エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~8世代目・その23~

ハッシュタグは「#えるどれ」 バンダは拗ねているがそれはそうとして八つ当たりはする。
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帽子男 @alkali_acid

牙の部族の戦士の長ガンドバスガブルの息子バンダゲムゾブドの魂は、子孫の体に宿り、四方を見渡した。初戦を争ったオズロウの魂よりもなお鬱々としている。

2020-03-04 21:35:38
帽子男 @alkali_acid

「馬…と…弓…」 バンダは、最前まで肉の器の主だったドレアムの言葉を思い出すように幻馬と妖弓を順に確かめ、手足のきかぬ老翁のような足取りで審判の方へ向かった。 だが狩の男神の後ろを通り過ぎようとしたところで、いきなり神馬は後ろ脚を蹴り出した。 金茶の蹄がまっすぐ標的の頭を打つ。

2020-03-04 21:38:12
帽子男 @alkali_acid

黒の乗り手は三間ばかりも吹き飛んで、突っ伏したまま動かなくなった。 "不正です。光の諸王に赤信…" 「黙れ。異教の神よ」 ヌンノスは、いきりたつドリンダの首を叩いてなだめながら鋭く述べる。 「弓馬の技は武者のたしなみ。勝負の場は血気に逸り荒れるもの」

2020-03-04 21:40:02
帽子男 @alkali_acid

「春祭りの舞踏ではない。ドリンダの脚癖は褒められぬが、もののふならば勝負の前に馬の後ろは通らぬものだ」 "しかしこれでは勝負が成り立ちません" 「これで肉の器も霊気ももろともに滅べばそれまでのこと」 "許容できません。やはり赤信…"

2020-03-04 21:42:39
帽子男 @alkali_acid

「ほっておけ」 バンダが身を起こす。鼻から血を垂らしている。冥皇から暗黒の精霊としての力を授かっていなければ、頭蓋は粉々に砕けていただろうが。 "しかし、これを許容しては同様の逸脱を誘発しかねません" 「好きにさせろ」

2020-03-04 21:44:24
帽子男 @alkali_acid

審判役を買って出た交差する円柱は、虚空でしばらく回転してから、やがてまた柔軟さを示した。 "それでは双方の合意に基づき、今回は勝負中の逸脱を許容します。双方の実力による妨害を認めましょう" 「次に邪魔をすれば射落とす」 ヌンノスは宙へ向け神弓の弦を弾き、不吉な破魔音を鳴らした。

2020-03-04 21:47:02
帽子男 @alkali_acid

バンダは血もぬぐわず、列石の輪の向こうに立つ、もう一人の審判、妖精王に近づく。アルウェーヌは我知らず頬を紅潮させ、進んで弓を差し出す。 「これを」 だがランスローの弦もまた凶兆を示す鳴り方をした。

2020-03-04 21:48:37
帽子男 @alkali_acid

黒の乗り手はしばらく妖弓をにらんだ。 武者と武具の間には相容れぬ緊張が漲るようだった。 「…やめておく。お前が持っておけ」 ぷいとバンダは背を向けてた。つかつかと今度はヌンノスを畏れるがごとく大回りし、ドレアムが呼び出した異形の馬の群へ近づき、うっとうしげに眺めやる。

2020-03-04 21:50:43
帽子男 @alkali_acid

「…要らんな…消えろ」 低い声だったが、黒の料り手ダウバの放つ竜の咆哮に劣らぬほど剣呑だった。 海の女神の残した泉が泡立ち、木の女神が残した大樹は怯えるように枝を揺らし、地の母神が残した小さな火山も煙を薄らせる。

2020-03-04 21:52:37
帽子男 @alkali_acid

幻獣はそろって姿を消した。放心していた天馬さえもがのろのろと飛び立つ。 ただ一頭、空しげな気配を漂わせた雄馬、熾火だけが残った。 かつて白の錬金術師クルニトが世界中の名馬を掛け合わせて作り上げた最高傑作。しかし命としての本質を失い、死ぬのさえだるいという理由だけで永らえるのみ。

2020-03-04 21:55:06
帽子男 @alkali_acid

バンダはさっきの脅しで疲れたようにうなだれると、仕方ないというように熾火の裸の背にのぼった。 「…あいつは…俺を…もう憎みさえしなかったか…」 ぽつりとつぶやく。

2020-03-04 21:56:50
帽子男 @alkali_acid

"合意と見てよろしいですね" 頭上で万物の審判者が問いかける。 神馬の女王は嘶いて足を進め、不勃の雄馬の真横に並んだ。乗り手同士が腿と腿が触れなんばかりの距離だ。 枝角の兜をかぶった男神が、老いた魔人のそばにつき、やっと首をねじ向けてまっすぐに見つめる。

2020-03-04 21:58:57
帽子男 @alkali_acid

「古き幽鬼よ。貴様の噂は、西の果てへ渡って来たものから聞いた。あまたの気高きエルフを待ち伏せ、騙し討ちにし、罠にかけて殺したと」 バンダはぎくりとしてからうつむく。 「俺は今機嫌が悪い」 「私もだ。妖精狩りと、お前をそう呼んだ。夫や兄弟や息子や父親を奪われたものらは」

2020-03-04 22:02:33
帽子男 @alkali_acid

ヌンノスは冷たく糾弾した。 「この勝負は、ただ貴様を裁くための場となった。今日こそ狩られる身となるがよい。幽鬼よ。一切の行いに報いを与える」

2020-03-04 22:04:54
帽子男 @alkali_acid

星の女神が両腕を打ち振ると、暮れなずむ天から狭の大地に無数の流れ星が落ちた。 「まずは駆け比べ。球となった世界を一巡して戻り来るがよい。それぞれ、途中に九つ落ちた証の星を、拾い集めて来るのだ」

2020-03-04 22:07:11
帽子男 @alkali_acid

狩の男神は同意の印に神弓を掲げ、血も凍るようなまなざしを、かたわらに項垂れる獲物に投げかける。生きて還すつもりなど元よりないのは明らかだった。 無慈悲な復讐の権化を乗せた神馬の女王もまた、標的を追跡する喜びに激しく鼻息を吹き、橙の蹄で草地を掻き、また柑子色の結晶を咲かせ散らす。

2020-03-04 22:11:13
帽子男 @alkali_acid

萎縮したような老魔人と対をなすように、雄馬の熾火だけは凪いだ穏やかさを保っていた。 神々も人も鬼も観衆も静まり返って声もない。 万物の審判者が高らかに告げる。 "勝負開始!"

2020-03-04 22:13:01
帽子男 @alkali_acid

狩の男神は弓を握り、矢筒に手を伸ばした。 対する黒の乗り手は、もはや手綱も取らず、

2020-03-04 22:13:57
帽子男 @alkali_acid

いきなり裏拳で競走相手の顔面を殴りつけた。

2020-03-04 22:14:16
帽子男 @alkali_acid

「がぁ…」 バンダの腕が蛇のように動いて、ヌンノスの弓手を掴むと、逆向きにねじり上げる。 何がどうなったのか、一瞬のうちに狩の男神は指をへし折られ、武具を奪い取られていた。

2020-03-04 22:15:49
帽子男 @alkali_acid

「どけ」 魔人は男神の喉首を掴むと、無造作に持ち上げて投げ捨て、ひょいと相手の馬に飛び移った。

2020-03-04 22:16:43
帽子男 @alkali_acid

神馬の女王ドリンダは憤怒に猛り、おぞましい乗り手を振るい落とそうとする。 だがバンダは意に介さず、跳ねまわるじゃじゃ馬の上で真銀と白の木でできた弓を構え、一本だけ盗み取った矢をつがえて引き絞ると、地に落ちたヌンノスに向ける。 「走れ。主の命が大事ならな」

2020-03-04 22:18:11
帽子男 @alkali_acid

白と橙の雌馬は、幾多の戦場を精霊の猟人と駆け抜けて来た名牝。背に乗せた男が、どういう性質かは感じ取っていた。だからこそ不意打ちで仕留めようとしたのだ。 「ドリ…ンダ」 鹿角の兜のもののふが折れた指を伸ばしてあえぐ。騎獣は首を捩り絶望に満ちた眼差しを送ると、鏃の煌めきを認め

2020-03-04 22:21:04
帽子男 @alkali_acid

いっさんに駆けだした。 あとには相変わらず微動だにしない熾火が立ち尽くし、やがて糞をすると、練武場の草を味見し始めた。義務のように。

2020-03-04 22:21:49
帽子男 @alkali_acid

ドリンダは恥辱に燃えながら駆けた。幾度も振るい落とそうとした。だがバンダはやすやすと乗りこなし、あまり跳ねると弓で尻を容赦なく打擲した。 そうして矢を番え直し、身を捩って背後に向け引き絞る。 マハーラの拵えた魔法の得物は、例え地の果てのいや先からも獲物を射抜く。

2020-03-04 22:23:41
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