剣と魔法の世界で奇祭「風雲あざらし祭り」が行われる話2(#えるどれ)

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帽子男 @alkali_acid

さっそくまずは侍女としての品位の品定めが始まる。 女達は一人一人、舞台を横切って歩き、辞儀をし、挨拶をし、女主を支えるにふさわしい行儀作法を示す。

2020-05-21 22:33:59
帽子男 @alkali_acid

それぞれ出身は異なり、ならわしも違う国や地域からの参加だが、なぞるのは滅びた西の島の礼法、として西方で再現されたものだ。 ホウキボシは自分の番が来るまで、ほかの候補のふるまいを眺めていて腑に落ちぬげだったが、やがてうなずく。 「今風の編曲ね。面白いかも」

2020-05-21 22:36:40
帽子男 @alkali_acid

もっとも完璧にこなしたのはダカーラという暑き香料の地の布衣をまとった褐色の女だった。西方風の礼法をなぞるには不向きな服装だというのに、裾の持ち方から、会釈の仕方からすべてが完璧なうえ、よどみなくゆっくりとしていて力強ささえ感じさせる。

2020-05-21 22:39:02
帽子男 @alkali_acid

ホウキボシは尖り耳を澄ませて、ダカーラが発する独特のゆるやかな呼吸音を気取った。 「ふーん…」

2020-05-21 22:40:52
帽子男 @alkali_acid

やがて暗い肌の楽士の番が来た。帽子をとった乙女は、悠然と舞台へ進み、ほかの候補と同じように礼法をなぞっていく。 目で見、耳で聞いただけで、すべてを写し取ったように細部までそつなくこなす。 特に優れた手本を示したダカーラとは寸分たがわぬ動きだ。 しかしなお、差異はあった。

2020-05-21 22:45:41
帽子男 @alkali_acid

ホウキボシの中には別の模範があるようだった。 うわべは淑やかに控えめにふるまおうとも、内部からにじみ出るのは、どこまでも気位高く、傅くのではなく傅かれる側のたたずまい。 まるで物語にあらわれる湖の貴婦人。妖精の女王の如き。

2020-05-21 22:48:34
帽子男 @alkali_acid

”…ヒカリノカゼ” ”ダリューテさん…” 会場の片隅に潜り込んだ蝙蝠と犬が同時につぶやき、二匹そろってもぞもぞする。 ”予は…あのように欠くるところなき美しいものを…” ”ぼ、僕は断じてあの子にそんな…”

2020-05-21 22:51:50
帽子男 @alkali_acid

獣同士にしか伝わらぬ、言葉なき言葉でもって、いったい何のことやらよく解らない釈明を続ける飛獣と走獣をよそに、ホウキボシは出番を終える。 たちまち会場の別の片隅から拍手が起こる。濃い影ができているあたりにすらりとした丈夫(ますらお)が二人、日差しを避けるように立っている。

2020-05-21 22:54:31
帽子男 @alkali_acid

「見事!見事ぞ!ホウキボシ殿の勝ちとせん!」 「よさぬか。これは丘王国の催しではない」 どちらがどちらと区別のつかないよく通る美声で、謎の掛け合いをしている。

2020-05-21 22:56:36
帽子男 @alkali_acid

一方、舞台袖で見物していたダカーラは、白銀侍女候補らしく浮かべていた楚々たる表情を剥ぎ落し、冷徹なまなざしで黒の歌い手、二頭の獣、さらには物陰に潜む怪人達を順繰りにうかがった。 「遺物どもが堂々と…よくもやってくれる」 呟くと、口元に呆れたような笑みさえ浮かべる。

2020-05-21 22:59:25
帽子男 @alkali_acid

ダカーラ、別名潜水艦長ナモは、遺物と呼ばれる超常の存在を確保、収容、防護する務めを負う秘密結社、財団の一員でもある。この三日は休暇を取り、白銀后親衛隊員としての信仰を優先し、念願の侍女選抜にも参加したのだが、堂々と遺物の方から同じ催しに参加してきてはさすがに真顔にもなる。

2020-05-21 23:02:02
帽子男 @alkali_acid

「ほかの職員に任せたいところだがな」 うそぶいてあらためて会場に目を向けて絶句する。 金の鈕つきの黒い制服を着た浅黒い巨漢が、窮屈そうに寸法の合わない椅子に身を落ち着け、ホウキボシなる女にすっかり心を奪われたようすでいるのだ。

2020-05-21 23:04:27
帽子男 @alkali_acid

「ガウドビギダブグ?…なぜここに?」 同僚の財団職員で、絶滅請負人の異名をとる傭兵にほかならない。いったい何をしているのかと思ったが合流を予定している日時はまだ先だ。それまで互いにどこで何をしていようと関知するものではなかった。

2020-05-21 23:06:52
帽子男 @alkali_acid

ガウドは、ホウキボシのすらりとした脚とまっすぐな背に視線を張り付かせながら言葉を失っている。かたわらで案内役として雇われた若者、メニカがやはり舐めるように同じ女を見ながら、いくらか余裕のある口調で告げる。 「な?見に来てよかっただろ?あざらし祭りといえばこれさ」 「牙の部族は…」

2020-05-21 23:09:18
帽子男 @alkali_acid

「?」 「ああいう女も大事だ」 「おいおい。あんた結構浮気だな?寝言じゃダリューテダリューテって誰かほかの女呼んでただろ」 「うるせえ!」

2020-05-21 23:11:10
帽子男 @alkali_acid

ガウドはおざなりに鉄拳を振るったが、メニカは敏捷にかわす。 「ダリューテが女衆の頭だ…ウィストは俺の世話役にする…あのホウキボシってのは…歌い手だ…武勲を歌い継ぐ役ってのがいんだよ。確かな」 「今ウィストつった?」 「…ダリューテなら…まとめられんだろ…何人いようと」

2020-05-21 23:16:17
帽子男 @alkali_acid

会場でそれぞれ男達が勝手なことをほざいている間、司会はいよいよ次の種目へと催しを進める。 「皆様。すばらしい礼法の実演をありがとうございました。続いては白銀后にまつわる知識を競う、狭の大地横断早押し問答です!西の島へ行きたいかー!!」

2020-05-21 23:18:48
帽子男 @alkali_acid

司会のよく解らない掛け声に、会場は一斉に歓呼で応じ、どよめきは劇場の外にも潮騒の如くに広がる。 伝説にある、海に沈んだ西の島とやらには、もう誰も行けるはずもないのに、おかしなやりとりだった。

2020-05-21 23:21:20
帽子男 @alkali_acid

ところで、西の島があった水域には、今まさに一隻の船が入り込んだところだった。 かつては呪われた海域と呼ばれ、永遠に凍てついた氷の墓標のみ大洋にぽつんと残る茫洋たる綿の原を、時代遅れの帆船が順風を得てまっすぐに進んでゆく。

2020-05-21 23:25:47
帽子男 @alkali_acid

普通の船ではない。まず城の如く大きく、喫水線から上が高い。 また帆柱の間や上を忙しく駆け回っているべき乗組員の姿がどこにも見えず、展帆も縮帆も操舵も、ほぼすべてがひとりでに動いている。

2020-05-21 23:27:50
帽子男 @alkali_acid

魔法の船だった。 もちろんまったく誰もいないという訳ではない。 「白!銀!后!きゃははは!もうすぐ!もうすぐ会える!白銀后!」 透き通った肌を白い水夫服でおおった少女が、両手を広げくるくる回りながらはしゃいでいる。 「遠くから眺めるだけです」 そばで諭すのは尖り耳に明るい肌の女。

2020-05-21 23:31:05
帽子男 @alkali_acid

緊身裙(タイトスカート)に度の入っていない銀縁眼鏡といういかにもどこかの会社の秘書という格好だ。 「あいあい船長!」 「船長ではありません」 妖精の騎士ダリューテは、押しかけでついてきた海魔の侍女スズユキに手を焼きつつ、微かに嘆息し、天際に臨める凍てついた水の柱に注意を向ける。

2020-05-21 23:34:15
帽子男 @alkali_acid

「世を去ってなお、寄りすがるものの絶えないのですから…定命の人間も…不死の民と同じく難儀なものですね」 そううそぶいて、腰に抱き着いてくる連れをそっと、しかし断固として引きはがすのだった。

2020-05-21 23:36:49
帽子男 @alkali_acid

さて「ウィストの狭の大地あっちこっち」シリーズ 次回は「せや。まずウィストがホウキボシと一つになってな。ほんでワテが…あかん!体一つしかないと肝心なこと何もでけへんやんか!ほなウィスト。魔法で体二つにでける?」 乞うご期待。

2020-05-21 23:40:28

次回の話

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