インディアナポリスの沈没:海軍局のプレリリース

アメリカ軍の資料の翻訳っぽい奴ですね
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同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

USSインディアナポリスの沈没:海軍局のプレスリリース history.navy.mil/content/histor…

2019-10-15 02:01:05
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

USSインディアナポリスが雷撃により撃沈された状況、および彼女の生存者に対する救助の遅れをもたらした状況について十分に理解するには、当時の太平洋全体の状況の検討が必要である。

2019-10-15 02:04:26
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

45年4月1日、米軍は沖縄に上陸し、6月21日には組織的抵抗を排除した。 沖縄戦の勝利は、太平洋艦隊の利用可能な全ユニットを投じることによってのみ可能であった。45年の春から夏にかけて艦隊は制海権と制空権を維持したが、これにより大きな損害を被った。

2019-10-15 02:08:48
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

損害は主に護衛艦艇であり、スクリーンに対する神風攻撃によってもたらされた。 これにより護衛手順は変更を余儀なくされた。損傷艦は海軍工廠に後送し、利用可能な艦は最も危険な海面に移された。

2019-10-15 02:15:39
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

沖縄戦の開始からほぼ終戦までの期間の記録は、この点に存在する懸念を明示している。 護衛艦艇は大西洋、北太平洋から中部太平洋へ抽出され、より遠い地域では護衛されなかった。

2019-10-15 02:26:29
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

日本本土侵攻に備え、護衛状況の改善の為、海軍工廠では護衛艦艇の修理が優先された。沖縄戦の結果、護衛艦艇への重大な被害が持続することが予想されていた。

2019-10-15 02:27:42
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

7月。沖縄での地位の確立と、本土侵攻のため、空母機動部隊と陸軍航空隊による本土攻撃が行われた。 機動部隊は多くの日本軍機を撃墜し、日本艦艇の完全排除を事実上完了した。

2019-10-15 02:38:37
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

マニラではニミッツ提督とマッカーサー将軍が早期降伏に向けた会議を行い、東シナ海では大規模な掃海作戦が展開された。西太平洋には約700の戦闘艦と約400の商船が展開し、グアムの通信トラフィックは日平均18,000メッセージを超えた。 太平洋艦隊は早期終結のために、日本への圧力を強めていった。

2019-10-15 02:42:11
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

45年5月1日。USSインディアナポリスはオーバーホールのためカルフォルニア州マーレ島のドックに入り、同年7月16日にこれを完了した。

2019-10-15 02:45:12
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

カルフォルニア州サンディエゴで、艦隊に復帰するための再訓練が計画されていたが、後日特別任務のためにこれは延長されることとなった。

2019-10-15 02:52:30
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

ドックに居る間に人事異動があり、士官の4分の1以上が新しくなった。

2019-10-15 02:56:12
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

士官と下士官の両方に、学校その他の指導を受ける機会があった。オーバーホールが完了したとき、艦はよく組織され、人員の訓練は満足いく状態だった。

2019-10-15 02:57:54
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

完工後、インディアナポリスは護衛されることなく高速でサンフランシスコから真珠湾に向かい、そこから更にテニアン島へ移動した。そして”特別な荷物”を陸揚げした。 この任務が再訓練のスケジュールに多少干渉したが、指導は継続された。一般訓練は毎日行われ、この航程で一度の戦闘訓練が行われた。

2019-10-15 03:04:09
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

テニアンでの荷下ろしが完了すると、インディアナポリスはグアムに進出した。次の目的地はレイテであった。

2019-10-15 03:11:56
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

当時のグアムの航路策定の手順において、部隊指揮官はグアムの海軍作戦基地の港長からブリーフィングを受けることとされていた。

2019-10-15 03:16:56
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

7月27日、インディアナポリス艦長はレイテへの航路に関連してグアム港長のオフィスを訪問した。その日遅くにインディアナポリス航海士は航路指示書を入手し、その詳細について話し合うために港長の事務所も訪問した。 敵の潜水艦の情報はこれに含まれていた。

2019-10-15 03:17:55
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

インディアナポリスが策定した航路は、グアムーレイテ間を結ぶ唯一の航路であり、定期的に利用されていた。戦闘艦に許容できるリスクであると思われ、特別な懸念は感じられなかった。

2019-10-15 03:20:45
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

インディアナポリスのSOAは15.7knotであり、湾に入る前に対空訓練を実施するため、7月31日昼には到着するように設定されていた。更に1日早くするSOAは24knotであった。

2019-10-15 03:29:28
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

策定された航路は港長により特別な危険は無いと考えられており、ジグザグ航行は艦長所定とされた。 しかし戦術指令では、敵潜水艦の存在が見積もられる海域では、視界がよい場合はジグザグ航行をすることと定められていた。

2019-10-15 03:30:51
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

このときインディアナポリスに護衛艦艇は割り当てられなかったが、これは太平洋艦隊に取り得る最高の選択であった。 彼女は「自分の世話が出来る」戦闘艦であり、より緊急性の高い要件を犠牲にするほかに、彼女に護衛をつける方法はなかった。

2019-10-15 03:37:31
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

彼女がグアムを出港した時点で、彼女は最高の状態ではなかった。しかし彼女の乗員はよく訓練されており、日常業務を遂行するのに満足いく水準にあった。 乗員の訓練は継続されており、この再訓練を完了するために彼女はレイテに向かっていた。

2019-10-15 03:40:27
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

早朝、7月30日0015。インディアナポリスは17knotで直進航行中に被雷し爆発、0027から0030の間に転覆し沈没した。被雷から沈没まで12分であった。

2019-10-15 03:51:13
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

爆発の前後で敵艦は発見されなかった。ワッチは適切に運用され、目視見張りとレーダー見張りが維持されていた。潜水艦に対する通常の予防措置が執られていた。見張りは十分な練度があった。 応急隊はよく組織されていたが、前部の人員の大量死、急速な浸水、大規模な火災により適切に機能しなかった。

2019-10-15 03:55:24
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

救難信号を発する準備は適切に行われており、実践においても適切に行われたものと考えられる。 最低でも一つ、おそらくは二つの周波数で発信されたと判断する十分な証拠がある。しかしこの救難信号が受信された証拠はない。

2019-10-15 03:59:55
同志雪の人@活動低下 @yuki_8492

退艦命令は一部士官により達せられたが、艦全体には届かなかった。これは通信系の機械的電気的混乱に起因する。退艦命令は一部下部区画まで届いたが、聞いたのは数名の生存者のみであった。 艦には多くの救難装備が搭載されていた。

2019-10-15 04:06:02