北海の死闘!― 潜水艦鸚鵡貝号よ伝説の海底都市を追え2(#えるどれ)
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前回の話
以下本編
◆◆◆◆ この物語はエルフの女奴隷が解放され騎士となり失われたものを取り戻す幻想譚 略して #えるどれ 過去のまとめは以下からどうぞ togetter.com/li/1479531
2020-06-12 20:58:54妖精の騎士の宿敵、黒の乗り手一行は、海を行く魔法の汽車に運ばれ、大洋のかなた灯台島に辿り着いた。 失われた領土、影の国へ通じる鍵となる九つの指輪についての知見が得られると、そう聞き込んでのことだ。
2020-06-12 21:02:27灯台島は良港を抱え、後背には雨雲を集めて豊富な水でふもとを潤す山も戴いている。 黒の乗り手のおつきの一匹、黒海豹ミチビキボシに言わせれば、かつては女人が島と呼ばれる、女の船乗りや船大工、漁師ばかりが穏やかに暮らす地だったという。
2020-06-12 21:04:53ただ女人が島は海賊の根城でもあった。 といって洋上を行く商船を襲うのではなく、海底漁りといって、沈没船から積荷を引き上げる稼業をもっぱらにしていたが。
2020-06-12 21:09:11やがて海賊を憎む双子河の中州の大公が、討伐のため海の騎士団を差し向けると、島民はいちはやく察知して退散してしまった。 伝説によると「あざらしの知らせ」があったという。 あざらしと言えば、邪教、白銀后親衛隊の崇める海獣ではあるが、関連ははっきりしない。
2020-06-12 21:10:13女人が島の住民はしばらくあちこちの島に離れ離れに住み、状況が落ち着くと帰還したが、すでに暗礁と迷路のような潮流による守りは破れ、男船が出入りできる状態で、女の逃げ場としては不十分なものとなっていた。
2020-06-12 21:12:08幸いにも、女人が島の出身である海の都の女王アルニッカが威勢を増すと、島民が平和に暮らせるよう、別の本土に近い島に女武者だけを集めた「王の葉の騎士団」を遣わし、新たな砦を築いた。
2020-06-12 21:14:39もとの女人が島はやがて空島となった。 長い治世を敷いたアルニッカの後を継いだのは、妖精の石の異名をとるアルウェーヌ上王。世界の北西を戦なくして統一した偉大な君主で、すでに住むもののなくなった女人が島にあらためて妖精、小人、人間からなる工人の一団を送り、工芸と魔法で灯台を築かせた。
2020-06-12 21:17:10灯台は山のいただきにあって煌々と輝きを放ち、遠洋を行き来する船舶が迷路の潮流に入り込まぬよう、標(しるべ)として働いた。 何故にアルウェーヌ上王が、かような大事業をなしたのかは判然としない。貿易を振興し、船舶の安全を重んじたのは確かだが、しかしあまりにも主要な航路から離れている。
2020-06-12 21:20:19「すべての妖精が狭の大地から去り、耳も目も鼻も、五感一切が劣る定命の人間だけが残った。妖精には夜空を仰げば必ず見えていた導きの星も、人間の瞳には映らない」
2020-06-12 21:22:16灯台守にして妖精学者であるムルルゾーは、手元の覚書を読み上げた。 「妖精と人間の血をともどもに引くアルウェーヌ上王は、妖精とともに西の果てに去る前、後に置いてゆく非力な同胞を憐れみ…」
2020-06-12 21:24:03壮年はさっと学究らしくもない日に焼けた太い腕を壁の一方へ投げかけた。そこには海の女王アルニッカの筆になるという妖精の石アルウェーヌの肖像画、の模写の模写の模写の模写の模写だという触れ込みの一枚がかかっている。やけに布面積は少なく、森の中でけだるげに一角獣にもたれている。
2020-06-12 21:26:00「我等人間に導きの星のかわりとなる灯を残したという訳だ。かの原初の時代にあったという二つの灯にちなみ!偉大なる妖精の石よ!その慈悲と叡智に深甚なる感謝を!」 芝居っけたっぷりに述べてから、覚書の未執筆の部分に視線を落とす。 「いささか情熱的すぎるか…ふむ…」
2020-06-12 21:28:21ムルルゾーは半ば禿げた頭を掻き、不意に紙束を放り出して長い背もたれつきの椅子に身を沈めた。 「むうっ…やはり…風雲あざらし祭りに行くべきだった…たとえ灯台を空にしても」 そもそもこの灯台は、日暮れや曇天のもとで勝手に明かりが点り、夜明けや晴れ間には自然に消える。
2020-06-12 21:30:30十年かけてかき集めた航海日誌などの記録を総合した限りでは、おそらく過去一度も故障を起こしたことがない。 「まさに上古の黄金時代の遺物…それがしがいなくてもこれといって問題はなかったのだ…だというのに…うう…せめて白銀侍女選抜…水着審査だけでも!水着審査だけでも」
2020-06-12 21:33:05ムルルゾーは立ち上がり、檻の中の隈のように部屋を往復する。 「ええい」 戸口を出て別室へ移る。 山頂の灯台は、陸軍の一中隊が収容できるほどの広さがある。もし伝説の通り建てたのがアルウェーヌ上王だとすれば、単なる防災の施設としての目的だけではないようだった。
2020-06-12 21:35:37学者が移ったのは、壁一面に水着姿の麗しい婦人の写真や肖像が張ってあり、さらに棚には優美な人形が陳列してある。いずれも本物そっくりの可憐な水着をつけ、滑らかかつ円かな輪郭を持つ一流の職人の作品だ。 写真も肖像も人形も、いずれも顔立ちも背格好も異なり、年齢も一致しない。
2020-06-12 21:38:33「第十三代白銀侍女」 などと署名もある。 「おお…今回の白銀侍女はいったい…どのような…」 最新の発明である蓄音機に近づき、円盤を載せると、涼やかな女性の高音部による独唱が響き出す。 「ああ…すばらしい…」
2020-06-12 21:40:31白銀侍女とは、邪教、白銀后親衛隊の奇祭、風雲あざらし祭りで毎回選ばれる、巫(かんなぎ)である。 隊員の信仰を集め、古の歌姫である白銀后に届かせたいという切なる願いが作り上げた偶像(アイドル)だ。
2020-06-12 21:42:04ムルルゾーは熱心な学者であると同時に邪教の徒でもあった。 研究の場を荒らされぬよう守り、離れてはならないという思いと、宗門の一大行事に参加したいという思いに引き裂かれ、交代要員をはるか学問の都まで懇請したのだが、来ぬままに祭りの日程はすでに過ぎた。
2020-06-12 21:46:24「うう…白銀后…ううおおおおお!」 いきなり叫びながら壁の何も貼っていない部分に手で触れると、それまでただの石積みのように思えた場所に輪を描くように穴があらわれ、窓となる。 「白・銀・后!」 ムルルゾーは精一杯の大声を張り上げる。
2020-06-12 21:46:50喚いてから急に、灯台の外、はるか山肌のあたりに誰かがっているのに気付く。東方人らしい浅黒い肌をしているがどうでもいい。 「やっと来たか!交代要員!だがもう遅い!今回の風雲あざらし祭りは終わってしまった!それがしは参加できなかったのだ!」 憤懣をぶつける。
2020-06-12 21:49:07相手はきょとんとしたようすで、尖った耳をこちらに向け、小さくうなずいてから返事をする。 「ほわー…そらお気の毒やわ。せやけどワテは交代要員?ちゅうのとちゃうわ」 なんと学問の都からの交代要員ではないのだ。だったらなぜこんな僻地へ来たのか。
2020-06-12 21:51:24