エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~6世代目・その1~
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こうした手紙はどれも丁寧に封をして日付順にしまってある。 滅多に読み返すというか、聞き返すこともなかった。もちろん外へ出す予定もなかったが、とにかくオズロウには几帳面なところがあった。 紙は、影の国の外輪山に拓いた黒小人の新国で、白紙漉きという職人の女と徒弟が作り、送ってよこす。
2019-11-22 21:47:26ダウバ。 輝くばかりに美しい子供だった。祖父マーリと異なり四肢に歪みはなく背も曲がっていない。父オズロウと異なり五感に欠けるところはない。 頭の巡りもよく、曾々祖父ナシールよりも早くに言葉を覚えた。曾祖父ラヴェインのような歌舞の才には恵まれなかったが、しかし立って歩くのは早い。
2019-11-22 22:06:41ただ華奢に過ぎるところがあり、もともと食が細かったが、物心つくとほとんど水も喉を通らなくなった。そうしていつも泣いていた。 「…いたい…」 「どのへんが痛いん?」 「いたい…いたい…」 「手?足?お腹?」 「くるしい…こわい…」
2019-11-22 22:09:21「みんな…いなくなる…おとうさま…みんな…いなくなる…いなくなる」 「皆って誰や?」 「…ぼくのそばにいるみんな…なかにいるみんな…そとにいるみんな…」 「ほわー」 「こわい…いたい…でも…あたらしいみんな…うれしいよ…おいしい…うれしい…でもいなくなる…」
2019-11-22 22:11:13父は息子を抱いて背を撫でた。 「落ち着きや。今はワテとダウバがおるだけや」 「だめ…なでたらいなくなる…」 「誰や」 「ぼくのからだのうえにいるみんな」 「…ダウバ…ひょっとして」
2019-11-22 22:12:29命。 ダウバは幼い頃、目に見えないほど細かな命の存在も感じ取ることができた。 「…さよか。病毒の仲間まで…解るんか」 「なんでいなくなるの…なんであたらしくいるようになるの…うれしい…すぐこわい…かなしいって」 「命や。命やで」 「いのち…」
2019-11-22 22:14:06男親が穏やかに言葉を選んで教えると、幼児はいちはやく生と死を理解した。 そうして拒食に陥った。 「ダウバの好きや芋の羹やで」 「だめ…ころさないで…」 「芋やて」 「…いのち…ころさないで…」
2019-11-22 22:15:27ダウバが周囲を見て聞いて嗅いで感じる力は日に日に高まり、世界が苦痛と絶望に満ちているのを悟った。虫が虫を、獣が獣を、魚が魚を殺して喰らう。恐怖の悲鳴を童は感じ取れた。
2019-11-22 22:19:10「野菜だけや」 「くさも…きも、いたがってる…」 「痛がらんて」 「いたがる…おそいだけ…かんじかたがちがうだけ…おとうさまは、さむさにあてられた、しらばねそうが、はをちぢらせ、茎にながれる汁をこくするのをしってるでしょう?うそつかないで」 「…ダウバ…」
2019-11-22 22:21:33世界はダウバにとって耐え難いものになった。 オズロウは眠っているあいだに口移しで滋養となる薬液を与えたが、すぐに見破られ、拒まれた。 「いのちを…うばいたくない…たべたくない…だれかを…なにかを…ぎせいにしたくない…おとうさま…」
2019-11-22 22:23:12「くさもきも、ねをひろげ、つちからみずをすうとき…じゃまないのちを…ころす…どくをだす…どうして…どうして…どうしていたいのに、くるしいのに、みんないきるの、しぬの、ころすの」 「聞かんでええ。嗅がんでええ。ダウバはダウバや」 「できないよ…おとうさま…ぼくできない…とめられない」
2019-11-22 22:24:47オズロウはダウバを巨釜に入れてやった。かつてアンググという名で呼ばれていた武骨な呪具に。外界の一切を遮断する力を持つ魔法の容器に。 すこしはましになったようだった。 それでもダウバの中にいる小さな命までは取り除けない。 童の命と一体になっていたから。それすら殺し合い、悲鳴を上げる。
2019-11-22 22:26:16「どないしよ」 緑の谷で魔人は仙女に相談する。 「あの子の鋭い意識を和らげる薬を調合するか」 「あんま性質のええ薬やない」 「このままでは飢えて死ぬ」 「せやなあ…」
2019-11-22 22:28:13釜の底で耳を塞ぎ目をつぶり痩せ衰えゆく我が児を、父はどうもしてやれなかった。 「先生…先生やったら…どないしよったんやろ…先生やったら…」 考えても答えが出ない。あまたの過ちと苦しみを経てきた盲目の船長にとってさえ、世継ぎが味わう痛みは経験のない領分だった。
2019-11-22 22:30:55「ワテは…一緒に…何も食べんで…何も飲まんどくぐらいしかでけんわ」 共に死んでやることしか。 「…あんとき、先生も同じ気持ちやったろか」 黒の渡り手の脳裏にふと、遠い日にはるか西の高峰で起きたくさぐさが脳裏をよぎる。今もまだ胸の芯を鋭く突きさすような記憶。
2019-11-22 22:35:22だが一緒に逝こうと思っても、やはり体の弱く小さな息子が先に斃れるだろう。 「…薬…薬か…」 果たしてダウバはどうなるのだろう。幼い身に意識を鈍らせる薬など盛れば。
2019-11-22 22:36:16巨釜を置いた谷の頭上で、不意に霧が吹きはらわれ、稲光が閃き、雷鳴が轟く。 "おっほっほ。美味なるものを食べさせてたも。仙女にまた何か作らせてたも" 取り込んでるときに面倒なのが来た。
2019-11-22 22:37:44「敖閃はん。こんちわ」 しかしオズロウはほがらかに挨拶する。何があろうと苛立ちなどめったに抱かない性根だ。 "おっほっほ。何をしているでおじゃる" 「んー。ダウバ…うちのちびがもの食わん。命を奪うの好かんて」 "おっほっほ。見上げた考えよのう。ならば命を絶つでおじゃるか"
2019-11-22 22:40:57五色の竜は船より大きな頭を緑の谷に突っ込むと、いきなり顎を開き、ばくんと釜を飲み込んだ。 「ほわー」 "おっほっほ。ほうへ…んぐ…どうせ死ぬなら麿のおやつにするでおじゃる。精霊もどきの幼児は未だ味を知らぬからの"
2019-11-22 22:42:49あまりに強烈な死の気配。すべてを喰らい尽し貪り尽くす万物の霊長が放つ命の対極の、いや命そのものが、小さきものの痛みや苦しみを圧倒した。 「…きこえない…?」 "おっほっほ。まだ生きておるのかの?早く麿のおやつになってたも" 「だれ…?」 "麿はやんごとなき雅な竜でおじゃる"
2019-11-22 22:46:52