エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~5世代目・後編2~

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帽子男 @alkali_acid

妖精の船大工シオノカガヨイは、半妖精の武人ロンドーを見つけた。 船材になる丈高い針葉の樹の林で。 黄玉の額飾りと蒼玉の指輪をつけた貴公子は、太い幹に手を当て、樹皮の下を流れる樹液の音を感じているようだった。 「ロンドー様」 「オルファイス、でしたね。ここで会うとは驚きです」

2019-10-19 17:43:46
帽子男 @alkali_acid

「ロンドー様こそ、なぜ海に」 「オズロウ。あの影の国の仔を導くためです。正しき道へ。あなたは?ニムディア殿の愛弟子が南寇の大工になるとは。やはりあの定命のおとめを導くつもりですか」 「…導くなどと…私はただ…あの方に心服しているのです」 「そうですか」

2019-10-19 17:46:10
帽子男 @alkali_acid

妖精が人間に膝をつくなど愚かしい、とは深き谷の領主は述べなかった。いやあるいは、目の見えぬ少年を連れて東から旅立つ前であればそう考えたかもしれないが。代わりに別のことを語った。 「あなたには船作りの港の大工頭としての道もあったはず」 「港を出たかったのです」

2019-10-19 17:49:42
帽子男 @alkali_acid

「あの港ほど妖精の船作りの技が集まった場所はほかにない」 「でもそれだけです。港の船大工は、西の果てに旅立つ同胞のために、世の終わりまで同じ船を作るだけ。ラヴェインの歌の教えてくれた世界は、もっと広い」 「…ラヴェイン」 黒の歌い手。人間の心を惑わせ闇へ誘った影の国の太守。

2019-10-19 17:52:11
帽子男 @alkali_acid

エルフまでもかの暗い喉と指がつむいだまやかしに囚われていようとは。 ロンドーは瞑目する。呪われた海域で聞いた旋律を。ともに唱和した歌を。 「…よく、解ります」 「ニムディア様の心が朽ちかけていたのも、たえがたかった」 「…ニムディア殿が?」 「手は槌と鑿を振るいながら、心はすでに」

2019-10-19 17:54:50
帽子男 @alkali_acid

「死の床に伏していた…というのですか」 「…私には救えなかった。あの方の魂に兆した影をぬぐえなかった」 「それも、ラヴェインの歌がもたらしたのですか」 「いいえ。もっとずっと前から。ニムディア殿は終わりなきつとめに倦んでいらした。誰より海を航るのを愛したあの方は今は港に囚われの身」

2019-10-19 17:56:37
帽子男 @alkali_acid

「船作りの港は、西の果てへ旅立つ妖精にとって何より大切な場所。あそこを統べられるのはニムディア殿をおいてほかにありません」 「はい。けれど、なればこそニムディア殿は西の果てへ旅立つことは許されませぬ。ほかのどこへも」

2019-10-19 17:58:45
帽子男 @alkali_acid

「はたさねばならぬつとめです」 「けれど…ひとつ場所にとどめられ、なすべきことも決められ、ただ終わりも解らず働き続ける…それは奴隷ではありませんか」 「エルフは奴隷を持ちません」 「では光の諸王は…我等は光の諸王にとっての…」 「およしなさい」

2019-10-19 18:00:53
帽子男 @alkali_acid

風の司が穏やかに叱ると、船大工はうなだれ、またきっと首を上げた。 「ニムディア様は、あるいは黄金王の征西の企てに、胸すく想いをしていたのではないでしょうか」 「何ということを!」 「なればこそ…光の諸王の裁きによって西の島が沈んだ際、あの方の心はよりいっそう深傷を負われた」

2019-10-19 18:07:00
帽子男 @alkali_acid

半妖精の公達は額飾りに手の甲を当ててから、妖精の職人にあらためて向き直る。 「ニムディア殿の心の傷は癒えました」 「!…おお…ロンドー様。あなたが…癒し手の技で」 「いいえ。私でありません。ラヴェインの孫、オズロウが癒したのです」

2019-10-19 18:09:04
帽子男 @alkali_acid

「オズロウ。あの影の国の仔がそうなのですね。ラヴェインの面影がはっきりとありました…」 「オズロウはニムディア殿を師と仰ぎ…つまりあなたのおとうと弟子になったのです」 「それでニムディア様の船に乗っていたのですね。今一度あの船が海駆ける姿を見るとは思いませんでした」

2019-10-19 18:13:12
帽子男 @alkali_acid

半妖精と妖精は女人が島の材木林でしばし無言でたたずむ。 ややあってシオノカガヨイ、オルファイスからまた話しかける。 「実は今日は他に願いがあって参りました。深き谷の領主たるロンドー様に乞うには…ためらわれることですが」 「どのようなことでしょう」 アキハヤテ、ロンドーが聞き返す。

2019-10-19 18:16:44
帽子男 @alkali_acid

「鳶の聞こえぬ耳を癒してほしいのです」

2019-10-19 18:17:40
帽子男 @alkali_acid

◆◆◆◆ 女人が島の奥にある頭目の屋敷に、盲目の船長オズロウは招かれていた。ほかの仲間は酒盛りに捕まっているので、がらんどうの従者アンググもついていく。 「会わせたい本物の鳶ってここにおるん?」 「すぐでありんす」 女海賊の長が松明をゆっくり振ると、屋敷から光が返る。

2019-10-19 18:21:30
帽子男 @alkali_acid

油を満たし灯を点した皿を捧げ持って、少女がひとり玄関から出てくると、晴れやかに笑う。 「あーあー!」 「ただいまでありんす」 口でそう言いながら片手に独特なしぐさをさせる。妖精の呪文を補う決印に似ているがもっとゆっくりしている。

2019-10-19 18:23:47
帽子男 @alkali_acid

暗い膚の若者は尖り耳をぴくりと動かしてから、尋ねる。 「今、手を動かしよった?」 「ああ、手ぶり言葉でありんす。主(ぬし)には…無用のものでありんす」 「おもろいわ。後で教えてえな」 「…よござんす」

2019-10-19 18:26:17
帽子男 @alkali_acid

三人は屋敷に入った。すぐに質素だが味のよい夕餉が供される。 貝と根菜の羹に、刻んだ葱と一緒にした葡萄酢漬けの小魚、西の島風のやわらかい麦の麺麭(パン)。島には麦畑もあるらしい。 「あちきも、ひまがあれば畑仕事はしなんす」 「ほんま?」 「楽しいものでありんす」

2019-10-19 18:29:23
帽子男 @alkali_acid

「とても島の皆を食べさせてゆく分はありゃんせん。でも客をもてなす麺麭ぐらいは焼けるものでありんす」 「…ラヴェインの歌に出てくる西の島みたいや」 少女は、唇の動きから難なく会話を読み取り、いちいち頷いて、あーあーと声を上げながら、手ぶり言葉で意志を伝え、それを女海賊が翻訳する。

2019-10-19 18:33:09
帽子男 @alkali_acid

「オズロウさんは、海賊?」 「どうやろ。まだ決めてへん」 「あの大きな釜みたいなおつれはどなた」 「アンググや。ワテの一番の友達や」 「鳶と結婚するの?」 ここで赤銅の肌の烈婦が一瞬口ごもる。暗い膚の若者はにまっとした。 「せえへん。ワテはええ男が好きなんや」 「私は鳶が好き」

2019-10-19 18:35:45
帽子男 @alkali_acid

訳しづらそう。 「おねーはんがほんまの鳶ってどういうことやの?」 話題を変えるオズロウ。首をかしげる少女。 「むかし名前を交換したの。だから今、私は小鷹(こだか)、鳶が鳶」

2019-10-19 18:37:35
帽子男 @alkali_acid

「なんで名前を交換したん?」 「だって…すごく素敵な考えだと思ったから」 「せやなあ。ワテもアンググって名前にしよかどやアンググ」 からくりのしもべは無言を貫く。 三人のおしゃべりは続く。黄金艦を引き上げた話、白銀后の歌が聞こえた話。変な海妖精の話。島の鶏が逃げ出した話。

2019-10-19 18:40:19
帽子男 @alkali_acid

とんでもなく大きな青い魚が釣れてあんまりおいしくなかった話。 「きっと漁(すなど)りの巨人の網から逃げだしたのね。人間はあんなに大きな魚食べないもの」 「漁りの巨人てなんや?」 「知らないの?いつもはずっと北の方にいて、海の上を網を引きながら歩いてるおおきなおじさん」

2019-10-19 18:42:07
帽子男 @alkali_acid

「ほわー」 「雲に届くぐらい背が高くて、ものすごく大きな網を持ってて、そのうち世界中の魚を捕り尽くしちゃうんだって」 「むちゃおもろい!会ってみたいわー!」 「オズロウさんならきっと会える…もちろん鳶もね」 少女の鈴を転がす笑いに、女海賊は煙管をまさぐってからまた戻す。

2019-10-19 18:44:34
帽子男 @alkali_acid

「巨人には興味がありんす。でも、あちきは男より女の巨人がよござんす。できればきれいどころの」 「もう。浮気なんだから」 「小鷹にやきもちを焼かせるのがあちきの楽しみでありんす」

2019-10-19 18:45:46
帽子男 @alkali_acid

さらにオズロウは手ぶり言葉を教わった。すぐにいろはを覚え、小鷹を感心させる。 「目が見えないなんて信じられない」 「指のかたちぐらいなら聞こえるで」 「かたちが…聞こえる?」 「せや。や。小鷹はんの指はやわこいな」 「オズロウの指はなめらかなのに硬いのね。まるでなめし皮みたい」

2019-10-19 18:48:23
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