ミラン『資本主義の起源』とアリギ『北京のアダム・スミス』(第1, 4部)の読書メモ

 與那覇潤(@jyonaha)さん作成の読書メモ。*注意:與那覇潤さんの私的メモをまとめさせて頂いたものであること、アリギ『北京』は第1,4部のメモであり第2,3部は含まれないことにご留意ください。  エリック・ミラン『資本主義の起源と「西洋の勃興」』(邦訳2011年, 山下範久訳)。ジョヴァンニ・アリギ『北京のアダム・スミス:21世紀の諸系譜』(邦訳2011年, 中山智香子ほか訳)。前者の原書は“The Origins of Capitalism and the "Rise of the West"”(Temple U.P., 2007)。後者は“ Adam Smith in Beijing: Lineages of the Twenty-first Century”(Verso, 2007)
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ミラン『資本主義の起源と「西洋の勃興」』について

與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

【読書】E.ミラン『資本主義の起源と「西洋の勃興」』:豊かだった中国やインドやイスラムでなく、なぜ貧乏だったヨーロッパが資本主義を生んだのか?という謎の総合的解明。著者の結論をざっくりいうと「中世欧州だけが、貧乏貴族が都市の金持ち共同体に依存する政体だったから」(p116、64)

2011-06-18 09:46:50
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

11世紀の英国で経済の4割を握る等(p22)、適度に都市が伸びて封建領主が弱体化した中世欧州では、寡頭制的な都市商人が借金のカタに貴族に特権を認めさせた。市民は武装し(p168、222)、国籍ならぬ市民権(p244)に基づく差別を行い、農村を「植民地化」して発展した…(p230)

2011-06-18 09:58:39
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

一方中国は商業の勃興では先行したが、国家が主要産品を専売した上、農業生産性が高すぎて海外交易からの歳入に無関心だった(p93、130)ため、ベネチアのような都市国家→植民地経営の道を歩めなかった(p58)。要は中国の王朝は欧州の貴族より盤石すぎて、都市商人を保護する動機がなかった

2011-06-18 10:06:18
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

加えてモンゴル帝国下で中国が搾取される一方、ユーラシア統一により交易費用が低下した結果、棚ボタで欧州商人に利益が舞い込んだ(p98)。鄭和らの朝貢貿易は経済性よりも文化的威信を追及し、海禁政策に回帰すると中国は海外商人を保護せず(p104、111)、植民地帝国の建設に進まなかった

2011-06-18 10:13:16
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

要するに伝統中国は巨大なレッセフェールの帝国で、華僑は東インド会社と違い国家の裏づけがない完全民営企業(p136)。民間競争のみで国家間競争がないので、法の支配や所有権の保護(=貴族の都市への妥協)が生まれず、商取引の量は増えても継続的な資本蓄積ができなかった(p121、126)

2011-06-18 10:19:41
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

インドは農村地盤の王侯が強すぎた(p157、167)上、国家が遊牧民対策(陸戦)を優先し海上交易の軍事的保護を怠って(p184、174)、欧州商人につけ込まれた。また職工が働く前に工賃を貰うなど「労働者保護」が最強すぎて資本家が出なかった(p160)。ガンジーは一日にしてならず…

2011-06-18 10:26:59
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

見落とせないのはアフリカ(ないしイスラム)で、産業革命前の欧州は後進地帯で売るものがないので、18世紀末の対インド交易ですら輸出品の8割は金銀、つまり超貿易赤字(p148)。新大陸銀も全部中国に吸い上げられたから、要は欧州はアフリカに金を恵んでもらって経済回してたわけ(p204)

2011-06-18 10:34:00
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

アフリカを制約したのは過少人口。つまり賃労働で雇うと高賃金になりすぎるので奴隷制に依存する悪循環に陥り、土地より人が希少だから人的結合に頼る政体ができて、制度的発展がなかった(p206、210)。ために交易が盛んでも軍事都市ができず、材木不足から海軍も弱かった(p222、216)

2011-06-18 10:41:45
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

つまり欧州資本主義のコアは、中世の軍事都市国家による周辺農村&近海植民地からの搾取と、彼らに財布の紐握られた統治機構による法的保護とのバーターで、近世の「新大陸発見」や近代の「産業革命」はそれに乗った豪華な外皮だということ(p80)。実際、中世都市の非道ぶりはブラック企業も真っ青

2011-06-18 10:51:15
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

職工の交渉力が高いインドと逆に、中世欧州の都市は前貸制で農村労働力を買い叩き、フィレンツェでは下層85%の総資産と同じ額を上位1%が独占(p228)。裁判でも不都合な証言を非市民がするのは認めない(!)等の人種主義が罷り通り、最低でなく「最高賃金」が設定された…(p244、66)

2011-06-18 11:00:44
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

ここまで搾取が凄まじいと、早くも1225年には職工による都市転覆と共産コミューンが出来たがw(p74)、要は国民国家も社会主義も、近代欧州の「革命」は貪り食う都市支配者への分配要求。その国家なる再分配装置が弱体化した現在、グローバル都市の台頭という「中世への回帰」が…(p248)

2011-06-18 11:06:25
佐藤賢一の中の人 @ke_1sato

@jyonaha こんにちは。ご紹介頂いた本、未読でした。ありがとうございます。最初の前提条件、「貧乏貴族と富裕商人」だけ取り出すと近世日本と比較ができそう?と考えました。精読してみます。

2011-06-18 11:09:07
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

@bacainu どもども、恐縮でございますw。著者はウォラーステイン門下、ゼミ当時は山下範久先生と同級だったそうで、その山下さんが本人に頼まれて訳してることもあり、専門性の割にすいすい読めますです。

2011-06-18 11:10:33
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

どもです。そこ、自分も気になりました。ミランの比較対象に日本は入っていない(近代化論への言及はある)ので、議論を詰めると面白そうです RT @ke_1sato ご紹介頂いた本未読。ありがとうございます。前提「貧乏貴族と富裕商人」だけ取り出すと近世日本と比較できそう?と考えました

2011-06-18 11:18:00

アリギ『北京のアダム・スミス』について

與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

ふぅ、ミラン著の訳者 @ny1971 先生の『北京のアダム・スミス』解説を読んでも思ったのだけど、「世界システム論=ウォラーステイン」だったのは大昔の話で、続々色んなバリエーションが出るから勉強しないとすぐ古くなる。でもまぁ、自分の授業の粗筋ともそう大きくずれてなくて、よかった…

2011-06-18 11:21:45
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

さて、G.アリギ『北京のアダム・スミス』も(著者が「つまみ読みすんな」p8と書いてるのに失礼ではあるのだが)、関係ありそうな1部・4部は読めたし(間に入ってるのはアメリカ新自由主義帝国興亡史、って感じで中国論ではないっぽい)、あとは明日一日使ってレジュメを作ればなんとかなるかな…

2011-06-18 22:48:53
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

【読書】G.アリギ『北京のアダム・スミス』:世界システム論の大家の遺著、中国論というより“中国を再浮上させた世界市場の変容”に迫る著作、副題「21世紀の諸系譜」の方が内容に近いかも?経済理論苦手ながら、昨日のミラン著と @ny1971 先生の力作解説のおかげで文意を追えたかも

2011-06-19 15:09:45
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

著者の理論のコアは「市場経済と資本主義は別モノ」(p43)。スミス的な前者は“”自然な”発展経路だがマルクス的な後者は、国家と癒着した軍事都市の海外交易独占&植民地搾取で成り立つ“不自然な”もので、伝統中国は自然路線で行けるところまでいったが、後者に転換できず没落した(p460)

2011-06-19 15:14:37
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

スミスは都市資本家による恣意的独占を国家の力で排除することで、農村部が都市への隷属なく独立経営できる真の自由競争が可能になるとし、それは西欧よりも中国で実現したと見ていた(p46、94)。要は近世小農社会論の先駆だが、著者はこれを杉原薫氏の東アジア勤勉革命論に接木する(p108)

2011-06-19 15:20:45
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

スミスの予言が当たれば、内需に関する限り本来市場競争を通じて儲かる利益は逓減し、みんなどっこいどっこいの独立経営者が並立する「中国」になるはず…なのに西欧がそうならない理由を「対外交易の一番オイしい部分を国家と組んで資本家が独占するから」に見出したのがマルクス(p104、113)

2011-06-19 15:25:44
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

西洋が東洋に優越した近代とは、この軍事的独占による搾取体制の拡大過程だったが、それは頂点たるアメリカ帝国のイラク戦争失敗によって破綻した(p140)。核保有国である中国とは戦争できないので、今後は政治的覇権国と経済成長国の提携=19世紀英米同盟と同様の米中連盟ができる(p438)

2011-06-19 15:31:04
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

中国は宋の南遷以来、農業生産性と内需を基にスミス的発展を続け、清朝下では政情も安定して低税率のスミス的均衡に達した(p450、456)。マルクス的な交易路の軍事独占による搾取政体の芽は台湾の鄭氏政権のみで摘まれ、ブローデルのいう「資本主義なき市場経済」になった(p468、464)

2011-06-19 15:36:39
與那覇潤(Yonaha Jun) @jyonaha

軍事競走を通じた国家分裂と戦争の下で「資本主義」が発展した西欧の“長い16世紀”は、同時代中国の明朝「市場経済」下の平和的一極統合と好対照で、事実豊臣日本が中心を奪う試みは挫折している(p446、442)。逆に言うとここで国民戦争に慣れておかなかったため、近代に中国は没落するが…

2011-06-19 15:43:10