映画『アイリッシュマン』狂猫病による感想&解説その4 「結婚式」(ネタバレ有り)

マーティン・スコセッシ監督作品『アイリッシュマン』についてのレビューです。 作品のポイント、構成などについて解説しています。 今回は、作中の重要イベント「結婚式」について。  ※大いにネタバレを含みますので未見の方は注意
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狂猫病 @kyobyobyo2

さて、結婚式である 『アイリッシュマン』作中で結婚式は二度、観客の前に披露されている 一つが弁護士ビル・ブファリーノの娘の式を指しているということは、すぐにわかるだろう ではもう一つは?

2020-01-30 21:34:31
狂猫病 @kyobyobyo2

もちろん主人公フランク・シーランを巡る式だ 「記念式典」という体裁ではあったが、その内実は結婚式にほかならない 相手に関しては少々複雑だが、予想はつくだろう そう、ジミー・ホッファとラッセル・ブファリーノだ

2020-01-30 21:43:13
狂猫病 @kyobyobyo2

本作の第二幕後半のかなりの部分が、フランクを巡ってジミーとラッセルが激しく火花を散らすという構図のために費やされている 「記念式典」は、二人がフランクのためにアピール合戦、もっと端的に言ってしまえば「プロポーズ」を行う場として設定されたものだ

2020-01-30 21:47:29
狂猫病 @kyobyobyo2

まず、二人がなぜフランクをそれほどまでに必要としているのか、という点から言及していく フランクに対する二人の精神的な繋がりについては、あまり説明の必要がないだろう ジミーは無二の親友として、ラッセルは師弟に近い盟友として、フランクに強い友情を持っている 問題は実利面だ

2020-01-30 21:53:49
狂猫病 @kyobyobyo2

ジミーについては、自身と組織の保安上の理由が大きい フランクはラッセルやトニー・サレルノ、トニー・プロといった複数の大物に直接コンタクトできる貴重なコネクションだ さらに自前の「兵隊」が少ないジミーと組合にとって、戦闘経験の豊富なフランクは強力な戦力である

2020-01-30 21:58:58
狂猫病 @kyobyobyo2

一方のラッセルについては、フランクが味方である実利的なメリットはそれほど多くないように見える 「ペンキ塗り」としては卓越し経験も豊富なフランクだが、サリー・バグズのような使い捨てできる駒をラッセルが複数抱えているのは確実だ が、稀代の策謀家は実利においても当然抜かりない

2020-01-30 22:05:31
狂猫病 @kyobyobyo2

ラッセルにとってのフランクの最大の存在価値は、ジミーに完全に信頼されているという、まさにその点である ジミー暗殺の日の朝、ラッセルはフランクに言った 「お前を巻き込まなければ、必ず計画が阻止された」と 逆に、フランクがジミー暗殺に協力するならば、成功は確実なものになる

2020-01-30 22:10:24
狂猫病 @kyobyobyo2

組合支配のために、出所してきたジミーの排除はマフィア達にとっての最重要課題となっていた 大人しく引退すればそれでよし、そうでなければ殺害というところまで両者の対立はエスカレートした 職人的な「ペンキ塗り」フランクは、期せずしてマフィア-組合闘争のキーマンとなったのである

2020-01-30 22:16:16
狂猫病 @kyobyobyo2

「結婚式」の内容に移ろう 「式次第」はそれほど複雑なものではない フランクに対してのアピールタイムがあるのでそこで想いのたけを述べ、贈り物をする それだけだ ただし他にも出席者がいるので、彼らの行動次第でハプニングは起こりうるし、逆にそれを利用することもできる

2020-01-30 22:21:18
狂猫病 @kyobyobyo2

ジミーとラッセルは、まず直接ぶつかり合う 互いに第三者からの、あるいは第三者への言葉のように話しているが、やっていることは単なる罵り合いに過ぎない 揉めている二人を遠目に眺めるフランクは心配顔だ

2020-01-30 22:29:57
狂猫病 @kyobyobyo2

さてジミーのアピールタイムだ ジミーは当然お得意の演説で聴衆を巻き込み、フランクは自分のもの、組合の人間だと主張する 「どちらにつく?」「あなたに!」 「私に?」「あなたに!」 これはまさにフランクを主語にしたコールだ 公開プロポーズである

2020-01-30 22:35:27
狂猫病 @kyobyobyo2

プレゼントについては後述する プロポーズを受けたフランクは笑顔でこう述べた 「私は君の背後にいる、ずっとだ」 この言葉は守られる ジミーの死の瞬間まで、きっちりと

2020-01-30 22:39:07
狂猫病 @kyobyobyo2

音楽が流れ、ダンスタイムだ 曲は「Spanish Eyes」 「Please say "si, si"(Yesと言ってくれ)」という歌詞はこの場に相応しいものだが、残念ながらこの曲は本質的に別れの曲だ しかもジミーは自分の妻ジョーとではなく、フランク最大のコンプレックスであるペギーと踊るという愚行を犯す 大きな減点だ

2020-01-30 22:45:45
狂猫病 @kyobyobyo2

ラッセルは、ジミーとは正反対のやり方でフランクの心をとらえようとした 二人きりになれる場所で、ポケットから指輪を取り出して言う 「これを持つ人間は世界に三人だけだ」 二人だけ、でないのが粋だ 真実の言葉としてフランクに響く

2020-01-30 22:49:33
狂猫病 @kyobyobyo2

はめてみろ、と言われてフランクは戸惑いながらも左の薬指にはめる 「Feel good?(いいか?)」 「ああ」 同じ意匠の指輪のはまった指が、わずかに触れ合う ラッセルは「俺がお前を強くしたんだ」と言ってフランクの頬に接吻する

2020-01-30 22:54:28
狂猫病 @kyobyobyo2

念のため言っておくが、すべて画面内で起こっていることだ 疑うならNetflixで確認してもらいたい ……さて、ここでラッセルがとんでもない台詞を発する これは本当に、耳を疑うような台詞だ

2020-01-30 22:57:47
狂猫病 @kyobyobyo2

「Nobody...Nobody can fuck with you(誰にもお前とファックさせない)」 日本語字幕は「お前に手を出す奴は許さない」となっているが、ややソフトにされている表現だ 「お前『を』」ではなく「お前『と』」である 「with」が入っているので、そういうことだ これ以上の説明は避けよう

2020-01-30 23:04:10
狂猫病 @kyobyobyo2

フランクは戸惑いつつも笑顔で頷き、ラッセルも照れたような笑顔を浮かべる 策謀家ラッセルは、意外にも直球の正攻法で来た こういう場では真心からの言葉が最強であることをよく理解している 人間の心理を知りつくしたラッセルらしいプロポーズだ

2020-01-30 23:08:06
狂猫病 @kyobyobyo2

ここでの音楽は「Al Di La」 「この世界の全てを超えた先にお前がいる」「お前は俺だけのためにいる」という、独占愛の歌だ フランクはラッセルから警告を受ける 「邪魔する者は許さない、奴には身を引かせろ」と

2020-01-30 23:14:39
狂猫病 @kyobyobyo2

諦めた時点でジミーの死が確定することを理解したフランクはどうにかジミーを説得しようとするが、失敗する 頑迷なジミーはさらに決定的なミスを犯す 自らが密告者、「ネズミ」になるという防衛策を、よりにもよってフランクの前で明かしてしまう 前述したが、フランクは「ネズミ」を嫌悪している

2020-01-30 23:27:44
狂猫病 @kyobyobyo2

フランクに背を向けたジミーは再びペギーと踊る この瞬間、「結婚式」は異様なものに変容した 「ゴッドファーザー」の冒頭に描かれているように、欧米の慣習では結婚式の最後には花嫁とその父親だけが踊る つまり、ジミーはペギーの「父」となった

2020-01-30 23:33:08
狂猫病 @kyobyobyo2

では花嫁たるペギーは誰に嫁ぐのか フランクを見るペギーの冷酷な視線を見れば、その言わんとするところは理解が容易いだろう もちろんジミーに嫁ぐのだ フランクは、父としても男としても、最愛の娘を親友ジミーに奪われることとなった そしてその親友は、破滅に向かって突き進んでいる

2020-01-30 23:39:59
狂猫病 @kyobyobyo2

ジミーからフランクへの贈り物は、時計だった ラッセルの贈った指輪と対比させると、これは二人のキャラクターや立ち位置にちぐはぐのようにも思える 指輪が精神的な繋がりを示すのに対し、時計が示すのは機能性だ

2020-01-30 23:45:40
狂猫病 @kyobyobyo2

ここに、ジミーとラッセルの、フランクという男に対する理解の差が表れている フランクの内部にある孤独は、彼を組織の中で機能させることによってではなく、精神的な繋がりによってしか埋められないということをラッセルは正確に見抜いていた

2020-01-30 23:51:35