JSF事件の虚像と実像 - 深田萌絵氏の発言に対する疑念

深田萌絵氏がブログやSNSなどで語っているJSF事件のうち、台湾で発生したとされるいくつかの事象について、これまでに挙がっている疑念を整理しました。
12
前へ 1 2 ・・ 8 次へ

4. 設計を盗まれたか?

深田萌絵氏は「マフィアにオフィスを襲撃されて設計を盗まれた」、「調査局に設計を押収された」と語る一方で、「焦祐鈞氏に盗まれた」とも語っており、TSMCがF-35のチップを生産していることがその証拠だと主張している。
 

最近、ニュースでTSMCがF35チップを提供していると流れていますが、TSMCは単なる工場でチップの権利を持っていません。仮に、TSMCがF35のチップ設計を持っているとすれば、CTOから盗み出したものです。
深田萌絵 本人公式ノンポリブログ(2020年1月20日)

 
この理屈は明らかにおかしい。簡単に言えば、メーカーが設計したチップの製造を担うのがTSMCのようなファウンドリであるから、TSMCがF-35のチップの設計を持っているのは当然である。設計が無くては製造ができない。すなわち「権利を持たないはずのTSMCが権利を持っている」という話であれば一考を要するが、「TSMCがチップを生産している」というニュースはあっても「TSMCがチップの権利を持っている」というニュースの存在は確認できない。

そもそも、后健慈氏がJSF計画から外れたあと、TSMCが何故か信用失墜を承知でMai Logicのチップを勝手に量産し、Mai Logicの共同開発先のKaiser Electronicsもまた何故かそれが権利侵害であることを知りながら提供を受けるなどということがあれば、深田氏が今さら取り上げるまでもなく大きく報じられていただろうし、チップの回路図は米国のMai Logicにあるのだから后健慈氏は権利侵害で訴訟を起こしていただろう。

「盗まれた」という主張を捨てて「調査局に押収された」という主張を取るにしても、やはりチップの回路図は米国のMai Logicにあるのだから、台湾の調査局が何故か米国に対する主権侵害行為であることを承知ではるばる米国まで押収しに行き、米国もその設計がJSF計画に関係するものだと承知しながら何故か台湾に対して調査の拒絶も抗議もしなかったという実に奇妙な話になる。


5. 焦佑鈞氏は「すごい」と評したか?

パナソニック買収の新唐科技会長焦佑鈞(ユーチェンチァオ)がうちのCTOの技術のマーケット機会がすごいといったメールです。
(中略)
このメールはインターナルメールで、焦佑鈞の秘書がCTOを助けるためにくれました。
Facebook: Moe Fukada(2020年1月11日)

 
送信日は亞圖の創業から約7ヶ月後の1998年10月になっている。内容は「后健慈氏がセキュリティに関する非常に価値ある発明を持っていて、それがとても大きなマーケット機会をもたらす」というAssumption(仮定)から始まり、次に后健慈氏が経営する「Inguard」「Mentor Arc」(のちのMai Logic)「Atum」(亞圖)の3社それぞれに対する印象のようなものが書かれている。興味深いのは亞圖に対して次のように書かれていることだ。
 

Atum: The mission of this company is unknown. To be successful in transforming the 2 technology into profitable business, is there anything the above 2 companies can not do?

 
メールには「各システム企業が当社の技術の価値を高めてくれることを望んでいる。顧客との競争は避けなければならない。IP/softwareビジネスやKey componentビジネスに全力を尽くすべき」といったスタンス、「(后健慈氏の企業が保有しているらしい)Genetic computing、ADPSという2つの技術のうち前者の方が価値が高い」、「IC設計より知的財産権の方が投資利益率が高い」といった見立てが書かれ、最後は后健慈氏に対するコンサルティングのような質問で終わっている。
 

What is the value Jason Ho want to grab?
What is the key successful factor for Jason achieve goal?
What is the mission for Atum? How should we structure the company?
Jason's role? Jason's capability analysis? What kind of management partner he should look for?
Business partner? What kind of partner relationship? What are the expected return?

 
「亞圖のミッションが分からない」、「亞圖に他の2社にできないことが何かあるのか?」と、このように亞圖の存在意義に対して明確に疑問を呈している焦佑鈞氏がこの翌年に1,500万元を投資しているというのは不可解に思える。

その答えがこのメールにあるとすれば、冒頭にある「后健慈氏がセキュリティに関する非常に価値ある発明を持っていて、それがとても大きなマーケット機会をもたらす」という仮定がそれではないかと筆者は考える。この仮定がどういった経緯で出てきたものなのかは定かではないが、焦佑鈞氏が台北市調查處に次のように述べていたことが思い出される。

「后健慈氏から『現行技術を遥かに上回るシステム・セキュリティ関連の技術をすでに発明してある』として亞圖との提携を求められた」


6. FBIに保護されたか?

深田萌絵氏によると、台湾で命を狙われた后健慈氏はFBIの保護を受けて米国に亡命し、そのときにFBIから新たな英語名を与えられたという。
 

マイケル・コー。この名前は、FBI被害者保護プログラムでFBIから与えられた名前で本当の名前ではない。
(中略)
直後、彼の台湾オフィスは中国スパイに襲撃され、馬英九によってマイケルは投獄された。獄中で暗殺されそうなところ、現台湾立法院長王金平に助けられて米国へ亡命。FBIの保護下に入ったのだ。
深田萌絵バックアップブログ2(2015年11月09日)

后健慈、CTOの名前。「FBI保護プログラムで名前が変わったのではないのか嘘つき」という人がいますが、アメリカで漢字表記の名前は存在しませんので、常識的に英語名称が変わったと考えてください。
深田萌絵 本人公式ノンポリブログ(2020年1月20日)

 

2011年6月に設立されたRevatron株式会社の公式サイトから后健慈氏の英語名が「Jason Ho」であることが確認できる。また前節で提示した焦佑鈞氏のメールからは1998年時点ですでに后健慈氏の英語名が「Jason Ho」であったことが確認できる。

つまり、FBIの被害者保護プログラムで名前が変わったというのはおそらく深田氏の創作だろう。そもそも米国に「亡命」したあとも同じ業界で会社を興し、代表として堂々と表舞台に立っているのだから、いくら名前を変えたところで特定されるのは時間の問題のように思われる。

FBIに保護されていないのであれば、「台湾でマフィアやスパイに命を狙われた」という発言の信憑性は自ずと薄くなる。さらに「后健慈氏が開発したチップはJSF計画において本当にそこまで重要な位置づけにあったのだろうか?」という疑念も生じる。


7. JSF計画にどう関わったか?

深田萌絵氏によると以下に提示する資料は2003年8月にKaiser Electronicsが陳水扁総統に送った手紙らしい。(画像中の赤字の注釈は深田氏によるもの)
 

 
また深田氏は手紙の内容は次のようなものだと語っている。
 

『親愛なる陳水扁総統。ジョイントストライクファイター(統合打撃戦闘機)の開発を米国政府から受けて以来、私達は中国スパイや台湾マフィアからの執拗な攻撃にさらされ、特に王源慈氏の会社は危険な状態にあります。総統におかれましては、台湾国内における王氏の活動をサポートして頂きたく存じ上げます。
カイザーエレクトロニクス社、社長より』
深田萌絵 本人公式ノンポリ★ブログ(2015年11月29日)

※王源慈=后健慈
 

2003年にカイザーエレクトロニクスが陳水扁元台湾総統に対して、台湾で製造するはずのマイロジック社のチップサンプル製造工程で不適切な妨害が入って製品製造が遅れているから、適切な対応をして欲しいとお願いをされていましたね。
深田萌絵 本人公式ノン★ポリブログ(2019年12月26日)

 
まず、深田氏はこの手紙を送ったのは「カイザーエレクトロニクス社、社長」だと説明しているが、差出人をよく見ると「Subcontract & Supplier Management」(外注・サプライヤ)部門の人物のようである。「マフィアやスパイが軍事機密を狙ってオフィスを襲撃している」というような危機が差し迫ったなかで一国のトップに手紙を送る人物としては不釣り合いのように思える。

次に、手紙の本文から深田氏の話に該当すると考えられる箇所を抜き出してみる。
 

Kaiser and Mai Logic enterd into an agreement to jointly develop the flight control/display systems by incorporating one of the key leveraging technologies, the Articia P chipset from Mai Logic. Just as we were expecting to start the process of verifying the samples of Articia P, we were informed that there was a certain inappropriate commercial interest involved in the process of fabricating the samples. As a result, Articia P may not be able to come into the market as we had planned. This would be devasting to us.
We would very much like to see President Chen's help in correcting this problem. We would view such assistance very positively and would convey this to our customer, Lockheed, and their customer, the U.S. Navy and U.S. Air Force. Thank you in advance for any support you may be able to give us.

 
Mai Logicは「Articia P」チップセットを供給するという形でKaiser Electronicsとフライトコントローラー/ディスプレイシステムを共同開発する取り決めをした。チップのサンプル検証を始めようとしているが、サンプル製造において「a certain inappropriate commercial interest」が発生しており、予定どおりにチップが発売されないかもしれない。問題を解決してほしい。

文面から「a certain inappropriate commercial interest」(不適切な商業上の利益)が具体的にどういったことなのかは読み取ることはできない。これが「不適切な妨害」や「中国スパイや台湾マフィアからの執拗な攻撃」を指しているというのは深田氏の想像であって、翻訳として正確なものではないことが分かる。

またMai LogicとKaiser Electronicsの「共同開発」は、Mai Logicが自社製品の「Articia P」というチップセットを供給するというものだったことが分かる。「come into the market」(発売する、市場に出る)とあることからJSF計画のために特別開発している製品ではないようである。

もう少し具体的に「Articia P」とはどのようなものなのか、以下、JSF事件を技術面から検証しているZF氏のこちらのスレッドから抜書きする。(画像はMai Logicの公式サイトで公開されていた同製品のカタログ)

F35などの兵器も全ての部品をゼロから起こすわけではなく、民生品やそれを少し仕様変更をしたものを使うことがある。「Articia P」も基本的に市販品。CPUの周辺チップセットであり兵器としての本質にさほど影響のある核心部品ではない。膨大な部品の一部として選定されたもの。
CPUがアップデートされれば同時にアップデートされたり、CPUと周辺回路まとめて1チップ化されたりするものであり、現在はCPUメーカーが自社で製品化している。(仮に当時F-35に採用されたのだとしても)現在製造中のF-35ではすでに使われなくなっている可能性がある。

前へ 1 2 ・・ 8 次へ