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黒の繰り手は厳かに述べる。 「グラン。こっちに来るのじゃ。何かで従わされているなら、こなたが解いてくれる」 朽縄の舌は振り返り、頭をふった。 「そなたが悪さをせぬのは、こなたが誰よりよく知っておる。案ずるな。こなたが守る。誰にも傷つけさせぬ」
2020-01-04 01:17:13「それは困るよ」 白の錬金術師は微笑んで弟子の肩に腕を回す。 「グラン。君は僕の共犯だし、これからも協力してくれるよね!もう取り返しのつかないこと色々しちゃったしさ!ほら!僕も一人は寂しいから!ね!」
2020-01-04 01:18:19「グランはこなたの友じゃ。まとわりつくな」 うっとうしくなった影の国の世継ぎが糸を放とうとすると、騎馬の国の貴公子が阻む。 「グラン!…ええい…変わらぬやつじゃ」
2020-01-04 01:21:25「そうそう助かるよ…大丈夫。安心してくれ。君とあの半丈の雌とのことは責任を持つよ。新たな繁殖計画も練ってある。半丈は思ったより重要だ。まだ仮説なんだけど、あのデルーヘナについてこれた半丈という種族はひょっとしたら全員がある意味で最強のも…」
2020-01-04 01:23:31グランは隠し持っていた西の島の短剣を柄をも通れとクルニトの心臓に突き立てた。悲しげな面持ちで。 場にいた全員に矢を向けていた半丈の衛士が、ただちに弓の弦を離す。 玩具のような飛び道具があまた師弟をともどもに貫いた。
2020-01-04 01:25:51「グラン!」 虚を突かれたキージャは側へ駆け寄ろうとして飛来する矢を寸断し、周囲をにらみつける。 「…おのれ…一回…二回…」 数えているあいだにアドクが、唖になった論客の躯に近づき、すがりつく。 「グラン…なんで」
2020-01-04 01:27:33「グリナ!どうして射たの…」 「アドク。私達は戦いを嫌って、平和を愛した。そのせいで大きい人に土地を追われたんだ。だからもうためらわない。私等の土地に踏み込む大きい人は…アドクだって私達の生き方を変えるのに賛成だったろ」 「違う…こんなんじゃない…」
2020-01-04 01:30:08「三回」 黒の繰り手、いや細蟹の指は何かを数え終わると、つかつかと朽縄の舌に近づいた。 「…いつかこうなると思っていたのじゃ…グラン…力が支配するこの世で…言葉で平和を説いて…身を守ろうとさえしなかった…」
2020-01-04 01:32:02「こなたが影の国に留めおけば、こなたの力で庇ってさえいれば…でもそうしたらそなたは、そなたではなくなるから…だのに最後に…おのれの生き方を裏切ったのは…この娘のためかや…この…勇ましい民のため…」
2020-01-04 01:33:48糸を紡ぎ織り裁ち縫うのに慣れた指が骸を探る。 「紋様…かほど強い支配の魔法に抗ったのじゃな。グラン…西方人は自由の民を名乗る。つまらぬ言葉と思っていた。だがそなたは、朽縄の舌。自由であったぞ。決して奴隷にならなかった。武威にも魔法にも己の説く平和にさえ繋がれなかったのじゃ」
2020-01-04 01:36:59黒の繰り手はすっくと立ちあがった。 「勇ましい民よ…そなたらは、この黒の繰り手キージャの眼と鼻の先で親友を殺めた。見事じゃ。こなたは魔法にも武芸にも覚えがあるが、そなたらの小さき矢を止められなかったのは感嘆のほかない…よく覚えておく」
2020-01-04 01:40:48「娘よ…何か望みはあるか」 キージャが問いかけると、アドクは無言で否んだ。 「では…済まぬが朽縄の舌を…葬ってくりゃれ。きっと…グランの躯は、影の国へ連れ帰るより、ここで眠るのがよいのじゃ」
2020-01-04 01:44:15騎馬の国では朽縄の舌を失ったことはたいして嘆かなかった。 下級貴族出の、武勲もない口先の徒などいなくなってさっぱりしたというのが宮廷のおおむねの意見だった。 その口先が、不安定な新興の国が諸邦と外交を打ち立てるのにどれほど必須であったかなど、気にも留めなかった。
2020-01-04 01:48:57だがデルーヘナ。英雄たる姫騎士を失った悲しみは大きかった。 すべては影の国と結んだ牙の砦、邪悪な魔法使いと闇の騎士の陰謀だったと人々は切歯扼腕した。
2020-01-04 01:50:11とはいえ復讐の術はなかった。 魔国は縮み、やがて消え失せたが、東帰する鬼の血を引く民を襲える気概のあるものはいなかった。 影の国そのものは以前にも増してさらに勢い盛んだった。新たにあらわれた黒の乗り手は、理不尽なことに姫騎士が倒したあの魔王よりも強大だった。
2020-01-04 01:54:11一方で牙の砦の方は、怒れる妖精によって滅ぼされてしまったらしかった。 どうやら邪悪な魔法使いは、かの獰猛で血も涙もない尖り耳の種族の機嫌を損ねる何かをしてしまったようだった。
2020-01-04 01:55:09かくして騎馬の国では怒りを胸に秘め、新たな西方諸国の同盟に加わって反撃の機が熟すのを待つのだった。 ただそれで済まなかったものもいる。 デルーヘナの兄。王の甥は継承権を捨て、宮廷を出た。 「…妹はどこかで生きております。必ず」
2020-01-04 01:57:58「そなたはデルトル。そなたは王の右腕。これからの騎馬の国に欠かせぬ人材だ」 「グランこそそうでした。ですが王は報いなかった。利用するだけ利用して省みなかった。私は…あやつが妹に近づかぬよう剣で威しさえした…あげく…戦…戦など…下らぬもののために妹を…グランが正しかったのです…」
2020-01-04 02:01:13「そなたは、やがて王になれるのだぞ」 「王など!論客を相談役として選び、使うだけ使ってから、まるで初めから騙されていたかのようにふるまい、おのれの名誉だけは護る!そのようなものに私はなりたくありません」
2020-01-04 02:03:41王の甥は城を離れ、愛馬を駆って平原を駆け巡った。 「デルーヘナ。いずこ…諦めぬぞ。お前は我が家の宝…折れず曲がらず毀れぬ鋭き剣…魔法使いなどに命を奪えようか…兄を許せ…お前を英雄と担いで戦場などに送った兄を…」
2020-01-04 02:06:20何年ものあいだ青年はさすらった。 やがてある噂を聞きつけた。 騎馬の国の山岳地帯に。銀の兜をかぶり、黒の剣を帯びた裸身の女が出没すると。焔の鬣の馬にまたがり、通りがかる武人に勝負を挑む。何ものも勝てぬ強さと。
2020-01-04 02:08:23誇り高き妹が素肌をさらして男に挑むなどありえぬと思ったが、黒の剣と炎の鬣の馬というのは気にかかった。 まさしくデルーヘナの愛剣と愛馬だからだ。 デルトルは、魔女の騎士が出るという峠に向かった。
2020-01-04 02:09:58はたして裸身の女はあらわれた。背は騎馬の国の女としては並で、乳房も尻も豊かだが、六つに割れた腹といい、盛り上がった肩といい、筋骨は立派だ。 またがる雌馬は、齢を重ねて衰えるどころかより大きく育ち、尋常の獣には思われない。あるいは魔法使いが育てていたという駿駒か。
2020-01-04 02:15:03王の甥は武者ぶるいしてから挑戦の声を発した。 たちまち双方はぶつかり合い、馬上で戦った、すぐに男は女の猛打を受けきれず、鞍から落ちかかりどうにか相手をともに引きずりおろした。
2020-01-04 02:16:25