エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~2世代目~

シリーズ全体の目次はこちら https://togetter.com/li/1479531 ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。
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帽子男 @alkali_acid

「私も先輩みたいな癒し手になりたいです」 「ミレノアならなれるよ。僕なんかよりずっと立派な癒し手に」 「そうでしょうか…私の故郷は北の街で…エルフはもちろん、魔法の使い手なんか一人もいませんでした…自分に資質があったなんて信じられないぐらいで…」 「ミレノアはだいじょうぶ」

2019-09-23 10:30:33
帽子男 @alkali_acid

けっきょく二人はいくつかの種と根を買って出た。お金はナシール持ち。 「ナシール先輩って、王家の方ではないんですよね」 「ただのいなかだよ。ミレノアが住んでるところよりずっといなか」 「どうして…いつもお金があるんですか?」 「塚を暴いたから」 「え?」 「昔このあたりで死んだ王様の」

2019-09-23 10:32:32
帽子男 @alkali_acid

「ええ?」 「死霊術の練習に。塚人になった王様や騎士と話をしたんだ。木になった妖精よりずっとつまらない人達だったけど」 「…死霊術って!?四階の書庫にある禁呪!?」 少女は愕然としてから、にこにこと笑う少年をもう一度見る。 「もう!からかってるんですね!」 「あははは」

2019-09-23 10:35:13
帽子男 @alkali_acid

「ねえ。そこの踊る小鹿亭で薬草茶を飲んでいこうよ」 「い、いけませんよ学問以外の目的でお店に入るなんて」 「でも僕がご亭主に作り方を教えたんだ。お酒以外にも飲み物があった方がいいって。学び舎の生徒が来るからって。ね?誰も頼まなかったら恥ずかしいんだ」 薬草茶と苔桃の蜜漬けをつまむ。

2019-09-23 10:37:45
帽子男 @alkali_acid

「おいしい…まるで…エルフのお食事ですね!食べたことないですけど」 「そうだね。本物はもっとおいしいけど」 「エルフのふるまいを受けたことがあるんですか?エルフとお友達なんですか?先生方は皆、王子様や王女様にもそっけないのに…」 「友達じゃないよ。僕の奴隷」

2019-09-23 10:38:57
帽子男 @alkali_acid

暗い膚の少年がさらりと言うのへ、少女はそばかすのういた鼻から眼鏡をずり落としそうになる。 「ど、奴隷?…あーまた!!わたしのことからかって!」 「あははは」

2019-09-23 10:40:19
帽子男 @alkali_acid

「奴隷…罪を犯した人とかがなる身分ですよね。私、あんまり好きじゃありません。私の街では禁じられています」 「僕のいなかにもひとりしかいないよ。この街にはそれなりにいるみたいだけど」 「…北朝の人達は奴隷を使いますよね…まるで大昔の影の国みたい…あ、いけない…」 「影の国か」

2019-09-23 10:42:51
帽子男 @alkali_acid

「闇の女王とかいう悪い女神をあがめてて、ゴブリンとかトロールとか、オーガとか!気味の悪いやつらと一緒に…堕落した人間まで…まわりから人をさらって奴隷にして、拷問して…うう…こんな話ごめんなさい…ちょうどそこの歴史を勉強してて…夢に見ちゃって」

2019-09-23 10:44:36
帽子男 @alkali_acid

少年は薬草茶をすすってから尋ねる。 「ミレノアはもし、影の国の…堕落した人間に会ったらどうする?」 「え、逃げます…私、戦いの魔法得意じゃないし」 「じゃあ相手の足が速かったら?」 「騎士団に通報します!」 「仲良くはしないの?」 「無理ですよ!すっごく悪いやつらなんですから」

2019-09-23 10:45:46
帽子男 @alkali_acid

「そうか。ならしかたないね」 「でも…影の国は滅んだんだから大丈夫です。最後の親玉。黒の乗り手がいたって噂もありますけど…北朝の勇敢な王子が命と引き換えに倒したって。あの乱暴な王子様達もちょっとは役に立ちますね!」 「そうだね」

2019-09-23 10:47:40
帽子男 @alkali_acid

ナシールはぞくりとするほど甘くほほえんだ。ミレノアは胸を高鳴らせる。 一緒にいると毛色の違う先輩はいつも違った面を覗かせる。 「あ、そろそろいかないと!薬草茶とあと蜜漬けおいしかったです!」 「うん。よかった」 支払いを済ませて踊る小鹿亭をあとにする。

2019-09-23 10:51:38
帽子男 @alkali_acid

ちなみに西方諸国の貨幣はですね。 領土と王権は分裂しているものの、最も強大な海軍を有する西の島の古王国は、黄金王ファラゾエアというたいへん威勢のいい方が規格を定めたものが流通しております。 まあユーロみたいなもん。

2019-09-23 10:53:35
帽子男 @alkali_acid

ミレノアは早く帰らなければいけないのに、何となく遠回りして街を歩いてしまう。半歩後をナシールはついていく。北の街でも学び舎でも、女に行く先をゆだねる男など会った試しがない。 「先輩って…」 風情のない工事現場に通りかかる。石造りの建物を作ってる訳よ。

2019-09-23 10:55:44
帽子男 @alkali_acid

北朝から連れてこられた奴隷が働いてる。でかい。角がある牙もある。 膚は赤みがかっている。鞭が容赦なく下りている。 「こののろまが!」 「ぐるるる…」 人間じゃなさそうだ。ドワーフでもエルフでもない。 「あれ…」 ミレノアが思わず後ずさる。

2019-09-23 10:56:52
帽子男 @alkali_acid

影の国の話をしたばかりなのに縁起が悪い。 闇の種族の一匹。ゴブリンにしては大きすぎるし、昼の光の中で石にならないならトロールではない。オーガではないか。 「ど、どうして…ここに怪物が!?」 「ボグ…」

2019-09-23 10:58:15
帽子男 @alkali_acid

少年はつかつかと懲罰の道具を振り上げる監督のそばへ歩み寄る。 「何があったんですか?」 「あ?なんだお前…学生か…おかしな膚だな」 北朝人は気色ばむが、背後に白い肌の女生徒がいるのを認めて態度を和らげる。 「この馬鹿がまともに働かねえから罰をくれてやってんだ」

2019-09-23 10:59:54
帽子男 @alkali_acid

ナシールはオーガを見上げる。まだ若い。というか幼い。子供の戦鬼だ。 どこか淀んだ眼差しをしている。 「眠りが足りていません。食べ物も」 「怪物を甘やかしてもいいこたあねえ」 「死んでしまいます」 「死んでいいんだよ!そういう約束で引き取ったんだ。雄のオーガはこき使ってくたばらせる」

2019-09-23 11:02:03
帽子男 @alkali_acid

「そう、ですか」 「雌は別の使い道があるが…へ…物好きもいるからな。ま雄だってガキのうちなら…いやそんな話はいいや。いいからいったいった。あんたらは勉強だけしてろ。立派な魔法使いになるだろうが」

2019-09-23 11:03:15
帽子男 @alkali_acid

少年がじっと黙りこくると、少女が勇気を振り絞って駆け寄る。 「街中に怪物を連れ込むなんて!あ、危ないじゃないですか!」 「危なかねえよ!こいつは、あんた達の先輩が、魔法で去勢してあんだ。へへ。雄だってお嬢ちゃんには指一本触れられねえよ」 「きょ、去勢?馬にするあれ?」

2019-09-23 11:04:44
帽子男 @alkali_acid

「おう。北朝の姫様がなさった技だ。あんたもそういう役に立つ魔法を作ってくんな。さあいったいった!」 溜息をついたナシールはまた口を開く。 「このオーガは放っておけば数日のうちに死にます。あなたはそれで報酬を受け取れるのですか?」 「いいや。引き取り料は前金でもらってる」

2019-09-23 11:07:01
帽子男 @alkali_acid

「僕が…奴隷を買い取るといったらいかがですか」 「学生さんが?へ、何をもの好きな…こいつは大食いだし、特別な許可がなきゃ街へは連れ込めねえぜ。学び舎で飼えんのかい?んん?」 「攻撃の呪文の…実験に使いたいと思いまして」 にこやかに応じる魔法使いの卵に、北朝人は疑わしそう。

2019-09-23 11:08:52
帽子男 @alkali_acid

「ならいいや。だけど高いぜ」 「言い値でお支払いします。頑丈な的がどうしてもほしいんです」 ナシールはまた気前よく金貨をばらまくと、死にかけの戦鬼の子供を引き取った。 鎖を引くと怪物は従順についてくる。 「ど、どうするんですか?!」

2019-09-23 11:14:50
帽子男 @alkali_acid

「どうしようかな」 「何も考えてないんですか!?」 「うん。つい」 「学び舎には連れてゆけませんよ!オーガなんて!?攻撃の呪文の的だなんて…先輩…本気ですか?」 「うーん…ねえミレノア。このことは先生やほかの生徒には秘密にしておいてね」

2019-09-23 11:16:28
帽子男 @alkali_acid

少年は恐れげもなく戦鬼の仔に近づくと何事かを聞き慣れない言葉で告げた。 幼い怪物は驚いたようすで目を開き、牙を慣らしてから、のそのそとあさっての方向に歩き出す。 「ちょ?いっちゃいますよ」 「だいじょうぶだよ」 「何か呪文をかけたんですか?そんな気配…」 「だいじょうぶ」

2019-09-23 11:18:03
帽子男 @alkali_acid

夜更け。学び舎を一匹の蝙蝠が飛び立つ。とほうもなく大きな翼を持った。 本来、影の国に棲むはずの獣は、敷地を十分に離れ、街から遠からぬところにある森へ降りると、四足に変わる。魔狼、黒狼、ワーグ。 獰猛な殺し屋。

2019-09-23 11:19:30
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