそこらの楽士に負けるはずもない。 参加したとたん破竹の勢いである。

2019-09-26 21:56:48
帽子男 @alkali_acid

いつも歌比べが始まると超満員どころか劇場の外に三重ぐらいに人垣ができているが、その中でもラヴェインの歌は抜群の人気を誇った。 「くくく…今度の歌比べ…あの新人どこまでいくかな」 みたいなことを劇場の柱にもたれて腕組みしつつ上から目線で眺めているやつとかもおる。

2019-09-26 21:58:30
前へ 1 2 ・・ 15 次へ