コロンブスは喚ばれ続ける —人物像の破壊、保存、そして歴史の形成—
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記念碑をめぐる問題は、最終的に解決されたことはない。過去のすべてを保存できないのは、博物館で生活するのを望む人がいないからである。しかし、過去の一部は、現在との連続性の感覚を維持するために保存されねばならない。問題は、何が保存されるべきかということにある。それは必然的に政治的問題となる。私たち自身をどのように見るか、どのような過去と深く結びついているのか、過去のどの部分が保存されるべきなのか。それぞれの事例は、独自の観点から判断されねばならないし、歴史研究はそのために重要となる証拠を提示しなければならない。
ハント, L.(長谷川貴彦訳)『なぜ歴史を学ぶのか』岩波書店 2019年 10頁
1.人物像の破壊を歴史的文脈で捉える
George Floyd protests: The statues being defaced bbc.in/3dQ8KDs
2020-06-10 08:10:37日本語版の記事はこちら。
【反人種差別デモ】 倒され、落書きされ… 標的になった各地の像 - BBCニュース
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-53004323
像の破壊、個人的にはいろいろと思うところはあるのですが、ああいった行為は「記憶/過去/歴史の破壊」よりも、「記憶/過去/歴史の生成」といった意味合いの方が強いと思います。
2020-06-13 23:32:43古代史の例だと、例えばアテナイでは、ペロポネソス戦争後に一時的に成立した寡頭派政権が、かつての民主政時代に彫られた碑を破壊するという事件がありました。
2020-06-13 23:54:53彼らが破壊した碑の数はどの程度かは分かりません。永遠に失われたものもあることでしょう。ですが、その後アテナイで民主政が復活した際に再建された碑(atticinscriptions.com/inscription/IG…)や、伝アリストテレスの『アテナイ人の国制』(35章2節)には、彼らが碑の破壊を行なったことが記されています。 pic.twitter.com/NbMnDaAH5S
2020-06-14 00:03:00皮肉なことですが、かつての民主政の成果なり歴史なりを否定するために引き倒したはずの碑が、「寡頭派政権がかつて破壊した」という情報を伴って蘇ってしまったのです。
2020-06-14 00:07:21紀元前4世紀のアテナイにおいては他にも、「アテナイ市民たちにとって都合の悪い碑文があるなら、その時在任の評議会はそれを壊す権限を有すること」なんてことが刻まれた碑文も残っています(atticinscriptions.com/inscription/IG…)。※特に31〜35行目。
2020-06-14 00:10:15実際に、アテナイがテッサリアと同盟を結ぶにあたり、敵対する者と同盟したことを記した碑を壊すべし、という内容の文言が刻まれた碑もあります(atticinscriptions.com/inscription/IG…)。 破壊されたことで、逆に歴史学の対象になることもあるのです。
2020-06-14 00:16:51※アテナイにおける碑の破壊については、前野弘志『アッティカの碑文文化』広島大学出版会 2007年 103〜107頁に事例とその分析があります。
2020-06-14 00:19:18ローマに目を移しますと、国家や皇帝に反逆したり、敵と認定された者に関して、いわゆる「記憶の断罪」が行われることがありました。 「記憶の断罪」ですが、その対象となった者の像・碑が破壊されたり、公職者のリストから名前が削られたり、葬儀での哀悼禁止など、いろいろな処罰例があります。
2020-06-14 00:46:11こうした処罰ですが、単に人々の記憶から抹消するというよりも、新たに作成した碑文に「記憶の断罪」の対象となった者の罰を列挙し、その悪名を公共の場で記憶すること、つまり「記憶の形成」の一部であった、という評価があります。
2020-06-14 00:51:59(cf. 島田誠「ローマ帝政初期における過去の記憶の形成と「記憶の断罪」について」『学習院大学文学部研究年報(55)』2009年 43〜71頁)
2020-06-14 00:52:58日本の例では、アジア太平洋戦争終結後、忠魂碑の撤去や移転、平和像への作り変えが行われました(cf. 吉田裕「戦争の記憶」『岩波講座世界歴史(25)』1997年 99〜117頁)。
2020-06-14 01:02:56ここ最近でも、例えばレーニン像は倒されてもなお、「そこにあったこと」は記憶され続け、ノスタルジーの対象になったり、空の台座のみが残り続けたり、作り変えられたり、あるいは撤去されたことで逆に存在を主張するものになったりと、像ごとに意味合いが変化し、物語が新たに付与されました。
2020-06-14 01:08:20(cf.「壊されたレーニン像の今、写真18点 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト」 natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/photo/17/…)
2020-06-14 01:09:17余談ですが、レーニン像といえば、個人的にはこの映画、「グッバイ、レーニン!」を思い出します。 pic.twitter.com/zh5GZehCTg
2020-06-14 01:41:00グッバイ、レーニン! - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/グッバイ、レーニン!
この映画には「レーニン像がヘリコプターで運ばれる」シーンがあります。東独が崩壊したことを示す象徴的な場面です。
もちろんレーニン像はことごとく倒されたというわけでもなく。これは8年ほど前に撮った写真ですが、広場にどどーんと立っているものもあります。 (於・ヤルタ) pic.twitter.com/RfGCSif0AR
2020-06-14 01:47:51GoogleMapを確認したら、2018年撮影の写真にもこのレーニン像が写っていました。2014年のクリミア危機を経てなお破壊されることなく残っているようです。
ごく最近の例ですと、バグダードにあったフセイン像を思い出す人が多いと思います。倒される巨像はフセイン政権の崩壊を象徴するものでしたが、むしろアメリカの「占領」や、フセインが力づくで抑えてきた多くの矛盾や問題が噴出する第一歩のような形で映像に残りました。 youtube.com/watch?v=Vd-M3Y…
2020-06-14 02:19:20このツイートについては保坂修司『イラク戦争と変貌する中東世界』山川出版社 2012年(特に30頁以下)を参考にしました。
翻って現代ですが、コロンブスなどの像の破壊は、あれらもまた文化財ということを考えると、内心複雑です。 個人的には「広場など公共の場所からは撤去するけれども、今後は博物館に保存を委ねる」という形に転じてほしいかなと……。
2020-06-14 02:31:48