剣と魔法の世界で奇祭「風雲あざらし祭り」が行われる話1(#えるどれ)

誘導員さんの声はまじででかい。
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帽子男 @alkali_acid

闇の男王を乗せた汽車は森を抜け、野を走り、山を越えて西へ向かう。 はるかな海へ。第五の指輪の待つ水域へ。

2020-05-15 23:20:00
帽子男 @alkali_acid

梢高い七竈(ななかまど)が、ざわめいた。隣に立つ秦皮(トネリコ)も。いや谷間を埋め尽くす緑すべてが波打ち、それぞれ一斉に北と南の山際へとわずかにずれ、麓から中腹へめがけ、わずか五間ばかり這い上がる。 森の真ん中に細い空き地があらわれ、太さの揃った根が等間隔に盛り上がる。

2020-05-17 20:24:59
帽子男 @alkali_acid

上に二本の鋼の軌条が伸びてゆき、瞬くうちに線路を作る。 汽笛が鳴り響き、鐘が鳴り、純粋な蒸気をたなびかせた機関車が走る。いかに効率のよい炉を熟練の機関士が操ろうと、まったく煤煙を含まないなどありえようか。

2020-05-17 20:31:21
帽子男 @alkali_acid

魔法の機関車ならば。 車体には美しい鷦鷯(みそさざい)や花鶏(あとり)、さまざまな蔓草の枝、宝石のような甲虫や薄絹とまがう蜻蛉の浮彫を施すが、竜や巨人、狼や鬼といった不気味な意匠も見える。

2020-05-17 20:35:37
帽子男 @alkali_acid

後ろに連なる客車や貨車も並ではない。 炭水車と一体になって、小さな鍛冶場を備えたようなものもあれば、透き通った硝子の天蓋を持ち、中に茂る水耕の薬草や香木が覗ける温室、あるいは側面や屋根に笛や鼓や琴や琵琶を描いた音楽室と思しき一両もあった。

2020-05-17 20:41:13
帽子男 @alkali_acid

今は地上から消え去ったはずの影の国が誇る最高の職人、黒の鍛え手が、現代の科学技術である蒸気機関と鉄道を換骨奪胎した魔法と工芸の精華だった。 「キキー」 今は、左右非対称の翼を持つ黒い蝙蝠が、摩訶不思議な編成のあちらへ飛び、こちらへ飛び何やら不満そうにできばえを検めている。

2020-05-17 20:44:52
帽子男 @alkali_acid

手術台や薬棚のある診療車では、頭巾を被った少年が一人、椅子に座り足をぶらぶらさせ、小さな飛獣の落ち着かぬふるまいを目線だけで追っている。 「キキ!」 「工芸?より魔法?が大きい?そんなの分かんない…」 「キーキッ」 「だって作ったのチノホシ…」 「キ!」 「生きものみたい?」

2020-05-17 20:51:47
帽子男 @alkali_acid

そこへ黒い小鳥が飛んできて、我がもの顔で頭巾の上に止まる。 「ウィスト!」 鈴を転がすような声で人間そっくりに呼びかける。名指しを受けた童児は視線を上向かせて挨拶をする。 「ホウキボシ。おはよう」

2020-05-17 20:54:07
帽子男 @alkali_acid

夜色の小鳥は翼をばたつかせつつ、汽車の細部を吟味するのに夢中な蝙蝠を、くちばしで指し示す。 「アノネ、オチビハネ」 「い、うん」 頭巾の仔はちゃんと見えてはいなかったが、懸命に相槌を打つ。

2020-05-17 20:57:30
帽子男 @alkali_acid

「ムキダシノチカラ、ヨリ、サリゲナイワザ、スキナンダ」 「うん」 「ダケド、ウィストニ、タスケテモラウト、チカラアマッテ、ワザヲシノグ、ソレガ、オチビハ、ハガユインダ」 「…ごめんなさい…」 「アタイハスキ!キシャノウタモツクッタ!タタンタタン!」

2020-05-17 21:02:24
帽子男 @alkali_acid

黒歌鳥のホウキボシが囀る楽曲は、線路から伝わる振動や、機関車の吐き出す蒸気の音に完璧に一致していた。といっても車両の中は静かすぎて、連結部を通る際だけ、ぴたっとはまっているのが解るのだが。

2020-05-17 21:05:57
帽子男 @alkali_acid

ウィストは頭上から上機嫌に響く歌に尖り耳をあずけつつ、診療車を出て隣の温室車に向かう。散水機の降らす雨を浴びた花や葉の間で、黒い犬がくんくんと匂いを嗅いでは尻尾をぱたぱた振っている。 「おはようアケノホシ」 「ワフ!ワフ!」 少年が挨拶すると獣は小さな薬草園を離れてついてくる。

2020-05-17 21:10:18
帽子男 @alkali_acid

隣は霊柩車。左右には棺置き場が並んでいる。ほとんどが空だが。 童児は頭巾を抑えなるたけ足早に通り過ぎようとするが、灰色の影がいくつもあらわれ、四方を囲む。 「お、おはよう…ございままま」 仕方なく泣きそうになりながら挨拶する。

2020-05-17 21:13:27
帽子男 @alkali_acid

もともとこの汽車は、死体を運ぶために使っていた。チノホシが改造して様変わりしたが、以前のよすがが残っている車両もある。灰色の影は死体に宿っていた霊気で、すべて解き放ったはずなのだが、なぜか居ついてしまったものがいる。というかどうもよそから入り込んできたのもいるようだ。

2020-05-17 21:14:59
帽子男 @alkali_acid

”闇の男王…ごきげんうるわしゅう…よき夜の訪れんことを” ”この鉄の馬が我等を影の国へ導かんことを” ”漆黒の慰安がもたらされんことを” 訳の解らない機嫌伺いのような口上を、それぞれ異なる言葉で話しかけてくる。 「ひ、ひとちがいです」 とりあえず云い置いて通り抜ける。

2020-05-17 21:17:32
帽子男 @alkali_acid

隣は遊戯室だった。昨日は違った気がするけれど。 いずれも尖り耳に赤みがかった肌を持つ丈高く背の細い公達(きんだち)が二人、撞球台を囲み、突き棒を手に技を競っている。切れ長の瞳に高い鼻、狭い顎などは、単に同族という以上に互いに瓜二つだ。

2020-05-17 21:20:31
帽子男 @alkali_acid

壁の的には無数の投げ矢がすべて中心に刺さったまま客の関心を失ったようすで捨て置かれている。 「おはようございます。アルミオンさん。アルキシオさん」 ウィストがぎこちないながら、うやうやしく辞儀をすると、双子の貴人は道具を置いて優雅に礼を返す。 「よき朝をウィスト殿」 「よき朝を」

2020-05-17 21:24:28
帽子男 @alkali_acid

「もうそんな遅くか」 アルミオンが呟きつつ、銀の懐中時計を出して眺める。隣でアルキシオはわずかに唇の端を吊り上げる。 双子の片割れが、黒の鍛え手から贈り物として受け取った最新のからくりがいたく気に入って、やたらと取り出すのがおかしいのだ。

2020-05-17 21:30:03
帽子男 @alkali_acid

暁色の膚をした公達の一方が翡翠の龍頭の艶やかさや、猫の瞳を模した象嵌入りの銀の歯車の動きを楽しむかたわらで、もう一方はふと視線を少年の隣に侍る黒犬に向けた。 「ご機嫌ようアケノホシ」 わざわざ膝をついて挨拶する。

2020-05-17 21:35:00
帽子男 @alkali_acid

獣は舌をだらりと垂らしてから、義務的に吠え返し、幼い主の足の後ろに隠れてしまう。 アルキシオがそのままかすかに眉を下げると、アルミオンが告げる。 「眠りにつくとしよう」 「ああ。ではまた日暮れてから」

2020-05-17 21:36:52
帽子男 @alkali_acid

瓜二つの貴人はいずれも半ば妖精の血を引き、太古に狭の大地と呼ぶこの世界の北西にあって王の座についていた。大きくはないが緑豊かに穏やかな国をともに統べ、民に親しく交わり、常人を遥かに上回る寿命もあって長い治世を敷いたが、先祖たる西の島の故習に倣い老い衰える前毒杯を仰いで墓に入った。

2020-05-17 21:40:50
帽子男 @alkali_acid

数奇な巡り合わせによって、財団なる秘密結社が陵(みささぎ)を暴き、骸に謎めいた秘薬を注いで意志なき傀儡として偽りの命を与え蘇らせたが、財団と敵対する魔法使い、影の国の黒の癒し手が真の目覚めをもたらした。

2020-05-17 21:43:25
帽子男 @alkali_acid

不死と定命、妖精と人間、二つの種族の特徴を併せ持っていたアルミオンとアルキシオは、かくして再び生者の側に戻りはしたが、いまだ霊気の半分は喪ったままで、目下は飲み食いはしないし、日の光をかつてほど好まず昼は霊柩車の棺の床で眠りに就き、月と星の輝く夜に起きている。

2020-05-17 21:48:46
帽子男 @alkali_acid

ウィストは二人を畏れていたが、向こうは親しく接してくるので距離を置くのも難しい。 とりあえず次の車両へ。図書室になっている。鍵のかかる硝子戸つきの棚に、太古の賢者だった風の司と海の女王の手になる稀覯本「妖精の書」が収めてある。

2020-05-17 21:52:55
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