剣と魔法の世界で奇祭「風雲あざらし祭り」が行われる話6(#えるどれ)

ハッシュタグは「#えるどれ」 楽しくなってきた!(男の体の話ばっかしてたら)
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帽子男 @alkali_acid

危うくこの邪教、白銀后親衛隊と、奇祭、風雲あざらし祭りの異様な空気に染まるところだった。 ウィストはそっと画帳を閉じると、どさりとやわらかな寝台に倒れ、そのまま一瞬のうちに眠りに堕ちていった。

2020-05-31 21:17:08
帽子男 @alkali_acid

黒の乗り手が夢の境を超える頃、相棒である黒猫も屋根の上で星の輝きを浴びながら眠りに就いていた。めったに休息を必要としない獣ではあったが、海溝からあらわれた天地を揺るがす化生、雷怪と戦ったがため、さすがに疲労を覚えたのだった。

2020-05-31 21:21:00
帽子男 @alkali_acid

黒猫のカミツキは細くまがりくねった夢路をたどった。 ゆくてには、小鳥や蔦や花がてんとう虫が彫り込まれた大きなとねりこ材の扉が立ち、固く閉じている。 小さな獣は一瞬ためらってから、爪でかりかりとおもてをひっかいた。もし現(うつつ)であれば体当たりして粉々にしてしまうだろうが、

2020-05-31 21:24:03
帽子男 @alkali_acid

夢の中にあってはそうした乱暴なふるまいはあまりする気が起こらないのだった。 しかし戸はいつまでたっても開かないので、カミツキは腰を落として背を伸ばし、小さく控えめに鳴いた。一度、二度、三度と。 やがて扉が内側に動いて、明るい肌に尖り耳の少女が顔を覗かせる。 「クロヒナタ!」

2020-05-31 21:26:26
帽子男 @alkali_acid

小柄な娘がつけた別の名前で呼ぶと、すぐまた鳴いて返事をする。 カミツキはあっさりクロヒナタになる。猫は都合のいい生きものだ。夢の中でも。 「もう…来ないと思ってた」 「ナーウ」 「来てくれて…ありがとう」

2020-05-31 21:28:04
帽子男 @alkali_acid

少女、ヒカリノカゼは、猫、クロヒナタを招き入れる。 中は明るい陽射しの注ぎ、そよ風に緑香る野原だ。 妖精の夢。 妖精が癒しと憩いのために眠りのうちに編む楽園。 そこで一人と一匹は戯れる。無限にも思える時間。

2020-05-31 21:29:37
帽子男 @alkali_acid

白詰草の広がる丘を駆け比べし、古い楡の大木に登り、冷たく澄んだ滝壺の池にもぐり、川で拾ったとびきりきれいな石を積んで作った妖精の輪の中で踊る。 ヒカリノカゼは両腕を広げて、首の後ろにクロヒナタをのせてくるくると回る。 「あははは!落ちちゃだめ!だめだよ!」 「ンナ!ナ!」

2020-05-31 21:33:54
帽子男 @alkali_acid

遊び飽きると二人で丘に寝そべって流れる雲を眺める。 少女は草の笛を鳴らして黒猫をびっくりさせてから、またけたけた笑って、不意にまじめな顔になる。 「本当は私、クロヒナタみたいな友達なんかいないんだ」 「…ンナ」 「一族はみんな…私のこと…何か変だと思ってる」 「ナ?」 「変かも」

2020-05-31 21:37:01
帽子男 @alkali_acid

クロヒナタはころんと転がって起きると、ヒカリノカゼの白い手を黒い肢でふみふみし始めた。 「ふふ…何それ…気持ちいい…ふふ…」 「ンナ…ンナ」 「いないのに…作っちゃった…ねえ…これ夢なんでしょ…起きたら…クロヒナタはいない」 「ナーウ」 「…いいんだ…今だけ…いてくれたら」

2020-05-31 21:39:24
帽子男 @alkali_acid

妖精の娘は夜色の獣を抱き寄せて匂いを嗅ぐ。 「…クロヒナタの夢にいってみたいなんて…もう言わない」 「ナ!」 「…え?いいの?」 「ヴヴヴ」 「ほんとに…だって…ありがと…」

2020-05-31 21:40:43
帽子男 @alkali_acid

少女と黒猫は起き上がって、泉のそばへゆく。鏡のような水面を覗き込むと、不意にいくつかの扉がほとりに並ぶ。 黒曜石と黒鉄の扉をくぐって一人と一匹は暗く暑い地へと踏み込んだ。 別の誰かの夢。獣じみた夢へと。

2020-05-31 21:42:22
帽子男 @alkali_acid

「みんなが…私のこと…変だって言うの…きっとそう。だって夜になると目がさえて、星がない曇った空の下も歩きたくなる…雨が降ってるとき…狩の男神がね…森を駆けるのもこっそり見た…それでドリンダに会った…私の友達…でもいつも一緒にはいてくれないよ…だって…狩の男神の馬だもの」

2020-05-31 21:45:55
帽子男 @alkali_acid

「ここではお前が望むだけ馬に乗るがいい」 獣の夢の中で、猫から黒騎士となったクロヒナタが告げる。濡羽色の駿馬が二頭、風のようにあらわれる。一頭は去勢もしていない雄、もう一頭はしなやかな雌だ。 「好きな方を選べ」 「私…」

2020-05-31 21:48:05
帽子男 @alkali_acid

ヒカリノカゼはもじもじしてから頭を上げた。 「クロヒナタと一緒がいい!」 「俺とか」 「…馬が…変かな」 「羽のように軽い妖精の娘など百人乗せても夜馬は何とも思わない」

2020-05-31 21:49:45
帽子男 @alkali_acid

騎士は少女とともに騎乗するため武装を解き、鎧下も脱ぎ捨てて、上半身は裸となった。厚い胸板を不思議な紋様がびっしりおおっている。 ヒカリノカゼが見とれていると、クロヒナタは太く長い腕を伸ばして差し招く。 浅黒い胸に抜けるように白い肩を預けさせて、二人は曠野を馳せた。

2020-05-31 21:52:24
帽子男 @alkali_acid

そこかしこで影のように朧な鬼が獣を襲い、逆に獣が鬼にとびかかる。不気味な蝙蝠が群をなして飛び、あちこちに刺々しい茨が茂り、毒々しい虫がうごめく。 大気を震わせて翼ある長虫が低空をよぎり、たわむれに吹き付けた炎が岩をも溶かして硝子に変える。

2020-05-31 21:55:08
帽子男 @alkali_acid

だがいずれも黒の乗り手にあえて挑もうとはしない。 魔人は牙を剥きだして高らかに笑いながら、どこまでも闇の地に馬を駆る。暴威と狂乱に満ちた夢こそ、彼にとって慣れ親しんだ庭であった。少女は逞しい腕にすっぽり収まりながら、横顔にいつまでも魅入る。いとけない唇の端には靨(えくぼ)がある。

2020-05-31 21:57:59
帽子男 @alkali_acid

だがやがて目覚めの兆しが二人を捉える。 再び曠野を逆向きに横切り、クロヒナタは泉のそばまでヒカリノカゼを送る。 「…ここにずっといちゃだめ?」 「これは夢だ。起きれば俺もお前も覚えていない」 「ずっといたい…」 「この夢はお前を傷つける」 「クロヒナタがいれば平気だよ」 「…俺が…」

2020-05-31 21:59:50
帽子男 @alkali_acid

騎士はそっと娘を明るい緑の野へ押しやる。 「俺が…お前を…傷つけるかもしれない…」 「そんなことない!だって…」 「また会おう…夢の庭で」

2020-05-31 22:01:17
帽子男 @alkali_acid

ヒカリノカゼ、いや妖精の騎士ダリューテは船室の吊床(ハンモック)で目を覚ました。 明け方が近づいているのを、空気のかすかな変化で感じ取る。するりと抜け出して、妖精以外の何ものにもできない速さで身繕いをすると、そっと廊下に出る。

2020-05-31 22:04:50
帽子男 @alkali_acid

船長室の大きな寝台を覗くと、竜の化身たる長躯の乙女が丸くなり、黒鱗の浮かぶ逞しい太腿には、透き通った肌を持つ少女がかじりついたまま、それぞれ眠っていた。 「仲が良いのやら悪いのやら…」

2020-05-31 22:06:47
帽子男 @alkali_acid

いつまでも騒がしい二人に妖精の子守歌を聞かせて眠りに就かせたのは誰あろうダリューテではあったが。 甲板に出ると、潮風が尖り耳の横をひゅるひゅると抜けていく。肌に触れる大気の流れの微妙な特徴から陸の近さを察する。 高い鼻が何かを嗅ぐ。魔法の残り香。闇の魔法。海の魔法。

2020-05-31 22:09:03
帽子男 @alkali_acid

戦いの痕跡。 魔法を駆使した、遺物。古い言葉でいえば力あるもの、神々にも等しきもの同士がぶつかりあった余波が気取れる。 「黒の乗り手…ウィスト…また…何か…」

2020-05-31 22:10:16
帽子男 @alkali_acid

前方で荒波がさらに泡立ち、沸き返り、激しく爆ぜる雷をまとった影が浮かびあがる。額や肩や膝、肘などに甲冑のように殻を帯びているが、輪郭は、人間。しかも女だ。

2020-05-31 22:12:45
帽子男 @alkali_acid

女船長は前髪を横へはけると、よく響く声で呼ばわった。 「我は妖精の騎士ヒカリノカゼなり。青と緑の鎧の女神サザナーンおわさぬをよいことに、波と潮を騒がすそなたは何ものぞ」

2020-05-31 22:16:19
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