エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~6世代目・その5~

ピラミッドパワーを俺は信じてる ハッシュタグは「#えるどれ」。適宜トールキンネタトークにでもどうぞ。
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帽子男 @alkali_acid

もう少し幼ければどうなっていたかしれないが、立って歩ける歳になっていた男児は、小さな背丈ではしっこく駆けられるものだけができる仕事を任され、口に糊することになった。決して楽な使い走りではない。何人もの孤児が命を落としている。

2019-12-05 21:57:57
帽子男 @alkali_acid

だがトゥトゥは生き残った。とっさのときに災いをぎりぎりのところでかわせる天賦の才、のようなものがあったせいか。 ある昼下がりも、少年は死者の都へ向かう道すがら、虫の知らせに突然立ち止まり、ともに進む荷車の列に向かって叫んだ。 「おーいおーい!とまれ!とまれったら!何かやべえ!」

2019-12-05 22:01:08
帽子男 @alkali_acid

一行の頭目が耳ざとく聞きつけて、車列に止まれと合図する。 間を置かず前方に何かが墜落し、轟音とともに土煙が上がった。 「魔法だ!ずらがれ!」 わっと大人達は逃散する。葦の国では魔法は人々に縁遠いものでない。 さまよう精霊や、精霊と取引をした人間が天変地異の如き呪文を操る。

2019-12-05 22:04:53
帽子男 @alkali_acid

出くわしてよいことは何もない。 “おっほっほ。腹が空いたでおじゃる” だが土煙の彼方から何かが異様によく響く声、いや頭に直接届く意思を伝えてくる。

2019-12-05 22:06:52
帽子男 @alkali_acid

人々は金縛りにあったように動けなくなった。 もちろん少年も。 “ダウバ。何か作ってたも!…む、あやつとはもう縁を切ったのであった。そこなちっさきものども、美味なるものを食べさせてたも!” やがて塵芥の帷(とばり)が薄れると、あらわれたのは擂鉢のごとき大穴。 中央には巨釜が一つ。

2019-12-05 22:08:52
帽子男 @alkali_acid

“美味なるものを食べさせてたも!” 誰もが一刻も早く退却せねばと考えていたが、しかし足がすくむ。腰が抜けているものもいた。 “食べさせてくれぬなら、世界を滅ぼすでおじゃる” 大地と大気が鳴動を始め、午後の霞晴れに無数の亀裂が走り、地上へ欠片が落ちては氷山の如き霰(あられ)となる。

2019-12-05 22:11:52
帽子男 @alkali_acid

大人は誰もが舌を縛られたように口も利けない。 トゥトゥも少々ちびっていたが、しかしどうにか這うようにして、泡を吹いて耳を伏せる驢馬の足の間を抜け、車列の先頭に達すると、大穴の底にある巨釜に呼びかける。 「まった!まった!」

2019-12-05 22:13:36
帽子男 @alkali_acid

少年は青ざめつも言葉を紡ぐ。 「魔神さま!なんでも望み通りにするから!どうかお許しを!」 “美味なるものを食べさせてたも” 「…い、いったいどんなもの?」 “美味なるものは美味なるものでおじゃる。気の利かぬちっさきものよの。ダウバならささっと麿の気分に合わせた一品を…”

2019-12-05 22:17:03
帽子男 @alkali_acid

急に巨釜は不機嫌そうに押し黙る。 トゥトゥは震えつつ細い首を傾げた。 「あのう…に、人間てこと?…」 “おっほっほ。そち、人間をおいしく料理できるかの?あれはかなり難しいでおじゃる” 「りょ、料理って…」 “人間でもなんでもよいから美味なるものを食べさせてたも”

2019-12-05 22:19:17
帽子男 @alkali_acid

「…こ、ここにゃ…そんな凝ったもんは…あ、いや…ええと…ろ、驢馬でよければ…わりぃ…」 悲しげに見つめてくる駄獣に、男児はやましげな一瞥をくれる。 “そち、驢馬を美味なる料理にできるかの?” 「え、ええ…?」 “世界を滅ぼすでおじゃる” 「うあわあ!?」

2019-12-05 22:21:20
帽子男 @alkali_acid

「まったまった!どうか…あの…お酒でよければ…」 トゥトゥが言いさしたところで、同行する仲間の長らしき大人の男が激しくかぶりを振り、よせと手ぶりで訴える。 “酒かの!よき酒は麿の好物でおじゃる!飲ませてたも!!飲ませてたも!”

2019-12-05 22:22:53
帽子男 @alkali_acid

「あんまりたくさんは…」 “あるだけすべてよこすでおじゃる” 「で、でも…これは…死者の都への供物で…」 “世界を滅ぼすでおじゃる” 「ひえええ…」

2019-12-05 22:24:14
帽子男 @alkali_acid

一行の頭目はいまいましげに少年をねめつけたが、しかし巨釜の魔神の機嫌を損ねては助からないのも察したので、仕方なく周りに合図し荷車に積んだ甕を一つ運んで封を外すと、巨釜の開いた口に注ぎ込む。 “おっほっほ!薄いが薫り高い麦酒!美味なり!もっと飲ませてたも”

2019-12-05 22:26:32
帽子男 @alkali_acid

「こ、この酒は先約があって…」 男児が必死にそう説くが、妖魅は意に介さない。 ”世界を滅ぼすでおじゃる” 「あわわわ…」 一甕、また一甕と酒甕は空けられてゆく。

2019-12-05 22:28:18
帽子男 @alkali_acid

"おっほっほ?若いが甘やかなる葡萄酒!美味なり…蜜酒!美味なり!おっほっほ…火酒はないのかの?黒小人がこしらえるやつでおじゃる" 「そんな酒聞いたこともねえ…皆苦労して遠くから買いつけたもんだ…ああ…あうう…おねがいだ魔神さま、これ以上は」 "もっと飲ませてたも"

2019-12-05 22:30:41
帽子男 @alkali_acid

結局すべての甕の中身がなくなるまで、魔神の要求は止まなかった。 "口直しに麝香鴨の玉蜀黍詰めが食べたいでおじゃる。これダウバ…はおらぬのであったの。おっほっほ。料り手などまた育てればよいでおじゃる…そち、麿のために料理を覚えよ" 「な、なに言って…いや、あの…」

2019-12-05 22:33:11
帽子男 @alkali_acid

耐えきれなくなって少年のそばで男が泣き叫ぶ。 「もうおしまいだ!!トゥトゥ!お前のせいだぞ!これで俺達の村はおしまいだ!」 「だ、だけど…魔神を怒らすわけには…よしなよ親分…そんな大声出して」 「うるせえ!こうなっちまったら遅く死ぬか早く死ぬだけだ!何てことをしちまったんだ!」

2019-12-05 22:35:00
帽子男 @alkali_acid

"芋をふかして練って、蜜につけ、ぱりぱりに焼いたあの菓子でもよいでおじゃる。ええいダウバめ!麿をほってどこへ行ったでおじゃる" 「おしまいだあああ!!」 大人と巨釜が同時に喚くので、トゥトゥはだんだん訳が解らなくなってきた。 驢馬も次々に悲鳴を上げ、ほかの仲間も惑乱し始める。

2019-12-05 22:38:08
帽子男 @alkali_acid

「ま、まってくれよ…皆で一度に叫んだって…ダウバって誰?」 "ダウバなどもう知らぬでおじゃる。やんごとなき雅な麿にエルフの女奴隷を食わせぬなどと…なんとけちんぼかの" 「えるふ?奴隷?」 "もうよいでおじゃる。それよりさっきから、ほかのちっさきものが騒いでおるのは何かの" 「え…えと…」

2019-12-05 22:39:57
帽子男 @alkali_acid

少年が周囲に視線を巡らせると、大人達はぴたりと口をつぐみ、じっと見返してくる。すべてお前の責任だと言わんばかりに。 「うええ…あの…魔神様…」 "麿のことは敖閃と呼ぶがよい" 「敖閃様…あの…実は敖閃様が飲んだ酒は、死者の都に住む王様たちへの供物なんで…」 "おっほっほ"

2019-12-05 22:42:04
帽子男 @alkali_acid

敖閃はどうでもよさそうな態度だった。 "弱っちきちっさきものが王を名乗るなど、いつ聞いてもまっこと滑稽でおじゃる" 「とんでもねえ!し、死の諸王にはいくら砂漠の魔神だってかなわねえよ!」 "おっほっほ?"

2019-12-05 22:44:20
帽子男 @alkali_acid

「魔神様…どこからきたんだ…もしかして砂漠の向こうか?死の諸王を知らないなんて…」 "詳しく申してみよ" 「死の諸王ってのは…ぶるぶる…死者の都に住んでる大昔の王様だ…おいら達しもじものものとはちがって、死んでも死なねえんだ。ずっと生きてるときみたいに動いて…」 "酒も飲むのかの"

2019-12-05 22:47:42
帽子男 @alkali_acid

「酒が大好物なんだ…良い酒を仕入れて捧げないと、おいら達の村や…それだけじゃなく国中の生者は皆殺されて、永遠に死の諸王の奴隷にされちまうって…」 "おっほっほ。つまり…塚人がすごいいっぱいいる国でおじゃる?" 「塚人?確かにみんな墓の下に住んでるみたいだけど」

2019-12-05 22:51:21
帽子男 @alkali_acid

"おっほっほ。世界の北西やらでは塚人とは陰気で、生者を不吉な予言で脅かすぐらいしか能がないと思ったがの。ここでは酒も飲めば生者に指図もするのかの。まことちっさきものの生死は時と所でめまぐるしく変わるの"

2019-12-05 22:53:31
帽子男 @alkali_acid

「そういう訳で…魔神様が供物の酒をすべて飲んじまったから…おいら達の村はどうなるか…」 "おっほっほ。よく解ったでおじゃる。ちっさきものよ、麿をその塚人どものもとへ案内せよ" 「え…?」 "それほどの飲んべであれば、酒を切らさぬよう、まだ蓄えもかなりあるはずでおじゃる"

2019-12-05 22:56:39
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