エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~3世代目・後編~

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帽子男 @alkali_acid

声変わりを迎えても、少年の喉は低くはならなかった。 いや正確には、好きな高さを選べた。幼い子供だけが持つ小鳥の囀りと欺く喉から、成熟した女の出す軽やかでいて強い響き、大柄な男の楽士のあたりの空気を揺すぶる重みのある音色まで。

2019-09-29 16:13:07
帽子男 @alkali_acid

七彩の声のラヴェイン。 妖精と人間どちらの頌(うた)にも精通した楽士。 演奏と歌唱は魔法を織りなし、煌めく影、半透明の貴婦人が砂の上にあらわれる。 「お前の喉も指も、ますます巧みに、細やかに、剛(つよ)くなる。すでに私を超えたな。ラヴェイン」 「仙女様!」

2019-09-29 16:16:20
帽子男 @alkali_acid

はるか東のかなた、影の国から、とらわれの妃騎士、森の奥方たるダリューテの霊気が、旋律にからめとられてやってくる。 決して触れられはしない音楽の師、物心つく前からずっと慕う常若の乙女に、少年は琵琶を置いて腕を広げる。 「あたい、会いにいく!絶対」 「予言に心せよ」

2019-09-29 16:18:47
帽子男 @alkali_acid

「…予言。塚人。墓から出てきた顔色の悪いやつらが言ってたこと?」 「死者の言葉は不吉なれど、真実を貫く。すでに西では災いが起きた」 「…あたいが、起こした」 「お前は最後の引き金に過ぎぬ。すべては黄金王、いや西の島に住む人間のとめどもない驕りが招いた。されどお前は命を落としかけた」

2019-09-29 16:20:59
帽子男 @alkali_acid

「ううん。あたいがいなかったら…あたいが黄金王の野心に火をつけたんだ」 「お前がいなければ、ほかのものが選ばれていたであろう。だが、いずれにせよ滅びは起きた。問題は、そこにお前が巻き込まれること」 「じゃあ…影の国でも何が起きるっていうの?あたいが行こうと行くまいと」 「あるいは」

2019-09-29 16:23:04
帽子男 @alkali_acid

「だったら!ますます行かなきゃ!仙女様を助けなきゃ!」 「軽はずみはならぬ。予言は何と言っていた?」 「血のつながった男と…あたいが殺すとか、殺されるとか。あたいが歌で人を殺すなんてあるはずないのに…ううん…そんなことないや…西の島の皆はあたいが…」 「ラヴェイン。心をしかと持て」

2019-09-29 16:24:50
帽子男 @alkali_acid

ダリューテはおぼろな腕を伸ばす。すでに音楽の魔法が解け、いつもの如く薄れ始めている。 「私は、黒の乗り手に囚われ奴隷となるまで、ずっと戦場で生きてきたエルフ。味方ではない誰が死のうと構わぬ。肝心なのはお前が無事であること」

2019-09-29 16:26:29
帽子男 @alkali_acid

「あたいは仙女様に無事でいてほしい。幸せになってほしい」 「私は…幸せだ。ラヴェイン。お前が達者であれば」 「あたいは達者!いつだって!だから…」 仙女は消えた。少年と黒犬は取り残された。 「ね?ダリューテさんもああ言ってる。やっぱり…」 「東へ行くね」 「ええ…どうしてそうなるの」

2019-09-29 16:28:41
帽子男 @alkali_acid

東へ東へ。 毎朝毎晩アケノホシは引き返すよう説得し、毎朝毎晩ラヴェインははねのける。 「どうしてそう頑固なの!」 「そっちこそ!嫌ならついてこなくていい!」 「そうはいかないよ!僕がラヴェインのそばを離れるなんて、もう二度としない!」

2019-09-29 16:30:12
帽子男 @alkali_acid

旅する女装の少年は背が伸び始めている。骨が育つのに肉がついていけず痛みにうんうんうなる日もある。 ますますエルフの血筋がはっきりしてくる。丈はずば抜けた長躯だった祖父よりずっと低く、父よりもさらに低いが、しかし十分にすらりとしていて、しかもより優美。というか男か女かますます不明。

2019-09-29 16:32:34
帽子男 @alkali_acid

種明かしをすれば、ラヴェインは本来であれば女として生まれるはずだった。だが黒の乗り手の呪いが性を捻じ曲げ、エルフの奴隷とのあいだに子をなせるよう男としての形を与えたのだ。 自然と魔法と二つの複雑な絡み合いによって、楽士はどちらともつかないうわべを持つようになった。

2019-09-29 16:34:14
帽子男 @alkali_acid

男も女も振り向き、心を惹かれるが、すぐに容姿などどうでもよくなる。 しなやかな若者の、真の魅力は指と喉が紡ぐ歌と曲、足の運びがおりなす踊りだから。 「あなたに恋をしたいけど、あなたの音楽に惚れてしまうの」 西方人の酌婦は酒場でそう笑った。 楽士はにこっとして麦酒を呷る。

2019-09-29 16:36:05
帽子男 @alkali_acid

「あたい、恋の歌なら千も万も歌ってきた。でもほんとのところは解らない」 「節回し一つであんなに俺達を泣かせるのにか」 「恋をした人は見てきた。恋に全部を捧げた人も。とってもとってもきれいな人だった。まっすぐ強くて、あたいと同じくらい歌うのも奏でるのもうまくてさ」

2019-09-29 16:38:31
帽子男 @alkali_acid

ラヴェインは海賊の隼を覚えている。海女の鶚を。西の島の悲しい妃、白銀后を。歌には皆があらわれる。人々は黙って耳を傾ける。 死んだ者も生きている者も曲の中では鮮やかに動き回る。 「あたいの歌を聴け!!さあ…それでみんなも歌って!」

2019-09-29 16:40:52
帽子男 @alkali_acid

山から来たドワーフにも幾度か行き合う。とっつきにくい小人だが、琵琶や横笛が響くとつい髭面を綻ばせる。 「ドワーフの歌は?」 「聞きたいか?山の下の王国で男達が唱する槌の歌。鶴嘴の歌」 「聞きたい!」

2019-09-29 16:42:38
帽子男 @alkali_acid

ひとしきり曲を披露しあったあとで、短躯ながら逞しい職工は溜息をつく。 「だが山の下もめんどうになった」 「何がさ」 「今の王はあれにとりつかれてる」 「何がさ?」 「おっとこれ以上は話せんな。楽士といるとつい口が軽くなる」

2019-09-29 16:44:41
帽子男 @alkali_acid

ドワーフの歌にも心は惹かれたが詩人の目的地は東。 やがてどこまでも広がる森の端に達する。 「この木々はどこかで緑の森につながっている」 黒犬が説明する。 「緑の森。仙女様。ダリューテが…お妃として暮らした場所」 「僕は行けない。魔法に長けた上(かみ)エルフはもういないというけど」

2019-09-29 16:48:10
帽子男 @alkali_acid

「だったらアケノホシは、エルフだって騙せるんでしょ」 「そうもいかない。今の森の女王は、仙女様を奪った影の国を深く恨んでいるという。影の国の生きものにはことさら疑い深いと思うよ。たとえ魔法で探り当てられなくても、鋭い目と耳でじっくり調べられたらまずい」

2019-09-29 16:49:59
帽子男 @alkali_acid

「じゃああたいもいかない」 「そうか…」 「アケノホシと離れ離れになったら、仙女様ともお話できなくなるし」 「解った。とにかく森エルフは避けよう。ほかにも森にはおかしなやつらがいるって話だけど」 「おかしなやつら?」 「木とか」 「木は木でしょ」 「古い森ではそうでもない」

2019-09-29 16:51:33
帽子男 @alkali_acid

アケノホシは、樫やぶな、楢や楡、櫟などの木をひとつひとつ教えていく。 「このあたりでは魔法が働いて、いろいろな木々をごたまぜに生やしている」 「魔法って?エルフの?」 「あるいは精霊の…光の諸王の」 「うえ」

2019-09-29 16:52:53
帽子男 @alkali_acid

「草木と花の男神は知ってるね」 「光の諸王の一柱、でしょ」 「とても慈悲深い精霊で、ほかのみんなと西の果てへ去る前に、愛する草木を守るために、木の牧者を作っておいていったそう」 「木の牧者?」 「詳しいことは解らない。でも薪をとるドワーフやゴブリンは死ぬほど恐れている。エルフさえも」

2019-09-29 16:54:46
帽子男 @alkali_acid

「草木を傷つけない方がいいってこと」 「このあたりにはいないと思うけどね。もっとずっと南の、森がさらに深く緑が濃いところ、草原と馬の国のそばで、木の牧者がいたという伝説がある」 「物知り!アケノホシ」 「へへん。僕は賢い犬」

2019-09-29 16:55:53
帽子男 @alkali_acid

楽士は周囲に生える緑の巨樹を眺め渡してから、四つ足の連れにまた尋ねる。 「ねえアケノホシ。草木もやっぱりエルフみたいに西の果てへいきたいのかな」 「木は大地に根を張り、大地を愛するもの。でも光の諸王の祝福を受けた草木は西からの風に美しくそよぐって」 「東からの風には?」

2019-09-29 16:57:36
帽子男 @alkali_acid

「東からって?」 「影の国を好きな草木はないの」 「影の国は一部を除けば、あまり豊かな森はない。最も性悪な茨とか毒のある茸とか、そういうのはいっぱいあって、顎の強い兎とか鹿とか猪はばりばり食べてるけど」 「あはは!面白!あたい影の国の草木を早く見てみたい」 「…ふー…藪蛇」

2019-09-29 16:59:04
帽子男 @alkali_acid

物知りのくせにいつもお馬鹿な黒犬は、森ではすごく役に立った。根の間に隠れた危険なぬかるみやら亀裂やら、すぐ迷いそうな入り組んだ林やらを避け、獣道を継いで進んでいく。もちろん妖精の血を引く若者の健脚があればこそついていけるが。

2019-09-29 17:01:02
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