祖先ヒト集団の分化と移動:JCウイルスが示唆する「新・出アフリカ説」!

昔、東京新聞の記者が私を取材して記事にしたものを肉付けして、エッセイにまとめた。記事はウイルス学的には不十分だったので、今回私は、以前自分が書いた原著論文を読み直した。そして、JCウイルスの型分布を地図上に描いたら、新たな発想が生まれた。まとめのタイトルは記事の見出しと比べると、大分趣きが変わった。
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ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

東京新聞の記事>1994年暮れのことである。私の居室兼実験室の壁には小ぶりの白板が掛けてあった。この白板は主にメモ書くために使っていたが、思いついたアイデアを図で描いて、考えを整理することもあった。ある日、東京新聞の記者がぶらりとやってきて、「先生。何か面白い話はありませんか?」

2019-12-07 16:55:42
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

と言って、白板に目をやった。そこには人類の祖先から、いわゆる三大人種ー白人、黒人、黄色人種ーが分岐する様子が矢印で描かれていた。記者は「これ、面白いですね。人類学の定説と違います。先生のウイルスでわかったんですか?」…白板に描かれた図が基になって、人類分化に関する記事ー添付した pic.twitter.com/GSG6hRFm4V

2019-12-07 16:55:49
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ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

切り抜きを参照ーが翌日(1994年12月27日)の東京新聞夕刊を飾った。<新プロジェクト>これから述べるのは、前回のまとめ(「分子系統解析…」)の続きで、上記の東京新聞の記事で紹介された私たちの研究の詳細である。私が投稿した一連のまとめを読んだ方は、ウイルス学から人類学への飛躍に当惑して

2019-12-07 16:55:50
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

いるかもしれない。前回、原型仮説(まとめ「PML(致死的な脳症)の…」を参照)を系統学的に証明するための材料を得る目的で、日本人、台湾人、オランダ人、ドイツ人の尿から全長JCV DNAクローン(以下で株という)を樹立し、制限酵素解析(RFLP解析)を行った。その結果、調べたJCV株は二つの型ーA型と

2019-12-07 16:55:51
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

B型ーに分かれた。A型はオランダとドイツの株を含み、B型は日本と台湾の株、一部のオランダの株を含んだ。この発見を契機に、私と北村唯一助教授(当時)は、世界各地に住む人々から尿を収集し、尿に含まれるJCVのタイブを調べるという大プロジェクトに取り組むこととした。<尿の収集>北村助教授は

2019-12-07 16:55:51
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

臨床医ならではの独特な人脈を利用して、日本に居ながら世界各地の人々(主に外来患者)から尿を収集した。前回、日本、中国(台湾)、オランダ、ドイツで得た尿由来株は既に型分類されている。それを前提に、今回は表1に示した18地域で尿を収集した。<株の分離>当該研究部の教授は1991年11月に逝去 pic.twitter.com/FlL08t6C9A

2019-12-07 16:55:54
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したため、故人に代わって私が中国人留学生(郭鏡さん)を指導することとなった。彼はJCV株の分離および後で述べる型分類を担当した。尿から全長のJCV DNAを分子クローニングの方法は別のまとめ(「PML(致死的な脳症)…」)で詳しく述べているので、そちらを参照ください。分離された株の名を表1に

2019-12-07 16:55:55
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示した。<JCVの型分類>JCVの型分類は7つの制限酵素を用いたRFLP解析によって行った。図1で、7つの制限酵素名と切断部位(矢印)を環状JCVゲノムの外側に付した。<A型とB型の分布と新型の発見>表2に、18地域で得られたJCV株を7つの制限酵素による型分類を行った結果を示した。この表では、 pic.twitter.com/EllpVgXbx0

2019-12-07 16:55:58
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各“制限酵素切断部位”において当該制限酵素で切断される場合を“+”、切断されない場合を“-”で表示している。ガーナの株を除いて、他の全ての株はほぼ明確にA型かB型に分類された。表2に示されたデータを要約すれば、➀ヨーロッパの株の大部分はA型に分類され、②アジアの株の大部分はB型に分類され、

2019-12-07 16:55:59
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

③東アフリカと南アフリカの全ての株はB型に分類されたが、④ガーナの4株はA型とも、B型とも断定出来なかった。ガーナの4株の型を決めるために、別の方法、すなわち近隣結合法による系統樹解析を行った。比較するゲノム領域はAult & Stonerが開発した長さ610塩基対のVT遺伝子間領域(IG領域と略す。

2019-12-07 16:55:59
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

図1を参照)を用いた。対照は型がわかっていて、かつIG領域の塩基配列が報告されているものを用いた。図2に結果を示した。ガーナの4株(GH-1~-4)とAult & Stonerが報告した201株(USAのPML患者の脳に由来する株)が新しい型、C型を形成した(201株は奴隷によりアフリカから運ばれた可能性がある)。 pic.twitter.com/qXnb55z4fg

2019-12-07 16:56:02
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ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

JCV型の地理的分布>表3のデータ及び私たちの以前のデータを用いて、尿の採取地毎にA型、B型、C型の割合を示す円グラフを作り、世界地図の各尿採取地に張り付けた(図3)。このようにデータを視覚化すると、JCVの三つの型がそれぞれ独特な分布域を持っていることがわかる。A型はほぼヨーロッパ大陸に pic.twitter.com/JfosYFH2GD

2019-12-07 16:56:05
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ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

限られた分布域を持つ。B型はアフリカ大陸とアジア大陸に跨った分布域を持つ。C型は南西アフリカに限定された分布域を持つ。私たちは、図3に示されたJCVの3つの型の分布パターンは、アフリカで誕生した人類の祖先がアフリカを出て、ユーラシア大陸に広がった過程を反映していると考えた。このような

2019-12-07 16:56:06
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

私たちの考えを理解してもらうためには、JCVと宿主であるヒトとの関連を説明する必要がある。<JCVの生活環>図4にJCVの生活環を示した。今回は病気の発症を示す上半分は無視し、下半分を見てほしい。尿と一緒に排泄されたウイルスが子供に侵入する。体の中に入ったウイルスはその後、腎やリンパ組織 pic.twitter.com/iEmHVYwwBF

2019-12-07 16:56:09
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ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

に持続感染する。腎で増えた仔ウイルスは尿中に排泄される。JCVは、ヒト集団の中でこのようなサイクルを回っていると考えられる<JCVの伝播様式>さて、ヒトとの密接な関係を保つため、JCVはどのような伝播様式を採用しているか。感染源となるJCVをばらまくのは大人だ。私は、子供が日常的に接する大人

2019-12-07 16:56:10
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

は両親であるから、「両親のどちらかが排泄した尿を介して子へ伝播する」という仮説をたてた。この仮説を検証するには、以下の条件を満たす親子が必要だった。条件1、子は出生後、成人する頃まで親と一緒に生活したこと(この期間に子は親のウイルスに感染する可能性が高い)。条件2、検体尿を採取

2019-12-07 16:56:11
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

する時に、子はできれば三十歳以上であること(年齢が高くなるとウイルスを尿中に排泄する率が高くなり、JCVの検出が容易になる)。家族の選定、尿の収集は北村助教授が行った。尿からJCV DNAのIG領域(図1)をPCRで増幅し、シークエンシングした。得られた塩基配列に基づいて株を同定した(この

2019-12-07 16:56:12
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

解析は泌尿器科の國武剛医局員が担当した)。結果は家系図の形で表した(図4)。図4では検出された株の名を家族の各メンバーの下に記した(なお、MはMY亜型を、CはCY 亜型を示す。CYとMYは日本人が感染している主要なJCV亜型である)。親子から同じJCウイルス株が検出された例が調べた7家族のうち pic.twitter.com/Cm95j0lJod

2019-12-07 16:56:14
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ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

6家族で認められた。このように、一緒に住んでいる親から子へ頻繁に伝播することが示唆された。以上のごとく、JCVは主に親から子への感染を通して、太古からヒトと共に生き続けてきたと考えられる。<ヒト集団の指標>JCVがヒト集団の指標として役立つためにはこれだけでは十分ではない。例えば、進化

2019-12-07 16:56:15
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

速度が十分早いことが必要である。Hatwell & SharpはJCVの全長塩基配列のデータを基にJCVの進化速度はヒトの染色体の進化速度の約百倍であると計算した。この進化速度は約5,000塩基対という短いJCVゲノムに塩基置換という進化の足跡を残すのに十分早い。その他、以下の、ウイルスとしての疫学的条件が

2019-12-07 16:56:16
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

満たされなければならない。a)ヒト集団が混ざり合わない限り、集団間で伝播しない。b)異なる株の重複感染が起きない(株間の組み換えが起きないため)。c)ヒト集団から消失しない、などである。JCVはこれらの疫学的な条件を全てクリアしている。<新・出アフリカ説>私たちは、JCV型の地理的分布(図3)

2019-12-07 16:56:17
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

に基づいて、以下のような人類の出アフリカのシナリオを描く。人類の祖先集団はアフリカに住んでいた。この祖先集団は祖先JCVを持っていた。人類の祖先集団はいくつかの亜集団ー亜集団α、β、γとするーに分岐した。このようなヒト集団の分岐に際し、ヒトに寄生しているJCVはヒトと共に各亜集団に移り、

2019-12-07 16:56:17
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

各ヒト集団で独特な進化を遂げた。かくして亜集団αではA型JCVに進化し、亜集団βではB型JCVに進化し、亜集団γではC型JCVに進化した。その後、各ヒト亜集団がどのように地球上を移動したかは、JCVの型を指標にすればわかる。A型JCVを持つ亜集団αはアフリカを出て、ヨーロッパへ向かった。B型JCVを持つ

2019-12-07 16:56:18
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

亜集団βの一部は東アフリカで広がったが、その大部分は西アジア、南アジア、東南アジア、東北アジアへと拡散した。C型JCVを持つ亜集団γはアフリカの外へは出ず、ガーナなど南西アフリカで広がった。<まとめ>現生人類はアフリカで誕生した。その後人類はアフリカを出てユーラシア大陸へと広がったが、

2019-12-07 17:56:29
ヨゴウヨシアキ @8cMdsPWeMctZl4J

JCVに基づく出アフリカ説は人類の出アフリカは二回あったと想定している。最近、考古学の分野で出アフリカが複数回あったとも言われているので、JCVに基づく出アフリカ説が必ずしも奇異な説ではない。<謝辞>記事の添付を許可して頂いた東京新聞に深謝する。 <文献>1)Yogo Y, et al. 1991. Typing

2019-12-07 17:56:30