エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~3世代目・前編~

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帽子男 @alkali_acid

甲板上で、腕組みしながらそろそろ引き上げるかと考えていた隼は、かなたで鯨が一斉に飛び跳ねるのを目にした。 「おいまさか…」 慌てて舷に寄って波の下を覗き込む。 「嘘だろ…海の中で歌って…弾いてるのか」 黒犬は度肝を抜かれた海賊達のあいだをでくるくる駆け回っている。 「わうわう!」

2019-09-25 23:20:09
帽子男 @alkali_acid

「鯨って大きいねえ…鯨より大きなものっているのかなあ」 夜の酒盛りでは、うっとりとラヴェインは呟く。 「竜ぐらいだな」 隼は麦酒を呷りながら応じる。 「竜?竜かー。あたい竜の歌は沢山しってるけど、見たことない」 「俺はある。卵だけどな」

2019-09-25 23:22:10
帽子男 @alkali_acid

「え?またお伽噺だから信じないって言うかと思った」 「俺の叔母上がな…見つけたのさ」 「おばさん?いたの?」 「当たり前だ。俺だって親もいれば…叔母もいる。いいか。竜の卵は三つあった」

2019-09-25 23:23:52
帽子男 @alkali_acid

海賊は遠くを見て呟く。 「叔母上は腕の良い海女だからな。誰もたどりつけないほど深くへ潜って、沈没船から引き上げた」 「沈没船から竜の卵!へんだけど面白!」 「大昔の船だ…気味の悪い形をしてたってな。影の国のもんかもしれないと、じじばばは怖がってたが。叔母上は気にしなかった」

2019-09-25 23:26:32
帽子男 @alkali_acid

「竜の卵は宝石みたいにきれいだった。どれも黒くて、つやつやしててな…だがどうやっても孵らん。孵っても困るが。大昔の卵さ。とっくに中も死んでる」 「でも見てみたいな!どこにあるの?隼のおばさんどこにいるの」 「…もうここにはいない」

2019-09-25 23:28:08
帽子男 @alkali_acid

隼は急にふさぎ込んだ。眼帯をはめた顔が、急に幼く見えた。 押しかけ人質と犬質は顔を見合わせた。

2019-09-25 23:29:07
帽子男 @alkali_acid

翌日、海賊の統領は小さな楽士を、ずっと南にある、海辺の村の廃墟へ連れて行った。 先導する青年は歩いているうち土にまぎれた骨を踏み、舌打ちする。 「まだ海にまき損ねたやつがある…」 子供の骸骨だった。 「ここなに?」 「叔母上と俺のいた村だ」

2019-09-25 23:31:27
帽子男 @alkali_acid

「ここが?なんもないけど」 「黄金王の海軍が焼き払った。正真正銘の海賊の村だからな」 「あっそ…隼のおばさんはどこ?」 「黄金王が連れてった。竜の卵と一緒にな」 「…そーなんだ」 「…俺がお前に本当に頼みたかったのはな」

2019-09-25 23:33:21
帽子男 @alkali_acid

隻眼の男は振り返る。 「黄金王の宮殿に…いる…叔母上のようすを確かめてほしいってことだ」 「自分でいけばいーじゃん」 「そうしようと思ったんだがな。西の島にはうようよ黄金艦隊がうろついてる。こっそりも近づけん」 「…ふーん」 「お前みたいなちびの…楽士に持ちかける話じゃなかったな」

2019-09-25 23:35:30
帽子男 @alkali_acid

隼はにやりとする。 「要するに海賊の仕事は海賊がやる。琵琶弾きの手を借りなくていい」 「あたい、黄金王のところいこっと」 「おい」 「黄金王がさ、どんな歌が好きか、知りたくなってきた」

2019-09-25 23:37:10
帽子男 @alkali_acid

「歌だと?お前ってやつは」 「いいじゃん!でさ!ついでだけど、隼のおばさん、西の島から出そっと」 「そいつは…俺がやる」 「あと竜の卵も見せておらおっと」 「お前な…」

2019-09-25 23:39:39
帽子男 @alkali_acid

青年は少女と紛う少年の肩をつかむ。 「俺が憐れを乞うてるとでも思ってるのか?鯨の歌を聴かせたのも…竜の卵の話を聞かせたのも、ただ…」 「ぜんぜん」 「ぐ…」 「あのさ。ほんとは、練習なんだ」 「練習」 「あたい、黄金王よりもっと性悪なやつから、助け出さなきゃいけないひとがいる」

2019-09-25 23:41:14
帽子男 @alkali_acid

「西の島の黄金王より性悪なやつだと?そんなものいるのか」 「いるよ…影の国の、黒の乗り手。あたいの大切な仙女様を捕まえてる…わっるいやつ」

2019-09-25 23:42:32
帽子男 @alkali_acid

隼は隻眼を見開き、返事もせずじっとラヴェインを眺めおろし続けた。 「お伽噺だって笑わないの」 「ああ…笑わん…お前が言うと、真実のように聞こえるんでな。楽士殿」 「あったりまえじゃん。本当なんだから!」

2019-09-25 23:43:59
帽子男 @alkali_acid

かくして幼い吟遊詩人は黄金王の宮殿に乗り込むことに決めた。 「え…え?おかしくない?僕言ったよね!黄金王には近づいちゃだめだって!そもそも海賊と仲良くなるのだって反対したじゃないか!どうして!どうして!」 のけものにされた黒犬はきゃんきゃん鳴く。

2019-09-25 23:46:48
帽子男 @alkali_acid

「アケノホシは黙ってて」 「うう…ひどいよラヴェイン」 「ごめん」 ぎゅっと抱きつく少年に四つ足の連れはすぐ機嫌を直す。 「わふん♪」 「いつも心配してくれてありがと」 「どういたしまして…でも仙女様が何て言うか」

2019-09-25 23:49:25
帽子男 @alkali_acid

琵琶の爪弾きとともにあらわれたダリューテはまた頬の傷跡を撫でるようなしぐさをしながら難しい態度をとった。 「王の野心に巻き込まれてはならぬぞ」 「うん!」 「西の島は西方人の本拠。お前が暮らすには船作りの港の次によいかもれぬが…」

2019-09-25 23:53:25
帽子男 @alkali_acid

「あたい、ちょっといって、すぐ帰ってくるだけだし」 「そう簡単ではない。黄金王ファラゾエアは、エルフと人間の同盟。白の会議の一員ではあるが、その考えは誰にも読めぬ。とはいえ、お前という子になら、心の内を明かすかもしれぬ…かえってそのことが案じられる」

2019-09-25 23:55:25
帽子男 @alkali_acid

またしても輪郭を薄れさせながら、仙女は告げる。 「何があろうと、そこな馬鹿犬が、お前を守る。だが予言には心せよ…王の野心にも…」 「仙女様!ダリューテ様!もうちょっといてよ!」 でもまた行ってしまう。影の国へ。黒の乗り手が守る東の監獄に。

2019-09-25 23:58:13
帽子男 @alkali_acid

「んもお!黒の乗り手!許さん!」 憤慨する女装の少年。そばで舌をたらして忙しく息を吐く四つ足の相棒。 「ほんとにいくんだねラヴェイン」 「いく!」 「君には叶わないな」

2019-09-26 00:00:40
帽子男 @alkali_acid

琵琶弾きは当然、と胸を張ってから思い出したように黒犬に別の話題を振る。 「そういえばさ、アケノホシ言ってたよね。隼は見かけ通りの男じゃないって」 「ああそのこと。あの海賊はさ…南の人じゃない。西の人…それもエルフの血がすこし入った、王家の一員だよ」 「そーなんだ」 「驚かないんだ」

2019-09-26 00:03:41
帽子男 @alkali_acid

「だって歌ってるときの声がさ、ほかの海賊と違うもん。南の人はもっと低くて豊かで、西の人みたいに高く抜けないの。隼は西の人みたいだったから」 「そうか。君の耳はやっぱりすごくいいね」 「どういうことなのかな」 「僕が思うに…ううん。わかんない。ただの犬だし」

2019-09-26 00:05:36
帽子男 @alkali_acid

小さな楽士は海賊の統領から珊瑚の首飾りを預かる。 「おばさんに届けるね。言伝と一緒に」 「必ず助け出すと伝えてくれ」 「あたいが島から出してあげるからいらないよ」 「ふは…では…愛していると」 「なにそれ。わかった」

2019-09-26 00:07:31
帽子男 @alkali_acid

かくしてラヴェインは西の島へ渡る。 沈むべき運命にある島。光の諸王が魔法で浮かび上がらせた島。 繁栄の島。虚栄の島。災いを呼ぶ吟遊詩人の歌によって滅ぶ島に。

2019-09-26 00:09:01
帽子男 @alkali_acid

そこに待つのは黄金王ファラゾエア。 西方諸国の盟主、無敵を誇る黄金艦隊の司令、光の軍勢を招集する白の会議の人間側の筆頭。 影の国を守る黒の乗り手にとっては恐らく最強にして最大の敵。

2019-09-26 00:10:45
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