エルフの女奴隷を代々受け継ぐ家系の話( #えるどれ )~8世代目・その23~

ハッシュタグは「#えるどれ」 バンダは拗ねているがそれはそうとして八つ当たりはする。
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帽子男 @alkali_acid

冥皇や闇の女王のごとき悪霊さえも肉の器のみならず霊気さえ貫く。 では光の諸王はどうだ。 雌馬は、姿形は獣でも中身は知恵ある精霊。邪悪な男のふるまいの意味を痛いほどに理解できた。

2020-03-04 22:25:20
帽子男 @alkali_acid

「駆けろ。もっと早く」 バンダは命じて、また弓でドリンダの尻を叩く。 「もっとだ!」

2020-03-04 22:26:10
帽子男 @alkali_acid

神馬ははじめ抗い、やがて命じられるまま疾駆した。肉の器に収まった霊気が引きちぎれるかと思うほど。しかし魔人は満足しない。 「もっと…!もっとだ!」 光と闇の戦場でさえ、地竜や大魔狼を獲物とした荒々しき狩りでさえ、かほど乗り手に責められたことはない。

2020-03-04 22:28:25
帽子男 @alkali_acid

ドリンダは狂おしい思いで風よりも雷の如く、音よりも光の如く馳せ、東へ東へ、闇の濃き地へ奥深く入っていった。すでに空には星々が輝く。 定命の馬のような心臓があればとうに潰れるほどの速さに達すると、やがてバンダは鬣を掴んで手綱がわりに引いた。 「証の星だ」

2020-03-04 22:30:18
帽子男 @alkali_acid

凍てつく平原のただなかに、すり鉢のような穴が一つ。輝く星が埋もれていた。 神馬は地に降り立ったところを踏み殺してやろうと思ったが、魔人は背から離れず、長大な弓を伸ばして器用に星を掘り起こし、宙に跳ね上げて受け止めた。 「…一つ目だ」

2020-03-04 22:32:40
帽子男 @alkali_acid

「見事な駆けぶりだった」 黒の乗り手は、橙と白の駒を短く褒めると、また駆けさせる。 先へ先へ。絶壁に都の廃墟がある峡谷の底、いくつもの短い滝とその壺が連なる水場で二つ目の星を捉える。 「休め」

2020-03-04 22:34:52
帽子男 @alkali_acid

あっさりとバンダはドリンダから離れ、滝壺の一つに腰を下ろすと、靴を脱いで足を冷たい流れに浸す。 魔人の落ち着き払ったようすに、神馬は疑うように嘶き、後ろ足で立って蹄を振り上げるが、向こうはまるで意に介さない。

2020-03-04 22:36:24
帽子男 @alkali_acid

黒の乗り手が弓の調子を確かめ始めたところで、白と橙の馬は首を返し駆け去ろうとして、また向きを変える。 バンダはくつろいでいるようだが、双眸の光はよく研いだ短剣の如く鋭い。 ドリンダはたまりかねたように跳ねると、馬の皮を肩にかけた乙女のかたちになる。

2020-03-04 22:38:28
帽子男 @alkali_acid

二本足で降り立つと、憎むべき敵に歩み寄ろうとして、不意に立ち止まり、真赤に腫れあがった尻をつい手でさすってから歯がみする。精霊がまとう肉の器はかりそめのもので、子をなすことはできないが、めったに傷つくはずがない。痛みも覚えないはず。調教に用いたのが地母神の手になる剛弓でなければ。

2020-03-04 22:40:35
帽子男 @alkali_acid

「ヌンノス様から奪った弓を返せ」 「休め」 「貴様如き卑しき幽鬼が持ってよいものではない!」 神馬の剣幕に魔人はまるで聞いていないかのようによそ見をする。 「水でも浴びて頭を冷やせ」

2020-03-04 22:42:03
帽子男 @alkali_acid

「貴様!筋が通らぬぞ。鍛冶と工芸比べの時には、その弓は影の国に留め置く資格はないと述べ、自ら光の諸王に献じたではないか!」 「…ああ」

2020-03-04 22:43:05
帽子男 @alkali_acid

バンダは嗤った。ぞっとするような嗤いだった。 だがドリンダは不思議と吸いつけられた。 精霊が、たかが人間の成れの果てに。 「影の国は欲しいものは、与えられるのではなく、奪い取るのが流儀でな」

2020-03-04 22:44:05
帽子男 @alkali_acid

「ヌンノス様は必ず追いつく。追いついて貴様の霊気も肉の器もともどもに滅ぼす」 「尻はもういいのか?」 「今ここで私が殺す!!」

2020-03-04 22:45:15
帽子男 @alkali_acid

再び四足となった乙女は蹄で打ち掛かったが、丈夫は紙一重でかわし、首を捉えて抑えつけ、滝壺に引きずり込んだ。 しばらくしぶきが散ったあと、びしょぬれになったドリンダが二つ足の姿で水から這い上がる。バンダはからからと笑ってあとから出てくる。

2020-03-04 22:47:15
帽子男 @alkali_acid

「…濡れぬな。キージャのしたてた服は。神馬は風邪をひくのか?」 「黙れ!」 「ならば重畳。休息は終わりだ。走れ」

2020-03-04 22:49:02
帽子男 @alkali_acid

黒人と白馬は一つとなって大地と大洋を抜け、大空を渡って、星を拾い集めた。たまたま目にした人々にとっては不吉な、しかし忘れられぬほど美しい光景だった。

2020-03-04 22:50:55
帽子男 @alkali_acid

ドリンダは嘶き、歯を打ち鳴らし、暴れ、荒れ狂ったが、かりそめの肉の器を巡る霊気が、過去いかなる戦でも狩りでも味わったことのないほどに滾るのを、認めないではいられなかった。

2020-03-04 22:52:29
帽子男 @alkali_acid

バンダはさほど昂ぶりをあらわさなかったが、大河を一跨ぎにする跳躍を、沙漠を一文字に過る疾駆を、天空の島々を伝う巧みな脚を、それぞれ言葉少なに讃え、口ぶりにはいささかなりと真の敬意が籠っていた。

2020-03-04 22:54:50
帽子男 @alkali_acid

「下衆め…どこで馬術を学んだ」 「盗んだ。妖精からな」 「卑怯なやつ!」 「…九つ目だ」

2020-03-04 22:55:53
帽子男 @alkali_acid

すべての証の星を集めて、バンダとドリンダは列石の輪の内に広がる練武場へ帰還した。 ヌンノスは、熾火の首に手をかけたまま、じっと瞳を覗き込み、微動だにしないでいた。

2020-03-04 22:57:12
帽子男 @alkali_acid

「神馬。神弓とともにお前の主のところへ戻るがよい」 「…奪ったものを…返すというのか」 「ああ」 「なぜだ!貴様のような卑怯ものが」 「…俺が欲するものではない」

2020-03-04 22:58:37
帽子男 @alkali_acid

黒の乗り手のそっけない言葉は、白と橙の馬をどうしてか深く傷つけた。 ドリンダはもはや離さず、弓を咥えたまま、逃げるようにヌンノスのもとへ駆け戻った。

2020-03-04 23:00:22
帽子男 @alkali_acid

狩の男神はよりそう愛馬の気配に我に返り、無理矢理、虚無の獣から視線を引き剥がした。 光の諸王の衰えを知らぬ霊気と固い精神は、なお健在で、小さきもののように朽ち萎えはしなかった。

2020-03-04 23:02:49
帽子男 @alkali_acid

「奇怪な罠にはまったか…二度と同じ手は通じぬぞ。ドリンダよ。駆けよ。駆けて幽鬼を討ち、星を集めん」

2020-03-04 23:03:55
帽子男 @alkali_acid

黒の乗り手バンダは九つの星を、精霊の女王ギルネヴィの足元に撒いた。 「確かめろ」 「恥を知らぬのか」 「母の腕を射て赤子を奪う男と勝負するのに、誉は不要だ」

2020-03-04 23:06:58