美学・美術史における「形式」と「様式」(form/style)の区別について

素人的にはその区別について請け負うことが難しそうな術語(テクニカル・ターム)だなと思っていた「形式」と「様式」について、松下さんと松永さんからご意見いただきました。せっかくなので切り出させてもらいました。 【追記】その後、2020-01-06にまつながさんが「様式」について記事を書きました。ここに紹介しておきます。http://9bit.99ing.net/Entry/98/
美術史 美学
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tricken @tricken
ある時、「この人は美術の形式に関心がある」と挙げられた内容が「様式」寄りだったので、「それはその方はおそらく様式のほうにカテゴライズしているのではと思いますね」とは言ってみた。しかし自分も専門家ではないので、「美術論的に確実に参照できる形式様式の区別」の話は出版されて欲しい。
tricken @tricken
形式様式の区別、似ていながら術語として明確な違いがあり、しかし違いを立てることの好さや旨みを説明しがたいので、よほど専門性の高い人から端的に言ってもらわないと代弁するのが怖いやつだ。
tricken @tricken
新書にして1/3くらいの分量で、高校生から大学生に「あれ読んでおけば間違い無いらしいから」と推せるような高品質な記述が欲しい。単行本レベルで2冊、百科事典で数項目くらいを人に薦めるのは、気がひける。
松下哲也 @pinetree1981
例え話でいうと、小説や詩や戯曲のちがいに相当するものが「形式」で、文体のちがいが「様式」です。コマが割ってあって絵と台詞が書いてあるのがマンガのおおまかな「形式」だけど、新聞の4コママンガと劇画はやはり「形式」が違います。でも、4コママンガが劇画の「様式」を引用することはできます。 twitter.com/tricken/status…
松下哲也 @pinetree1981
ところで、「この人もしかして『形式』と『様式』と『手法』と『技法』と『表現』と『主題』と『内容』と『意味』のちがいがわからずに文章を書いてるんじゃないかしら?」と思うことは、SNSじゃなくて活字を読んでいる時にもしばしばあります。
matsunaga s:3D @zmzizm
@tricken 美術史の授業で教わったかぎりでは、形式は概念化可能なパターン(なのでルール化できる)で、様式はもっと全体論的なパターン(美的性質に近いもの、e.g. ボッティチェリ風、16bit風)というかんじでした(定義を明確に言ってくれたというわけではないので、自分なりの再構成です)
matsunaga s:3D @zmzizm
@tricken ただその後いろいろ読むと、styleのほうはかなりリジッドな専門用語として使われますが、formはゆるく使われることが多く(そもそも多義的なので)、場合によっては同じような意味や言い換えで使われるし、「formとstyleは違う」みたいに明確に区別する言説も見あたらず、という印象です
matsunaga s:3D @zmzizm
@tricken なので、「ストーリーとナラティブは違う」式のガラパゴス用語法かなと思っています(明確に区別する文脈や学派が何かあるのかもしれませんが)
松下哲也 @pinetree1981
「様式」は異なる「形式」間で相互に参照可能だが「形式」と「形式」の関連性を論じるときはそれと全然ちがう手続きがいるので気をつけましょうという主旨の「ビアズリーの挿絵はマンガの形式に影響をおよぼしたのか?」という論考を前に書いたので、興味のある方はどうぞー。 seidosha.co.jp/book/index.php…
松下哲也 @pinetree1981
異なる「形式」間の関連性を論じるときは同様の「表現」を実現するための「手法」が両者に共有されているかどうかに着目するのがひとつのやり方で(例: 俳優の演技と初期のマンガのキャラ表現は観相学の手法を共有しているので、その意味で両者の形式には関係がある)、それが世界平和への道です。
tricken @tricken
@pinetree1981 ありがとうございます。美術史の伝統の中でも、(art) form と style の術語的区別は厳然としてあるのですか? 佐藤亜紀さんの『小説のストラテジー」『小説のタクティクス』では、小説ジャンルにおける形式/様式の区別の立て方がスマートで、参照元と思われる美術史にもあるのかなと思ってました。
松下哲也 @pinetree1981
@tricken その佐藤亜紀さんの本は読んでいないので、もしかしたら見当外れなお返事になるかもしれませんが、美術ももちろん様式と形式の区別は厳格です。口語ではこのふたつは似たような意味で使える言葉なので、まず術語としての両者のちがいを明確化させるところで昔僕はつまずきました。
tricken @tricken
@zmzizm むむ、思ったよりform側の術語定義の伝統は面倒そうですね。ゲーム定義論などではCostikyanなどはartformという言い回しにいろんなものを仮託した(のに肝心の説明はそこまで自分でやらなかった)ところがありますが、美術史でもカッチリ参照しうるものがないとすると空中分解しそう。
matsunaga s:3D @zmzizm
@tricken formはとにかく多義的です(テクニカルに使われる場合も使われない場合も)
matsunaga s:3D @zmzizm
@tricken けっこう地獄なので「正確な定義」みたいなのは求めない方がいいかと思いますが、芸術関係の話題ではformやstyleはcontent/subjectの対立項として持ち出されがち、くらいは確実な常識と言えるかなと思います(もとの松下さんのツイートもその前提のもとだと思いますが)
matsunaga s:3D @zmzizm
@tricken その場合の対比は、何を(what)表現するかといかに(how)表現するかの対比で、前者にcontentやsubject、後者にstyleやformが当てられることがよくあります(個人的には微妙な区別だなと思いますが、由緒ある区別ではあります)
松下哲也 @pinetree1981
おっしゃる通りで、この辺口語的な用法(多義的な言葉としての用い方)と専門用語として用いるやり方が往々にして混じるので、注意は必要です。
松下哲也 @pinetree1981
これ仏教美術や工芸の記述法がエレガントで、たとえば「弥勒菩薩半跏思惟像」の場合、「弥勒菩薩」の部分がモティーフ、「半跏思惟像」の部分が形式を指すという書き方になっています。 pic.twitter.com/dDs5KLt5jN
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松下哲也 @pinetree1981
工芸のルールだと、たとえば「色絵龍虎文輪花皿(柿右衛門様式)」は「色絵」が技法、「龍虎文」がモティーフ、「輪花皿」が形式で、柿右衛門のように様式に重要な意味がある場合はそれをカッコ書きする方法が多い。 色絵龍虎文輪花皿(柿右衛門様式)|佐賀県立 九州陶磁文化館 saga-museum.jp/ceramic/exhibi…
matsunaga s:3D @zmzizm
プレイ・マターズに「遊び心は世界を再多義化する(reambiguate)」という文があってどゆことなんと思ってたけど、これはまず世界内存在であることはある視点から一定の意味を持つまとまった全体として世界を理解することだという前提があって、そのうえでそのまとまった意味をバラす力を遊びの態度が
matsunaga s:3D @zmzizm
もっているということなんですねと思った。いろいろな存在のモードはふつうそれぞれの仕方で世界の意味を収束させるが、遊びモードは意味の発散に向かう。ただ意味が発散するにはまず意味が収束している状態が必要なので、遊びは既存の文脈の「流用」であり「再」多義化なんだという細かいニュアンスが
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コメント

an_🌏🚀⭐shida @an_shida 2019年12月18日
こういう問いかけには松下先生出てきてほしいなーと思ってたら出てきてくれたのでよかった。
tricken @tricken 2020年1月7日
まとめを更新しました。
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